嫌よ嫌よは好きか嫌か
それを決めるのは誰なのか。
「嫌よ嫌よも好きのうち」いや違う。
さりとて「い嫌よ嫌よは嫌なのだ」とも言い切れない。
何の話かと言えば会社の飲み会の話。勤め人時代の話だ。
勤務外の集まりというのはハッキリ言って苦手なのだ、しかし勤務外だからこそ学ぶことも多い。
気が乗らないゆえ迷った挙句、結局参加する。
酒が苦手な私、飲み会も苦手だ。上司に酌したりするのも苦手。下戸ゆえのことだ。
しかし、そこで普段話せない話を聞いたり学ぶことも少なくはない。
仲間意識を醸成したいのもわかる。そこに悪意はないのも確か。
結局参加している限りその時はそれなりに楽しい。しかし、終わってみると釈然としない気持ちが湧き上がってくる。
翌日以降の活力になるどころか却って疲弊する。次の日休みたいくらい。まるでサービス残業という感覚に陥る。
ならば参加しなくてもいいのではないか。
出欠をを問うアンケート回ってくるではないか。ならばその時点で不参加表明してもいいはずだ。
結局、ある時点から不参加決め込むことに。
そうすると上司はなぜか「なぜ来ない?会社の一員だろ」などと言ってくる。
意思確認されたのだから任意のはず。強制される謂れはない。
同族意識を求められるが、そう来ると尚更同族意識は遠のく。
最終結果として、社会に適合できない人間なのだと自覚することに。
さしずめ「いやよ嫌よはやっぱ嫌」ということか。