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【FLSG】ニュースレター「Monthly Report」日銀YCC修正とデフレ脱却の日本経済

 日銀は7月28日、イールドカーブ・コントロール(YCC、長短金利操作)を柔軟にし、長期金利が0.5%の上限を超えるのを容認すると決めた。同時に物価見通しを発表。23年度に関して4月見通しの+1.8%から今回は+2.5%に引き上げた。日銀は、従来想定してきたよりも足元の物価上昇率が上振れていることを認めたのである。(8月1日文責太田)

決定会合を前に激しく動く円相場
 28日の日銀政策決定会合を前にして、日本経済新聞の電子版が同日午前2時ごろに観測記事を配信。結果的に28日の金融政策決定会合の内容をすっぱ抜いたことになった。これは、日経新聞には問題ないのかもしれないが、情報漏洩で漏らした日銀関係者については処分するべきではないか。相場に大きな影響があり、午前2時ごろから情報にいち早くアクセスできた人だけが投資利益を得ることができたことになる。円はNY市場でこのニュースで140円近辺から一気に138.77円まで円高が進んだのだ。このニュースは円だけでなく1897年6月以来というNYダウの14連騰を阻む結果にもなった。

 そしてNY市場が終わり、日本時間午前9時からの日本の株式市場では日経平均はいったん大きく下落し、前日比で800円以上も下げた。だが、その後は下げ幅を縮小し前日比131円安にとどまった。円もいったん大きく動き、3円以上ドル安円高に振れたが、その後は振れ幅を縮小し、1ドル=139円台まで戻した。28日は市場が激しく動いたが、情報が処理されるにつれて、その大半は打ち消されたことになる。28日日本時間真夜中のNY市場では円は巻き戻しと思われ動きで141.16円まで円安となった。

長期金利上限を1%に
 これまで日銀は10年国債利回りの変動幅を0%の目標値から「±0.5%程度」としていたが、今回の決定では「±0.5%程度をメド」とする、と柔軟化した。そして上限を+1.0%に上昇。今回、もし今後も+0.5%を上回る利回り上昇を認めない姿勢を維持したとすれば、利回りが上限に接近する局面で日銀が大量の国債買い入れを強いられることになったのだ。それが日銀のバランスシートを拡大、国債市場の機能低下を招き、事実上の財政ファイナンスの傾向を強める、という形で副作用を高めてしまう。そこまで日銀は配慮した結果だろう。事実上の上限引き上げともいえるが、+1.0%は最後の守り、歯止めで日銀がそこまでの利回り上昇を容認するとは思えない。

 そうした副作用、弊害を減らすことが、今回のYCC運用柔軟化の狙いだ。それを長期国債利回りが安定している今のタイミングで、先手を打って実施したのである。

 昨年12月に日銀がYCCの変動幅拡大を決めた際(上限+0.25%から+0.5%に)には、各メディアは「事実上の利上げ」と報じ、今年4月以降の植田新体制で政策見直しが一気に進むとの観測を強めた。今回の措置には、12月の決定時と違って金融市場はより慎重な反応をしている。

 日銀は今回の措置を政策修正ではなく、YCCの運用の柔軟化措置と説明。金融市場の受け止め方も同様となってきたようだ。マイナス金利解除などの本格的な政策修正までにはなお距離がある、という金融市場の見方は従来と大きくは変わらないのではないか。
 
日銀 今年度物価見通しを大幅上方修正
 今回の会合では、「展望レポート」での物価見通しも注目されていた。2023年度の消費者物価(除く生鮮食品)見通しは前年度比+2.5%と、前回4月の+1.8%から大幅に上方修正された。日銀は、従来想定してきたよりも足元の物価上昇率が上振れていることを認めたのである。少々驚いたのは、24年度の物価見通しを+1.9%と、前回見通しの+2.0%からむしろ下方修正したことだ。また、25年度の見通しは、+1.6%と前回見通しから据え置かれた。

 これは、2%を超える物価上昇率は持続的ではなく、予測期間中に2%を明確に下回るとの見通しを示すことで、2%の物価目標の達成が依然見通せないとの日銀の判断を対外的にアピールしたものだ。そこには、本格的な政策修正が早期に実施されるのではとみる市場の観測を抑える狙いがあるだろう。6月の物価上昇率は前年比3.3%、このところ3%超の物価上昇が続く。それでも植田総裁は「2%目標実現」とは見なしていないようだ。

 このことは2%の物価目標の達成を前提とする本格的な政策修正を実施する考えがないことを、日銀は物価見通しで示したのである。金融市場もそうした見方を支持しているのかもしれない。

 植田総裁のこれまでの発言から想起されるのは、「日銀のゼロ金利解除が早すぎたため、景気失速を招き、デフレに逆戻りした」と批判を浴びた2000年のことだ。当時、審議委員だった植田総裁は解除に反対票を投じていただけに、同じ轍は踏まないとの思いはひとしおだろう。かつて審議委員時代に植田総裁は「時間軸政策」と名付けた政策がある。

 時間軸政策とは金融政策において主にゼロ金利や量的緩和を継続する長さに着目した政策のことをいう。別名では「フォーワード・ガイダンス」ともいう。将来にわたって一定期間の間、金融政策を維持すると宣言することで市場に安心感や期待感を持たせ、中長期の金利を安定させるなど、政策の効果を高めようとする意図がある。これは中央銀行が政策に対する誤解を避けるために市場に向かって行う一種の対話といえる。

 現在でいえば、前年比2%超の物価上昇が「持続的・安定的と見通せる」まで緩和を続ける方針は、この枠組みに沿っている。植田総裁はこの3カ月、政策判断の根拠を足元の物価ではなく、先々の物価の見通しに置くというメッセージを発してきたのだと解釈する。

24年度25年度の物価見通しは2%以下
 一方、2024年度は1.9%、2025年度は1.6%(同)と2%を下回る形で低下するという見通しは前回とほぼ同じだ。ただ、会見で植田総裁は「(2%実現には)まだまだ距離感がある」と述べつつ、「企業の賃金・価格設定行動に変化の兆しがみえている」と指摘した。

 日本に、物価も賃金も上がる状態が定着するのか。それとも一過性で低インフレに戻るのか。今はその分岐点にあるが、日銀はこれまで、先々の物価が予想より下振れする可能性をより大きく見ていたのに対し、今回、上振れの比重が増している。

 物価・賃金の上昇を「安定的・持続的」と見なし、金融政策が正常化に向かうとすれば、金利を上げていくときにネックとなるのが、現行の長短金利操作(YCC)で10年長期金利に変動幅の制限を設けていることだ。
2022年来の円安インフレの局面で、実に厄介な代物であることが浮き彫りとなった。

 長短金利操作が導入されたのは2016年。黒田東彦前総裁が追加緩和として短期金利の誘導目標をマイナス0.1%とした影響で、長めの金利までマイナス圏に沈んだ。これでは金融機関による長期の運用に支障をきたすため、これを引き上げるべく、長期金利(10年)の誘導目標を0%程度とした。皮肉なことに、日銀が目指す「2%物価上昇」が遠い間は、この長短金利操作は事なきを得ていた。

緩和政策堅持で円安が進行した22年
 ところが、2022年に入ると様相が変わる。欧米でインフレが加速し、中央銀行は急ピッチで利上げを進めたのだ。日本でも物価上昇率が2%を超えて上がっていったが、黒田前総裁は、自身が進めてきた超緩和政策を堅持。日米金利差の拡大を材料にドル円相場は一気に円安に振れ、円安がさらなる物価高を招いた。秋には1ドル=152円まで円安が進んだ。

 長期金利を市場に委ねていれば、変動幅上限の0.25%を超えて上がるはずで、「YCC修正は必至」と見込んだ海外ヘッジファンドが国債をカラ売りした。金利上昇で価格が下がった後に買い戻すことで利益を得る狙いだ。日銀は変動上限である0.25%の利回りで10年国債価格を買い支えようとする無制限の「指し値オペ」で金利を抑え込んだ。

 政府が円買いの為替介入を行う事態に陥った末、日銀は12月の決定会合で突如、長期金利の変動上限を0.25%から0.5%に拡大。日銀は建前としては「為替不介入」だが、円安対応が主だと目される。

YCCで追い込まれる間に動いた日銀
 政策決定会合後の植田総裁の記者会見は良かった。記者の意地悪な質問、しつこい質問、攻撃的な質問、いずれの質問にも、非常に丁寧に答えていた。特に、「政策の修正なのか、そうでないのか、わけがわからない」というような質問に対しても、「長短金利操作の運用を柔軟化」と書いてあるのは、「政策の修正ということだと思う」などと、堂々と答えていた。そして、「YCCの副作用として金融市場のボラティリティー(変動率)の拡大があると言っているが、この金融市場とは何の市場のことなのか」という趣旨の質問に対して、堂々と「為替のボラティリティーを含む」と言い切った。中央銀行のトップとして、これほど、誠実で率直で丁寧な説明があったのかなとも思った。

 今回の政策決定会合の内容をまとめると、YCCの枠組みは維持。ただし、1.0%での指し値オペであり、万が一の金利急騰が起きたときの保険としてセットする。そして保険があることにより、金利のボラティリティーも低下することを狙った措置ということになる。

 前月の7月号でYCCの撤廃が株価上昇の条件と書いた。同時に植田氏が日銀総裁に就任して早々に打ち出した、「1年半程度の期間をかけて過去の金融政策について検証を行う」という方針には、検証など学者の時代に済ませておくべきではないか。この人は金融政策の変更をヤル気がない、または中央銀行のトップとしてのリスクをとるつもりはないのではと思い少々失望した、と書いている。全くお恥ずかしいが撤回させてもらう。

 今回の措置はややハト派的かもしれないが、バランスの取れた、現実的には妥当なスキームではないだろうか。そしてなにより、YCCが追い込まれる前に「先に動いておいた」という植田氏の説明はまったくそのとおりだ。今回の会合は植田日銀に、今後とも期待して、応援したいと思わせるものだった。

榊原元財務官「デフレ終わった」 円高進行で年内120円台も

長期デフレ経済からの脱却
 7月24日、「ミスター円」として知られる元財務官の榊原氏は時事通信のインタビュー記事がYahooニュースに掲載されていた。 同氏は日本経済の現状について「少なくともデフレは終わった」と述べ、物価上昇率は持続的に2~3%になり得るとの見方を示した。「緩やかに円高の方向に進み、今年末には1ドル=130円を切る可能性がある」と、120円台突入を予想した。

 榊原氏は「米国経済が若干弱含んできて、逆に日本の成長率は高くなる」とし、当面は円高・ドル安基調になると見通した。その上で「緩やかに120円に向けて円高になるのではないか」と語った。外為市場ではこれまで、日米の金利差が拡大するとの観測から円売り・ドル買いが強まり、円安が進行してきた。減速傾向にある米国経済も「復活は十分あり得る。(他国通貨に比べて)ドルが一番優位な状況は変わらない」と展望した。 

600兆円超えの日本の名目GDP
 日本経済は、長いデフレ経済から脱却しインフレの下で新しい成長に向かいつつあるのだ。前述の榊原氏のインタビューの数日前、7月20日に内閣府は2024年度の名目GDP の見通しを発表した。24年度のGDPは601.3兆円、2015年アベノミクスの目標値を600兆円と打ち出し、ここにきて目標を超える見通しとなってきた。アベノミクスの2015年の名目GDPは540.7兆円、22年度が561.9兆円、23年度は586.4兆円、そして24年度に600兆円を超えることになる。

 筆者は20年以上前に、さわかみ投信の澤上氏が筆者が開催したセミナーで「株価は名目GDPと連動する」と言われたことが今でも記憶の中にある。つまり名目GDP が上昇すれば株価も上昇するということだ。

 名目GDPは国内総生産(GDP)を、時価の金額で表したものだ。その年に生産された物やサービスなどの生産数量に市場価格をかけて、それらを全て合計して算出する。名目は、物価の変動を考慮せず、その年の時価であらわされているため、物価変動の影響を除いた実質GDPのほうが経済の実状を知る上で重視されている。

 しかし、売上や利益といった企業業績は、いずれもインフレ調整前の「名目」の数字になる。このため、同じインフレ調整前の経済指標である名目GDPの推移は、株式市場の動向を見る上で示唆に富んでいるのだ。

 過去20年余りの名目GDPと東証株価指数(TOPIX)の推移を確認すると、金融市場の一時的な混乱などで乖離する局面も見られるが、その趨勢や転換点という意味では、おおむね連動していることが確認できる。

30年続いた光景が変わる日本経済
 6月5日の日経平均株価は前週末比693円上げ、約33年ぶりに3万2000円台を回復した。4月以降の上げ幅はかなりのスピードだったが、市場に「割高」論は乏しい。おそらく見直しの手がかりとして注目されているのが日本の名目国内総生産(GDP)の目覚めだ。上放れの兆候が本物ならば、息長い株高になり得る。「日本のGDPは20年間も横ばいだった。投資しても意味がない」というのは過去の話になってきた。

 また、海外投資家による日本株の買い越し額には、伸びる余地がまだあるとみる向きが多い。2012年12月に始まった「アベノミクス相場」では15年6月にかけて、累積買い越し額が約25兆円まで膨らんだ(財務省統計ベース)。これに対し今回の局面では、3月のボトムを起点にしても、約10兆円の買い越しにとどまっている。

 むろん、「アベノミクス相場」と同じ25兆円規模まで海外勢の累積買い越し額が今回の局面で膨らむ保証はないわけだが、厳しい米中対立が続く中、中国株から日本株へと投資先をシフトする動きはなお当面続きやすいだろう。

 日本はアジアにおいて中国に次ぐ経済規模を有する上に、民主主義体制をとっている米国の同盟国であり、しかも政治的に安定している。大幅な利上げに動いたFRB(米連邦準備理事会)と異なり、植田和男総裁が率いる日銀が異次元緩和を続けていることも、日本株にとりポジティブな材料である。

 バブル崩壊後30年、30年余り続いた光景が変わるにつれ、財政や金融政策に正常化を図る動きが出てくる。その際、政府や日銀が心すべきは経済の好循環に水を差さぬことだ。植田日銀には心配していないが、財務省の言いなりの岸田政権には要注意だ。とにかく、バブル崩壊後の日本は経済が軌道に乗りかかると、財政政策や金融政策でブレーキを踏んできた。その轍を踏まなければ、想定以上に株高の持続性は続くだろう。

■レポート著者 プロフィール
氏名:太田光則
早稲田大学卒業後、ジュネーブ大学経済社会学部にてマクロ経済を専攻。
帰国後、和光証券(現みずほ証券)国際部入社。
スイス(ジュネーブ、チューリッヒ)、ロンドン、バーレーンにて一貫して海外の 機関投資家を担当。
現在、通信制大学にて「個人の資産運用」についての非常勤講師を務める。証券経済学会会員。

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