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哲学対話「ハマる」の開催レポート

最近、開催レポートをさぼっていましたが(汗)、引き続き、毎月第4土曜日にオンライン哲学対話を実施しています。2月25日(土)に開催した際の様子をレポートします。

哲学対話の概要

哲学対話とは「普段はあらためて考えない疑問」、「すぐには答えが見つからなそうな疑問」について、みんなで語りあって思考を深めていく場です。一人ひとりが自分の経験や考えを、自分のことばで表現することを大切にします。それをお互いに聴き、問いかけ合いながらともに考える場です。

哲学対話は、近年いろいろな所で行われています。当日集まった参加者から出してもらう問いについて対話をする場合もあれば、主催者が事前にテーマや問いを決めて実施する場合もあります。

我々の場合は大きなテーマだけを事前に決めておき、当日そのテーマに関連して問いを出し合って、選ばれた問いで対話をするというやり方で行っています。

過去のテーマはそれぞれ「対話」、「時間」、「夢」、「言葉」、「弱さ」、「笑い」、「つながり」、「学ぶ」、「遊び」、「信じる」、「読む」、「書く」、「聴く」、「楽しさ」、「無駄」、「不安」、「記憶」、「努力」、「考える」、「協調」、「変化」、「労働」、「プレゼント」、「味わう」など。25回目となる今回のテーマは「ハマる」で、参加者は6名でした。

※以下、個人が特定されない範囲で、当日出た意見を紹介します。個人の具体的な体験などは省略した他、発言された言葉そのままではなく、進行役の解釈・編集が入っています。

チェックイン

音声確認の意味も含め、①ニックネーム 、②これまでにハマったもの(こと)or 今ハマっているもの(こと)は?、を一人ずつ話していただきました。哲学対話にハマっているという方や、りんごや辛ラーメンにハマっているなど食べ物を出す方も。具体的なハマる体験を思い出してから対話に入っていきます。

前半(フリートーク)

前半は、「ハマる」というテーマに関して思うことを出し合いました。以前は最初に問いを立てる時間をとっていましたが、最近はおしゃべりのような雰囲気でテーマについて思うことを話してから問いを立て、後半にその問いについて話すというやり方で進めています。その方がテーマに関する様々な見方が出されて、問いが立てやすくなるような気がしています。今回は、下記のような観点が出されました。

趣味との関係、違いは?
・ハマるっていうのは、趣味やお気に入りと違うのか?
・興味が失われていってハマるのが終わるときと、ずーっと興味が続いていて趣味に格上げされるときがある。
・ハマるっていうのは、趣味の最上級じゃないのか?それともハマるが趣味に移行するのか?

ハマるの終わりって?
・ハマるのが終わるときってどう終わるんだろう?なんで終わるんだろう?
・ハマるのが終わるのは、自分が変わるときと、対象が変わるときがあるんじゃないか。

ハマりやすい、ハマりにくいは何から生まれる?
・年を取るといろいろなものへの情熱が失せていって、ハマりにくくなるんじゃないか。
・好き嫌いなどの感情の揺れを感じにくくなると、ハマりにくくなるんじゃないか。

ハマっているときってどんな感覚?
・沼にハマるというけど、手を突っ込んでいればもうハマっているのか、頭まで沈んじゃった状態のことをいうのか。
・すっぽり穴にハマって抜け出せない状態。収納でいうとシンデレラフィットのような状態でもあるんじゃないか。
・感情が動いている感じを楽しんでいる面もあるけど、ハマっている自分が好きという自己陶酔的な面もあるかもしれない。

年代による違いはあるのか?
・時代背景や年代によって、ハマる対象だけでなく心持ちやハマり方も変わってくるんじゃないか?

ハマることのマイナスの側面は?
・沼にハマるという表現は、ギャンブルとかアルコールとかにハマることも想起される。ハマることによって活力につながることもあるけれど、よくないこともあるんじゃないか。
・アルコールとかドラッグとかは、ハマるから溺れる、依存症に変化している状態では?
・ハマっているといいながら、目の前のこととか、本当にやらなきゃいけないことから逃げている側面もあるんじゃないか?

ハマった状態から自力で出られる?
・自分の意思で出ることができるのか?
・ハマっていると出ようとか、出たいとか思わないんじゃないか。

ハマることに期間や期限はある?
・推しの引退など、期限つきだから思い切りハマれるということもある。そうでないと、破産したりというところまで行く可能性もあるかもしれない。

問い出し

前半のフリートークを受けて、4分程、各自で問いを考える時間を取りました。出された問いを保存せずZoomを閉じてしまったので、忘れてしまって書けないのですが(すみません汗)、5つの問いのなかから、投票をして、後半の対話の問いを決めました。「ハマり方がダークサイドに変わるのはどんなとき?」という問いが選ばれ、休憩をはさんで、後半の対話をスタートしました。

後半の対話

・前半の話から、ハマるにはプラスの面だけではないと思うが、ハマることのよい面と悪い面をわけるような一線があるのか?正しいハマり方のようなものがあるとしたら、どうすれば正しいハマり方ができるのか?

・ハマることのダークサイドとして、破産、お金をつぎ込む、現実から目を背けるなどが出てきたけど、そもそもハマり方に正しいとか、悪いとかってあるのか?ハマる対象によって、ダークのレベルも変わってくるかも?

・ハマることの負の面というと、他人とか社会に迷惑をかけること。

・ハマることをコントロールできている状態の自分は気に入っている。数ある選択肢のなかでどれにしようと迷っているのも楽しいけど、社会生活に影響を及ぼさないようにとコントロールできていることも大切。

・自分の生活や他者の生活を破綻させない程度に向き合うことが正しいハマり方だと仮定して、いい案配でつきあっていることをハマっているといえるのか?破滅的な方向に向かわんとすることがハマるではない?

・おそらく、ハマっているときは情熱が高ぶっていて、それが落ち着くと趣味に変わっていくんじゃないか。自制してコントロールできていると趣味のステージでは?そうすると長期的にとらえることができる。

・バブル時代は、新たに登場するいろいろな物が目新しくて輝いていたので、ハマるものを見つけやすかったような気がする。今は流行り廃りのスピードが速すぎるし、新しいものも多いので、それぞれが輝きを消し合っているというか、くすませてしまっているんではないか。バブル時代のキラキラ感を体験している世代は、どこかそのときの感覚を引きずっているから、今ハマりにくさを感じているんじゃないか。

・バブルを経験していない若い世代でもハマることに躊躇している人もいる。一方で、ハマってまわりが見えなくなっている人もいる。この先どうなるかわからないから、どっぷりハマってそれ以外のことを見えなくしている人もいるんじゃないか。

・若い人は、頑張ることは損であると思っている人も多いと聞いて、情熱を傾けて何も得られないと損なのかなと思う。

2時間の対話を終えて

このところ、少し少な目の人数での開催が続いていますが、5~6人くらいだと、それぞれの意見について「もう少し教えて」と問いかけ合いながら、ゆっくりじっくり話せる気がします。一方で、自分ではまったく思ってもみない角度からの意見が出てくるなど、大人数には大人数の良さもあります。

いずれにしても、哲学対話の進め方として、「ゆっくり、じっくり」というのは、非常に大切だなあということを最近実感しています。ただ単にお互いに思いついたこと、言いたいことを言い合うのではなく、問いかけ、考え、また問いかけ、考えと、ゆっくりと一緒に進んでいくような対話の場を、これからも開催していけたらと思います。

今後の開催予定

詳細・お申込みはリンク先サイトからどうぞ。

■3月17日(木)19:30~21:30
みみ哲#4 「7つ道具de哲学対話」

■3月19日(土)10:00~12:00
オンライン哲学対話:テーマ「共感」



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