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あいつのえんぴつ

「七味と一味、どっち派?」

うどんをすすりながら山路は言った。
同じくうどんをすする生野が"気分による"と投げやりに返すと山路はニヤニヤしながら言った。

「俺は七味だな。いろんな匂いがして楽しいだろ。辛いだけじゃつまんねえよ。」

"そうか。"と生野が曖昧な返事をすると山路はカウンターの七味の内蓋を外し、自分の器に一気にかけた。

さぞ楽しそうなうどんになったなと呆れながら生野は自分のうどんに一味を振った。

ーーーーー

いま思い出す記憶がこれか…。

ネクタイを緩めながら生野は苦笑する。

黒縁の中に写る満面の笑みを浮かべた山路を見て生野はまた苦笑した。

変わらねえな。

"ラッパーになる奴はいつだってラッパ飲みだ"とくだらない事を言いながらシャンパンを離さなかった夜を思い出す。

結局一曲も作らずに終わってしまったのでラッパーと呼べるかは疑問であるが。

自分の頬が濡れていると気づいた時には生野はすでに嗚咽を漏らしていた。

「夢半ばで死んだらヘタレなんだろ…。」

山路がよく言う言葉だった。
これが俺のパンチラインだと嬉しそうに言う彼の姿を見て生野はいいから早く曲の一つでも作ってこいとなじるのがお決まりだった。

曲も作らないのに常にポケットに鉛筆と手帳を入れて歩いている山路を生野はいつもからかい、そのたびに山路は「うるせーこのリリック帳が俺の遺書になるんだ。」と返すのだった。

ふと棺桶の横に鉛筆と手帳が置いてある事に気がつく。

生野は手帳を手に取りパラパラとめくった。そこには山路のだとひと目で分かる汚い字で沢山の言葉が書かれていた。

こちらが恥ずかしくなるような熱量の言葉や、鳥肌が立つようなつまらない下ネタなど、山路らしい言葉が書かれているのを見て遺書というのはあながち間違いではなかったかもしれないと生野は思った。

手帳を元の場所に戻し代わりに鉛筆を手に取った生野はそれを見てフッと笑った。

"2B"

「お前は鉛筆まで濃いんだな。」

そう呟いて生野は鉛筆をそっと元の場所に戻した。

楽しい話を書くよ