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哲学対話「読む」の開催レポート

毎月第4土曜日にオンライン哲学対話を実施しています。もともとは麹町にある事務所で対面式で実施していたのですが、コロナの感染拡大の状況を鑑み、数か月の休止ののち、昨年6月よりオンラインに切り替えました。オンラインならではの良さがあるので、しばらくこの形で続けていきたいと思っています。

哲学対話の概要

哲学対話は、近年いろいろな所で行われています。当日集まった参加者から出してもらう「問い」について対話をする場合もあれば、主催者が事前にテーマや問いを決めて実施する場合もあります。

我々の場合は大きなテーマだけを事前に決めておき、当日そのテーマに関連して「問い」を出し合って、選ばれた問いで対話をスタートするというやり方で行っています。過去のテーマはそれぞれ「対話」、「時間」、「夢」、「言葉」、「弱さ」、「笑い」、「つながり」、「学ぶ」、「遊び」「信じる」など。11回目となる今回のテーマは「読む」で、参加者は8名でした。


問いだし

冒頭に哲学対話の進め方とルールをお伝えし、各自テーマに関連した問いを出してもらいました。当日出された問いは以下のようなもの。

1 なぜ、日本人は空気を読むのだろうか?
2 本を読むのが遅いのはいけないことなの?
3 画面上の文字を読むことと,紙の上の文字を読むことに違いはあるのか?
4 先を読むと先を考えるの違いは何でしょうか?
5 読んでも理解できないとはどういうことか?
6 読んでいるときに他のことを同時に読んでいるのはどういうことか?
7 電子書籍やネット記事があふれる現代、本を読むことの重要性は今どの様に変わっているのだろうか?
8 読むこと、理解すること、解釈することはどう関係しているか?
9 顔色を読むのはよいことか?
10 近頃の若者は読まなくなったのか?
11 心を読むとは?

1つずつ順番に、どうしてその問いで考えてみたいと思ったか、「問いの背景」についてコメントをしていただきました。同じテーマでも、人によって様々な捉え方があるということが、この問いだしの時点で見えてきます。そうか、そんな風にとらえているんだな、自分はどうだろうか、などと、この時点ですでに哲学対話は始まっています。

これらの問いの中から、投票で3の「画面上の文字を読むことと、紙の上の文字を読むことに違いはあるのか?」が選ばれ、その問いで対話をスタートしました。


当日の対話の流れ(発言の一部)

当日は手元で手書きのメモを取りながら参加しました。そのため、すべての発言ではなく、部分部分の切り出しとなってしまいますが、参加した方の振り返りや、興味を持ってくださった方に哲学対話の雰囲気を感じていただくために、時系列でご紹介します。

・PCやスマホの画面で読むときは「流し読み」的になりがちで、紙の本で読んだ方が深く入ってくる感じがある。

・電子書籍と紙の本で比べると、紙の本はあちこち参照しやすいというメリットがあり、電子書籍はipadさえあれば何冊も読めるというメリットがある。が、画面が光って疲れるとか、精読しづらいなどもある。書籍ではなくWEBニュースなどでいうと、日本語がひどいものも多いので、ちゃんと読まずささっとしか見ていない。

・電子書籍といっても、見る媒体によって感じ方が異なるのでは。大きなモニター画面などで見ると一度に見渡せる文字が多いので、いろいろ活用できる。

・紙と電子書籍で読み方に違いはある。同じ内容でも紙の本の方が熟読できる。深く考えたい内容は紙の方が集中できる。

・電子媒体で読むときは情報収集になっている。電子書籍でよい本だと思ったら、紙の本を買い直している。紙の方が見渡せる感じがあるし、付箋を貼って読み返したり、厚みがあると頑張って読んだなと思ったりする。

・紙にしても電子版にしても、本を読んでいるときに何をしているかというと、頭のなかに文字で書かれていることを再構築しているんじゃないか。その際に、紙の本の方が重さ、質感があって、その感覚が再構築に影響を与えている気がする。媒体の画面はなんかツルッとしていて、刺激が少ないんじゃないか。

・Zoomを最近使い始めた人でも当たり前に使えるようになる。本を読む媒体も慣れてきたら変わるんじゃないか?

・全く同じ本を、紙と電子版で読んで比べてみないとわからない。

・日本語を勉強している外国人の方が、縦書きは本当に読みにくくていやだと言っていた。慣れというのは大きな影響がある。

・私たちは何かを読むときに、文字以外の情報、物理的なものでインデックスをつけている。

・WEBの記事は流して読んでいる。電子書籍も同じように、どんどんスクロールして読むクセがついている。

・ゲームとニュースですきま時間を奪いあっている。ニュースサイトは長い文章を読ませられない。

・電子媒体にビハインドがあるとは思わない。ユーザーインターフェースのやりようじゃないか。

・それぞれメリットとデメリットがあるけれど、人によって享受できていない人もいる。Amazonでは読み上げ機能やAudibleなどもあって、アメリカでは広がっているがまだ日本ではそれほどでもない。

・文字を目で追って読むのと、文字が読み上げられるのを聴くのでは、前者は主体的、後者は受動的になる気がする。自分で読むときのほうが自分のペースで、自分の頭のなかに構築しながら読む。読むというのは主体的な行為なんじゃないか?

・英語と日本語でも違っていて、日本語は音だけで聴くと、特に固有名詞とかは入ってこない。表意文字である漢字の影響は大きい。

・オーディオブックなどは、聞き落としてもいいと思って聞いている。戻って確認しにくいので、聞いていると本も欲しくなる。

・音声で聞く場合、講演などは入ってくるが、本をそのまま読み上げるようなものは頭に入ってこない。ながらで聞くぶんにはいいけど。

・ソフトウェアのマニュアルが動画化されていることが多いのだが、お客さんで自分のペースで読めないからいやだという人がいる。一定のペースで流れているものからは情報を得にくいのでは。なんとなくわかればいい場合は問題なくとも、深く理解したい場合、「読み解く」ということが必要になる。

・ファンタジー小説が映画化されると問題になる。ファンタジーは仮想の話なので、読者が想像するしかない。それが実写化されると、映画を先に観た人の読み方に制限をかけてしまうのではないか。

・視覚障害の人は、読み上げ機能を10倍速くらいのスピードでも聞き取れるのを見て、音声で聞くのも慣れなのかなと思った。

・読むという行為が目的なら、紙でも電子でもどちらでもいいんじゃないか。

・電子媒体だと、文字を文字通りに読んでいる割合が高いんじゃないか。逆にそれ以上のものを読み取ろうとしないようになっていくんじゃないか。紙の本だと、読む行為の中に、想像する、考える、解釈するなど、もっといろんな動詞が含まれているような気がする。

・ビジネス文書などはあいまいさを避けて、解釈の余地を減らすように書いているし、読むことも情報処理になっている。それは一方で、物語を想像しながら読むという能力が減っているんじゃないかという気になる。

・今はデバイスの精度があがっているので、将来的に紙も電子も違いはなくなっていくんじゃないか。確実に利便性は今よりあがる。それよりも、何を読むのかによって適切なものがある。

・原作小説の映画化という話で、限定はされるけど、自分とは別の想像を見るという楽しさはある。

・実写化の問題は、イメージを共有してしまうということ。いろいろな解釈がありうるはずなのに、先にイメージを共有してしまうことがどう影響するのか。

・イメージを共有することが問題とは?

・脚色や演出によって、原作者の意図と違うものができることが多い。作者が伝えたかったことが歪曲されることが問題。

・イメージの力の強さがあって、実写化するとそれがリアルになってしまう。ひきずりおろしてしまう。まだ原作を読んでいない人の想像を限定してしまう。

2時間の対話を終えて

今回は「画面上の文字を読むことと、紙の上の文字を読むことに違いはあるのか?」という問いが入り口でもあったため、「読む媒体」について話す時間が多かった印象です。たしかに読む媒体によって、「読む」行為そのものに大きな影響を受けますが、その多くは「慣れ」によるものが大きそうです。そもそも、文字を読んでいるときというのは、私たちの頭の中や心の中では何が起こっているのでしょうか?そして、文字以外のものを「読む」というとき、私たちは何をしているのでしょうか?もっと時間をとって、そんなふうに「読む」を「読み解く」ような対話を続けていけたら良いなと思う時間でした。


次回開催の予定

次回は2月27日(土)10:00~12:00の予定です。テーマは「書く」。募集開始したらお知らせします。



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大前みどり

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対話ファシリテーター、ワークショップデザイナー。考えたこと、体験したこと、学んだこと、記憶の断片の記録。最近は乳がん治療の日記が多め。