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小島信夫の『抱擁家族』を読むと、なぜざわざわするのか

以前日記にも書いたが、最近読んだ本でことごとく「小島信夫」という作家の名前が上がっていた。

「小島信夫」という名前の字面や作品概要を見て、私は勝手に、小津安二郎監督の『東京物語』的な家族を思わせる作品なのかなとこれまで思っていたが、実際はまったくちがっていた。「コード無視」で、かなり奔放な文体で書かれている小説だという。そこでまず代表作の『アメリカン・スクール』と、戦後文学の金字塔と言われている『抱擁家族』を読んだ。

『抱擁家族』は、ある家に滞在していたアメリカ軍兵士とその家の妻が浮気をしてしまう話だとしか知らなかったので、敗戦という国が受けたトラウマを、ひとつの家族を通して浮き彫りにする物語だと思っていた。

ところが蓋を開けてみてびっくりした。浮気云々というのはたんなる入り口でしかなく、いわゆる昭和の男性、昭和の父親の「内側のどたばた」のようなものがつまびらかに書かれているように私には感じられた。そんなにばらしちゃっていいの、と思うほどだった。

簡単に言ってしまうと、情けない。かっこわるい男性を、こっけいなほどくっきりと描き出している。おそらく主人公の三輪本人は、自分のぎこちなさ、言動不一致を自分でも持て余していたのではないか。だからといって、その自分をわかっていない。だから昔からの自分の行動パターンでしか動くことができない。

この作品が書かれたのは1965年くらいだが、こういう男性は現在でも多く存在しているような気がする。

と、ここまで書きながらだんだんざわざわしてくる。ここまで「男性」として区別して書いているが、はたして本当にそうだろうか。

この作品には女性もある種、象徴的に描かれているが、そこはおそらく自分はどこか遠くのもののように読んでいたような気がする。結構クセのある女性たちだ。つっこみどころもいっぱいある。でもどちらかというとほとんど気にならないというか、スルーをして読んでしまっていた。それは何かを見ないようにしている可能性が高い(が、もう1回読まないとわからない)。

一方で、三輪という主人公には、あれこれ評価をくだしている。「かっこつけてしまうことでかっこ悪くなる」というようなことを、この主人公はいけしゃあしゃあと行っているし、心の声として吐露する。そこにある種の侮蔑というか、ダメだね、なさけないねという感じを抱きながら読んだ。

これはなぜだろうか? 投影のメカニズムで考えると、おそらく自分自身も主人公と同じ側面が大いにあるのだろう。だからこそ「情けない」という評価をくだしている。

そこには本当の、人間のリアリティが書かれているような気もする。男性の、ではない。人間の、だ。どうにか何かによって、外側から自分の存在を安定させようと空回りする。だけど自分の中はおそらく空洞なのだ。だからいつも虚しい。どうしたらいいかわからない。

その感じは自分にもある。だからこそ、読後にはそんな「おろかな」自分も、「おろかな」人をも、懐深くいとおしく思えるような方向に近づけたらいいなあという気になってくる。


『抱擁家族』は、小島文学の代表作だ。それだけに、解説や評論も多くされている。だが今日書いたことは、それらを読む前に自分が感じたピュアな感想だ。この後自分は「お勉強」をする。感想は良くも悪くも書き換えられていくだろう。その前に感想を書き残しておこうと思い、変に説明をいれないまま書いてある。


作者自身が「著者から読者へ」というあとがきに書いていることが、かなり深い。おそらく今の自分の理解は不十分だろうけど、それでも深くうなずかされる。

作品というものは、あとになった方がよく分かることがあります。私はこういうことを、文学の「予言的性格」と呼ぶのです。
私たちは文学作品に接しているときに、けっきょくは、その時の都合で読んでいるのかもしれません。私とか、あなたとかではなくて、一つの世代、一つの時代ぜんたいが、そういう読み方をしているので、それは誰の責任でもなく、いたし方のないことなのでしょう。
いずれにしても文学作品は、たとえ前に読んだことがあっても、今読んでみなければ、何もいうことは出来ないようなところがあります。新しい時代に入ってきたので、それが書かれた時代から自由になり、その作品をとりまいていた雑音から自由になって、私たちが急に目のさめるように思うとしたら、それはたぶん値打ちのある作品ということになる。


自分が『抱擁家族』を読んで抱いた感想は、今読んだからこそのもの。また10年後、20年後に読んだとしたら、きっと訴えかけてくるものも感じるものも異なるだろう。自分自身が変化するだけでなく、社会においての「家族」や「男性」、「女性」の像が変わっていくだろうから。



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