哲学対話「魅力」の開催レポート
毎月第4土曜日にオンライン哲学対話を実施しています。今月は予定の関係で第3土曜日の8月19日(土)に実施しました。その際の様子をレポートします。
哲学対話の概要
哲学対話とは「普段はあらためて考えない疑問」、「すぐには答えが見つからなそうな疑問」について、みんなで語りあって思考を深めていく場です。57回目となる今回のテーマは「魅力」で、参加者は13名でした。
※以下、当日出た意見を、個人が特定されない範囲で紹介します。個人の具体的な体験などは省略した他、進行役の解釈・編集が入っていますのでご了承ください。またメモを見返して意味がよくわからない部分は省略しています。
チェックイン
音声確認の意味も含め、①ニックネーム、②今の気分、を一人ずつ話していただきました。
フリートーク
前半の30分くらいはまず、テーマの「魅力」に関して思い浮かぶことを自由にお話していただきました。下記のような観点が出されました。
・「魅」という漢字に「鬼」という字が使われているのはなんでだろう?
→未だ鬼にならず、という意味で悪くないということなんじゃないか。
・魅力というのはそもそもいい意味で使われると思うが、虜になることで自分を失って冷静な判断ができなくなるような怖さがある。
・魅力は、頭で考えるよりは身体的、感覚的なもの。人による違いが大きく、重なっている部分がかなり小さいんじゃないか。また自分が変わることによって、感じる魅力も変わるだろうから、かなりあやふやであいまいなものなのではないか。
・すべての人に通じる魅力はあるのか?
・住んでいる町の魅力について話していたとき、長年住んでいる人よりも、よそから入ってきた人の方が気づいて言ってくれることが多かった。だとすると、魅力というのは、慣れると感じなくなるものなのか?
・魅力は、対象にあるものなのか、感じる自分の中に基準のようなものがあるのか?
・魅力は共鳴、共振のイメージ。波動でひかれあっているような感じ。
・ビートルズは魅力的だと思うが、初期の頃の魅力と解散前後の人間的な深みを増した魅力は変化している。聴く側の自分も成長しているし、対象も変化しているので、その魅力も変化する。ただ、どの段階でも感動や共感がある。
・魅力を感じるというのは、受動的なことなのか、能動的なことなのか?
→受動、能動以外に、中動態もある。
→中動態というのは、自然にそのように思われてくること。気がついたらそのようなことを考えたりしていたりすること。魅力というのは中動態であるというのは腑に落ちる。
・マクドナルドは7歳くらいまでにその味に親しんでもらうことで、生涯食べてもらえるような戦略をとっていることをオープンにしている。魅力の根源というのは、慣れ親しむところにあるのか?刷り込むことにあるのか?
問い出し&問い決め
フリートークの内容を踏まえて、後半深めていく問いを出し合いました。
似ている問いを合体させ、8つの問いの中から投票で選びました。
投票で選ばれたのは「慣れてくると見える魅力と、新鮮な目で見える魅力はどう違うのか?」という問い。ここでいったん休憩をはさみました。
対話「慣れてくると見える魅力と、新鮮な目で見える魅力はどう違うのか?」
後半は選ばれた問いを入り口にして対話を始めました。
まず、問いを出してくれた方に、なぜその問いについて考えたいと思ったかをお話いただくところからスタート。
・慣れてくると見える魅力ってなんだろう?新鮮なときほど魅力を感じると思うが、みなさんはどうか?
●「慣れてくると見える魅力」の具体例は?
・海外で初めて住む町などは、知らないと不安の方が大きい。慣れてきてわかってくると、不安がなくなって魅力が見えてくる。時間の経過によって見えてくるともいえるが、魅力の上に覆いかぶさっている不安のようなものが取り除かれることで魅力が見えてくるということはある。
・慣れたものの魅力は安心感。旅行から帰ってきてやっぱり家が落ち着くとか、いつも飲んでいるお店のコーヒーを飲むと、そんなに美味しいというわけではないのに落ち着くとか。
・自分は昔はポップスやロックが好きで、それ以外の音楽は軽いと思っていたが、慣れてくるとジャズやクラッシックに深い感動を覚えるようになった。慣れてくることで見えてくるものがあり、慣れてくることで感動できるようになってくる。
●慣れるというのはどういうことか?単に接触回数が増えるということなのか、リテラシーがあがってくることまでが含まれているのか?
・何回も接することで、リテラシーがあがってくる。その結果新たな発見ができ、その発見が反復したくなる魅力となる。
・リテラシーというのは、メガネのようなもの。それがあることではっきり見えてくる。ないと見えない。
・スマホなどIT機器には最初は慣れていなかったけれど、慣れれば生活のなかに溶け込んでくる。つまり魅力というのは、マーケティング戦略を実施することと近いのではないか。
・モノ、技術、習慣に関しては、浸透してくると「こういうものなんだ」と魅力がわかる。
・人間はそもそも変化を嫌う。現状維持をすることで安心感を覚える。一方で、矛盾するようだけれども、知らないことに惹かれる。知ることは未知なので不安が伴うが、知ることによって不安が安心感に変わる。不安は魅力を覆うものではなく、魅力と分かちがたく結びついているものではないか。
・食べなれた実家の料理の魅力は、薄味で美味しいなど、慣れてくると気づける。
・慣れてくると新鮮な目で見えるケースもある。違う見方ができるようになってくる。
●新鮮な目で見える魅力とは?
・知らないものに対しては新鮮な魅力を感じ、慣れたものに対しては安心な魅力を感じるとして、新鮮な魅力はどういう魅力なのか?そちらについてもう少し検討したい。
・合気道を習い始めて、わけのわからない魅力を感じている。これも新鮮な魅力だと思うが、一方で、段数がすごく上の方が、「今日も新しい発見があった」といって稽古に励んでいるのを見ると、慣れて上達してこそ発見できる新鮮な魅力があるんだと思う。
・必要のない情報をそぎ落とすことで本質が見えてくるように、リテラシーがあがってくると見えてくる魅力は確かにあるが、本当に初めて、新しい、というところの魅力もある。
・以前、潮干狩りで、貝はそっちのけでイソギンチャクに夢中になってしまった。新鮮な魅力を感じる時、そこには知的探求心があるのではないか。
・新鮮な魅力を感じる例として、初めての海外旅行でパリに行ったとき、最初はすべて魅力的に感じた。1週間後、街に慣れてくると、場所によっては思ったより汚いところもあるんだなと思ったりして、新鮮さが失われた。その経験をふりかえると、新鮮な魅力というのは、自分の願望を投影していると言えるのではないか。
・宝塚歌劇団の魅力は、お約束の大階段で安心感がある。一方で、毎年新入生が加入したりと新鮮さもある。1つのなかにどちらの魅力も含まれている。
・魅力というときれいなもの、美しいものに感じがちだが、あまり人には言えないような崩れたもの、朽ち果てたものに魅力を感じるということもある。
・哲学対話の魅力は、慣れて上達してきた先にある。自分なりに新たな楽しみをつくっていく、そこが魅力になっている。
2時間の対話を終えて
魅力を感じる具体的な例がたくさん出されて、魅力を深く考えるための問いかけもされ、みんなで「それってどういうことだろう?」と考える場になっていたと思います。いつもより、みんなで一緒に進んでいるような感覚がありました。魅力を感じる要素、状況などについて検討したところで時間切れとなったので、その魅力がどこから発生するのか?魅力がなくなるときというのは何が起こっているのか?などについて、引き続き考えたいと思わされる充実した時間でした。
放課後は、「アイドルになるには?」ということを話すと、魅力についてさらに掘り下げられるのでは?という話から、BTSをテーマに哲学対話をしようというアイデアが出てきました。
また、個人的におもしろいと思った話題は、「哲学対話に慣れて、上達してくると、性格が悪くなってくる」というもの。ここでいう上達というのは、論理的、構造的に考えたり、人の話をとらえたりできるようになることを指していますが、そうすると、人の発言に対して「質問に答えていない」「論点がずれている」などということが気になって指摘してしまいたくなる。上達するほど、自分という人間の心が狭くなっている感じがするというものでした。これは私自身も感じていたことで、どこかでゆっくり対話したいなと思うトピックでした。
今後の開催予定
最新の開催情報は下記Peatixページに掲載しています。
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