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哲学対話「不安」の開催レポート

大前みどり

毎月第4土曜日にオンライン哲学対話を実施しています。今月は主催者の都合により第3土曜日の7月17日(土)に開催しました。その様子をレポートします。

哲学対話の概要

哲学対話とは「普段はあらためて考えない疑問」、「すぐには答えが見つからなそうな疑問」について、みんなで語りあって思考を深めていく場です。一人ひとりが自分の経験や考えを、自分のことばで表現することを大切にします。それをお互いに聴き、問いかけ合いながらともに考える場です。

哲学対話は、近年いろいろな所で行われています。当日集まった参加者から出してもらう問いについて対話をする場合もあれば、主催者が事前にテーマや問いを決めて実施する場合もあります。

我々の場合は大きなテーマだけを事前に決めておき、当日そのテーマに関連して問いを出し合って、選ばれた問いで対話をスタートするというやり方で行っています。

過去のテーマはそれぞれ「対話」、「時間」、「夢」、「言葉」、「弱さ」、「笑い」、「つながり」、「学ぶ」、「遊び」、「信じる」、「読む」、「書く」、「聴く」、「楽しさ」、「無駄」など。16回目となる今回のテーマは「不安」で、参加者は10名でした。

問いだし

冒頭に哲学対話の進め方とルールをお伝えし、各自テーマに関連した問いを出してもらいました。当日出された問いは以下のようなもの。

1 いい不安とは何か?
2 不安の正体は何か?(不安をどうわかるようにするか?)(なにが不安なのか?どう見極めるか?)
3 不安なのに楽しいを求めてしまうのはなぜか?
4 不安を感じるとは、どのような状況なのか?
5 どのように不安を解消しますか?(どのように不安を乗り越えますか?)
6 不安はわるいこといけないことか?(不安に思うこと(を感じること)はだめなことなの?)
7 不安とどう向き合うか?

※( )内は、意味が似ている問いを、相談をして一緒にしました。

問いを出し合ったあと、1つずつ順番に、どうしてその問いで考えてみたいと思ったか「問いの背景」についてコメントをしていただきました。

同じテーマでも、人によって様々な捉え方があるということが、この問いだしの時点で見えてきます。そうか、そんな風にとらえているんだな、自分はどうだろうか、などと、この時点ですでに哲学対話は始まっています。

背景を共有した後は投票をしてもらいました。その結果、6 不安はわるいこといけないことか? が選ばれ、その問いで対話をスタートしました。


当日の対話の流れ(発言の一部)

※個人が特定されない形で、当日出た意見を紹介します。

・不安というと、悪いものという前提になっている。自然に起こる感情で、人間ならば当たり前のことではないか?不安が悪いというのは固定概念なんじゃないか?

・不安を感じなかったら逆に危険な目に遭うことが増えておっかない。ただ、不安はコントロールが難しいから悪いと思われるのでは?

・そもそも不安に限らず感情はコントロールできない。自然に出てくる感情に後から対処することはできるけど、出てくることを押さえることはできない。素直に受け止めることが克服につながるんじゃないか?

・不安を抱えてしまって他のことに手がつけられなくて日常生活に差し障りが出たり、それがずっと続いてしまうと悪いことだけれど、不安を解消したいということは悪いわけではない。解消しようという取り組みによって自己成長や健康につながっていく。感情が出ることをコントロールできないのであれば、感じたあとどうするか、どうすれば不安を解消できるかと考える。不安の正体がわかって解決策が考えられれば解消する。

・そもそも不安が出る前に対処できれば、不安にならないんじゃないか?

・不安はどこからくるかと考えると、人類が動物の頃からある。現在の状況に働きかけて何をしたらいいかを考えるという意味では変わっていない。

・不安を感じて誰かに相談したり、考えて乗り越えていくことで経験値となるから、不安は役に立つと言えるのではないか?子供の頃不安に思ったことでも今だったら乗り越えられる。不安も俯瞰してみると成長ととらえられる。

・自分で努力して不安に打ち克つというような経験不足による不安は経験をつめば解消するけど、コロナに対しての不安は違う。つかみどころがなくて乗り越えるのが難しいもの。ただ、その社会的な不安というようなものは悪いことなのか?

・社会的な不安といっても、個人が感じる不安と根っこは同じなんじゃないか?自分の思っていることから外れると不安になる。予想と現実にズレが生じることが不安につながる。解消するには現実に働きかけて解消するか、自分の認識を変えて克服していく。

・コロナはいつおさまるかわからないから不安なのかな?どうなることが不安を感じなくなるかわからない。

・例えば戦争とか、個人ではどう考えていいかわからないけど、その環境のなかで生きたいと思えば何らかのことをしなくちゃいけない。その中で乗り越えたことがその後の人生に結び付くと考えれば、個人的に感じる不安も社会的に感じる不安も同じじゃないか?

・一番いやな不安は人間関係の不安で、自分が弱く見られるんじゃないか、自分は使えないんじゃないかというときに感じる。他の人が思うことはコントロールできない要素だけれど、そういうときにどうするか。

・みなさんの発言を聞いていると、不安を前向きにとらえていると思った。傷つきやすい人や壊れてしまった人の不安はいい経験とか言ってる場合じゃない。不安にもレベルがある。

・耐え難い境遇における不安は想像を絶するものがあるかもしれない。本人がその状況を発信し周りのケアがあることで、その状況を乗り越えていったときにある種の自信につながるのでは?

・職場の中で不安が生じるときは、他者との比較の中で生じることが多い。他人は変えられない以上、自分の考えを変えることが対処法になる。

・ひどい不安のとき、共感してくれる人が1人でもいれば解決できる。そういう人になってあげるということも大切。

・会社の買収によるリストラなど、自分が何かしても結果は変わらないことに対して不安を感じるのは考えるだけ無駄だなと思う。

・ここに参加している人は生活や命がおびやかされるほどの不安にはなっていないんじゃないか。こういう議論ができること自体が恵まれているのかもしれない。

・不安に対して、いいか悪いかと考えること自体が新鮮。みんなが持っていてあたり前で、そんな不安に共感して話せるとポジティブな方向に向かっていくのでは。

・自分のことをふりかえってみると、不安がないときって、安定はしているけど楽しみもそんなにない。不安があるときは逆に、これから世界が広がるとか、いろいろ選べたりするんだと思えるときでもあった。不安にはレベルがあって、それぞれ対処や乗り越え方があるんだと思う。

2時間の対話を終えて

上記の発言の一部には書き切れていませんが、みんなで考えを編み合って対話ができあがっていくような印象の時間でした。「不安を感じたとき、誰かひとりでも共感してくれれば解決できる」という発言には、PCの前で思わずうんうんと頷いてしまいました。自分自身が、1人で井戸の底にいるような不安を感じていたとき、まさに1人の人の共感で引っ張り上げてもらえたような経験が何度もあったからです。その体験も、ふりかえってみれば成長の糧になっていたと思います。

対話中「恐怖」という言葉が何度か出てきましたが、「不安」と「恐怖」はどう違うのか?ということも疑問に思いました。そういった似ている言葉との違いを考えていくと「不安」をどうとらえているかがさらに浮かびあがってくるように思います。

次回開催の予定

次回は8月28日(土)10:00~12:00です。テーマは「記憶」。
こちら↓で受付中です。



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大前みどり

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