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妄想犬HK〜年功序列賃金〜 実在の番組等には一切関係がありません。



起〜中間管理職の憂鬱〜

 「中村ディレクター、ちょっと来てくれる?」
 また部長の呼び出しだ。ネット民に国営放送貴族と揶揄されている犬NK(犬の番組に特化している)に私は長年所属している。ここは典型的な日本企業の年功序列賃金体系を取っている。私も若い頃は低賃金で製作の現場を回して来た。中堅の教育番組ディレクターとなり、年収は1500万円を軽く超えて仕事のコスパがやっと釣り合って来た感じだ。
 しかし、犬HKは「国営の癖に給料が公務員より高額のお手盛り体系」と批判されており、経費削減が現場にも煩く言われる様になって来たのだ。そして呼び出しは制作費の削減状況確認。ロケや外注費用が抑えられている教育番組では出演者の費用カットくらいしか手がない。
 「それで、前回話したメンバーの若返りの事だけど進んでいる?」
 現場に出ない部長の給料を下げれば一発で解決するだろうという言葉を飲み込んだ。
 「はい。女優さんは中学入学で自動入れ替えしますし、ベテランの新陳代謝も鋭意検討中です」難しい個別交渉は全く進んでいないが、前向きの進捗を伝える。
 「宜しく頼むよ。今年はコストが厳しくて一律10%カットの通達が来ているんだ。君のボーナス査定にも影響するので宜しく」
 憂鬱だが、ベテランに通知しなくてはならない。

承〜契約社員という身分〜

 「ねえ、J子。僕との結婚は前向きに考えてくれている?」
 番組の準主要メンバーである俺は主役であるWの引き立て役として10年以上も犬NKの契約社員に甘んじて来た。犬HKは正社員を法外な高給で雇う一方、外注や非主要メンバーは契約社員などで回している。犬HKの看板番組のWは27年主役を続けており、そろそろ「進級」の筈だ。そうすればWが担当していた主役の座は俺に転がり込んでくる筈だ。
 「でもJって、ずっと契約社員じゃない。それで生活できるの?」
 J子は幼馴染なのだが、現実的で金に厳しい。しかし週末のWWワンダーランド(犬の特集番組)の出演で俺だって人気を集めているし。犬HKに貢献している俺が何故契約社員なんだ。
 「私、Wさんから犬HKの保養所へ遊びに行こうって誘われているの」
 Wめ。正社員と契約社員の身分差を見せつけやがって。
 「4月の番組更改で正社員にして貰えないか、中村ディレクターに聞いてみるよ」俺はそう言うのがやっとだった。

転〜保身。正社員を守るため〜

 「4月からの出演メンバーなのですが」
 ほら来た。ボクは慣れない子供相手に27年間も幼児番組IIBの主役をやっていたのだ。役者の様に雇用が不安定な職業では、レギュラーを長く続ける事が安心な老後に必要。
 「Wさんは視聴者からの人気は絶大ですが、かなり長期間主役をご担当頂いているので、出演頻度を調整して長くお勤め頂きたいと考えています」
 主役の座を後進に譲って週一勤務にしろと。割増退職金は大きいが、週一勤務ではグッズの売れ行きにリンクするボーナスも少ないし旨味がない。また中村ディレクターは部長からコストの高いベテラン正社員を主役から降ろせと言われているな。

 「未だ現役続行ですよ。子供たちがボクを待っているので」「それよりもUたんのポジションを考慮した方が良いのでは」そう。IIBで2番目に長いのはUたん。彼も正社員で社歴が長く、給料バンドの上になっている。彼が退役してコストの安い若手に入れ替えれば番組のコストも下がるってもんだ。

 「判りました。Wさんは現役続行した意向ですね。」
 やっと、中村ディレクターを追い払ったぞ。

 「Uたんさん、来期の編成で重要なご相談があります」
 私だってこんな事は伝えたくない。
 「大変お伝えしづらいのですが、Uたんさんは来期からWWワンダーランドで主に活躍頂きたいのです。それに伴い、IIBを引退頂き契約条件を変更頂きたい」
 「Uたんさんは一旦犬HKの正社員を割増退職金付きのパッケージで退職頂き、引き続き契約社員として雇用致しますが、いかがでしょうか」
 Uたんの顔が曇る。しかしここで引くわけには行かない。まだ、Jへ正社員採用不可の通知をしなくてはならないのだ。

 

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