哲学対話「努力」の開催レポート
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哲学対話「努力」の開催レポート

毎月第4土曜日にオンライン哲学対話を実施しています。8月は早々に定員がいっぱいになってしまったので、翌日も追加で募集をしました。8月29日(日)に開催した際の様子をレポートします。

哲学対話の概要

哲学対話とは「普段はあらためて考えない疑問」、「すぐには答えが見つからなそうな疑問」について、みんなで語りあって思考を深めていく場です。一人ひとりが自分の経験や考えを、自分のことばで表現することを大切にします。それをお互いに聴き、問いかけ合いながらともに考える場です。

哲学対話は、近年いろいろな所で行われています。当日集まった参加者から出してもらう問いについて対話をする場合もあれば、主催者が事前にテーマや問いを決めて実施する場合もあります。

我々の場合は大きなテーマだけを事前に決めておき、当日そのテーマに関連して問いを出し合って、選ばれた問いで対話をスタートするというやり方で行っています。

過去のテーマはそれぞれ「対話」、「時間」、「夢」、「言葉」、「弱さ」、「笑い」、「つながり」、「学ぶ」、「遊び」、「信じる」、「読む」、「書く」、「聴く」、「楽しさ」、「無駄」、「不安」、「記憶」など。18回目となる今回のテーマは「努力」で、参加者は10名でした。

問いだし

いつもは1人1つずつ問いを出してもらい、その問いの背景について共有をしたあと投票をして決めるのですが、問いが決まるまでに少し時間がかかります。そこで今回は、対話の時間を長くとるために、問いがうかんでいる何人かの方に挙手をして提案していただきました。

1.努力は他者から評価されるものなのか?
2.あなたにとって努力とはなんですか?
3.努力はなぜいいとされるのか?
4.努力という文字を見ると不快な気持ちになるのはなぜか?

このなかから、今回は1つ目の「努力は他者から評価されるものなのか?」という問いから対話をスタートしました。

当日の対話の流れ

※個人が特定されない範囲で、当日出た意見を紹介します。発言された言葉そのままではなく、進行役の解釈・編集が入っています。

・努力は成功や充実、成果、自分の幸せに向かってするもので、他者から評価されるものではないんじゃないか?

・評価は結果に対してされるものであって、努力はプロセスだから評価の対象ではないのでは。

・努力は目標とセット。努力賞というのは成果はあげていなくても、がんばったねということを評価している。

・努力賞をあげるとして、努力のプロセスを比較できるのか?できるとしたら何で比べるのか?

・自分の趣味に関しては努力と思っていないから、それは他者からの評価は関係ない。

・何のために努力をするのか?努力のプロセスは評価の対象になりうるのか?

・評価されてしかるべきと思う。プロセスであっても、いかにうまくやるかなどは評価の対象になる。

・努力のベクトルの先がどこに向いているのか?自分のため?心の満足?会社のため?

・時間を割く努力はすべて自分のため。

・夏休みの宿題など、期限までにやるという努力はするが、それは自分のためというよりは学校の評価を落とさないため。

・努力は評価されたほうがいいと思うが、世の中は結果しか評価しない。それゆえ結果が出ないと挫折感を味わうことになる。努力のしかたはhow to や根性論になりがち。本来は自分の努力に自信をもって、自分で自分を評価できるといい。

・努力する人生はやめたい。学生時代のときの部活のように、努力しなくちゃ、がんばらなくちゃと思いすぎると自分を押しつぶしてしまう。

・たとえば哲学対話はプロセスが楽しくてしょうがない。そのために他の用事をはやく終わらせるなどの努力をするが、それは楽しいと思う。努力のプロセスで生まれてくるものがいっぱいあるし、努力をすると自己信頼が高まる。

・何かを目指すことがよいとされていて、半強制的にやらなくちゃいけない空気があるんじゃないか。何かを目指してがんばらなくちゃいけないのか?楽しいじゃだめなのか?

・努力の捉え方は多様化してきているんじゃないか?共通理解がないので、押し付けられていると思うんじゃないか?

・がんばらなくていい方が楽しい。努力しないで結果を出したい。

・はたから見ると努力に見えること、苦しそうに見えることでも、自分で決めてやっていると苦じゃない、努力じゃないということもあるんじゃないか。たとえば野球の大谷選手とか、彼らは努力と思ってないんじゃないか。夢中になっているんじゃないか。

・努力と夢中の違いは?

・努力は目標があって、そのために今を使う。夢中は今に焦点をあてている?

・今したいことをやっているのが夢中。努力は未来のことを考えている。

・努力は過去のもの、目標に対して費やしたもの。それをやっている間は夢中になっている。ふりかえったときに積み重ねてきたものを努力と呼ぶ。

・努力に目標や達成がついているから、ラクして成功しているものをねたむ気持ちが生まれる。夢中になることを探していくことが大切。

・自分は何をしたいのか、トライ&エラーをしていければ、夢中を探す必要もないんじゃないか。社会の求める自分にならなくていい。

・努力をするときに、世の中の基準に当てはめることをすると苦行を強いられる。本人が決めるということが大切。自分で決定すると夢中になれる。苦行も夢中も、はたから見ていると両方を努力と呼ぶ。

2時間の対話を終えて

「努力」と呼んでいても、その捉え方は人によってイメージが異なっているようです。努力は苦しく強いられるものでもあり、夢中になれる楽しいものでもある。その違いはどこにあるのか。努力を過程だとした場合、何から何にいたる過程なのか。努力と努力でないの違いは何か。誰が決めるのか。

お話を伺っていると、過去の努力の体験と、努力という言葉のイメージが結びついているようでした。なので、その具体的な体験を共有していただきながら、問いかけ合いを重ねながら、個々が見ているイメージを少しずつ共有していく時間になったのではないかと思います。

自分が努力だと思っていたものは、果たして本当に努力だったのか?だんだん自信がなくなってきましたが、またまだ話がつきないテーマでした。

次回開催の予定

次回は9月25日(土)、26日(日)と2日続けて行います。いずれも時間は10:00~12:00です。詳細・お申込みは下記のサイトの「イベント情報」からどうぞ。

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大前みどり

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足あと、ありがとうございます。私も遊びに行きます。
対話ファシリテーター、ワークショップデザイナー。考えたこと、体験したこと、学んだこと、記憶の断片の記録。