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【読書録】『ジャンプ』『ありのすさび』(佐藤正午 著)

引き続き私的・佐藤正午祭が続いている。

まずは『ジャンプ』から。

2000年9月に初版発行の長編小説。

ある日、主人公の三谷の彼女みはるはコンビニにリンゴを買いに行くと言ったまま行方不明になってしまう。三谷はみはるの親族や友人の協力を得てその行方を捜しながらも、一方である行動をとる。5年後に、みはると再会し、行方不明になった真相がわかる。

まず、表紙のフォントやデザインが、これは自費出版の本なんじゃないかと思うような味気ない装丁。どういう意図なんだろう?なぜこのような装丁なのかは、読み終えてもわからなかった(リンゴは意味があるけど)。

読みながら「この部分の書き方はなんか変だな?」とひっかかったところに付箋を貼っていったら、そこが結末にいたる伏線のようだった。

全体的には、失踪したみはるの行動の意図がわからないことが多かった。

そもそも半年付き合っていたのに、会う回数が少なすぎじゃないか?
行方不明にならなくても、単に連絡をとらなければいいんじゃないか?
(みはるが失踪した理由を知って)それはちゃんと三谷と話し合えばよかったんじゃないか?

佐藤正午さんの作品を読んでめずらしくすっきりしなかったので、読後、ブログの感想やAmazonのレビューを読んでみると「これは傑作だ」という声も多かった。私はまだ読みが甘いのかもしれない。一読ではそこまでの感想にいたらなかった。

でも、相変わらず、佐藤正午さんの描く女性はおもしろい。
どうおもしろいかというと、良い意味で男性のフィルターを通して見た女性という感じがあって、そのフィルターが独特というか、ある傾向を持っている感じがするのだ。そのある傾向というのは、もうちょっと宿題にさせてほしい。


続いて『ありのすさび』について。

主に季刊誌や新聞に1990年代に連載されたエッセイを集めたもの。タイトルの「ありのすさび」というのは、印象的な言葉だけれど、どんな意味かというと、

在りの遊び――あるにまかせて、特に気にせずにいること。生きているのに慣れて、なおざりにすること。(広辞苑)

「アリさんの遊び」という意味ではない。
自分にも思い当たることが多々あって、どきっとする言葉だ。

『古今和歌六帖』 (第5) には、「ある時はありのすさびに語らはで 恋しきものと別れてぞ知る」という歌が載っているそうで、「一緒にいるときはそのことに慣れてしまって、たいして語らないでいたのだが、死んでからその人を恋しいと思ってしまう」というような意味。

エッセイのトーンは昔のものも最近のものもあまり変わらない。変わらずにおもしろい。そして作品に取り組むときの姿勢がエッセイから伝わってくる。言葉を選ぶことにとても時間をかけ、何度も検討してから文章にするということが。

このエッセイ集を読んでいて、「えー、そうなの?」と興味を持ったのは以下の部分。

作家の文体に惚れるという意味で比喩を大げさに用いれば、僕は野呂邦暢とは同棲のあげくに結婚寸前まで行った仲なので、大概のことは判ってやれるつもりでいるのだが(略)
「海辺の広い庭」も「一滴の夏」も暗記するほど読み返していた。野呂邦暢の小説さえあればほかはいっさいいらない、というくらいにのめり込んでいた時期である。
現実よりも野呂邦暢の小説の方がよほどリアルで、読んでいるあいだだけ生きているという実感があった。

というくらい、佐藤正午さんがのめり込んでいた野呂邦暢という作家を、この本で初めて知った。「え、誰ですかその人?」と思って調べてみると1974年に『草のつるぎ』で芥川賞を受賞したものの、6年後に42歳という若さで急逝してしまったそうだ。7年間の間に書き残した作品は数多く、作品集としてまとめられているので、すぐに図書館で予約をした。

大学を中退して佐世保へ帰ってきたばかりの頃に、特にのめり込んでいたようで、

ただ僕にできたのは野呂邦暢の小説の登場人物の中に(たとえば「一滴の夏」の主人公に)自分じしんの姿を見ることだけだった。彼らは地方の街で暮らし、穏やかな日常に満たされず、何かを探して歩きまわっていた。それは僕も同様だった。

翌年、佐藤正午さんは最初の小説を書き始める。
きっといろんな意味で影響を受けていたのだろうということが推察できる。

勝手ながら、 ちいさなへやの編集者さんが野呂邦暢の小説の書評を載せていらしたので、参考のためリンクをさせてください。

1970年には、いわゆる「内向の世代」を代表する古井由吉が「杳子」で芥川賞を受賞し、1976年には、村上龍が「限りなく透明に近いブルー」でやはり同賞を受賞していることに鑑みて、不幸にも、ちょうど文学史の「エアポケット」に入ってしまった観がいなめません。

と書いていらっしゃいますが、たしかに村上龍のデビュー作のインパクトは大きかっただろうなあと思う。ひとまず野呂邦暢の代表作をいくつか読んでみようと思っている。

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