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【ショートショート】「奇跡の裏紙」

「またやっちゃった」
印刷した大量のコピー用紙を見て、ため息をつく。明日の会議で配布する資料に、ページ番号を入れるのを忘れてしまった。ページ番号が振られていないと主任がいちいちうるさいので、データを修正して再度印刷をした。ミスコピーとなってしまった大量のA4用紙は、裏紙として使うことにした。

裏紙の束を自分のデスクの一番深い引き出しにしまい、ひとつかみほどクリップバインダーにはさんでデスク上に置く。思い浮かんだことを書きとめるときは、メモ用紙よりもこれくらいの大きさのほうが書きやすい。

それから仕事に忙殺される日が続き、裏紙もどんどん少なくなっていった。引き出しに入れた束は、最後の十数枚になっていた。

ある日のこと。クライアントに提出する提案書を作ろうと、裏紙にキーワードを書き出しながら、「うーん」と考えていた。

すると突然、頭の中を何かが駆け抜けていった。これだ!
ひらめいた言葉を、すぐさままとめて上司に見せに行った。
「これはいいね。これなら先方も納得してくれるだろう」

数日後、上司の言う通りいつも渋い顔のクライアントが「いやーこれはすばらしい」と手放しでよろこんでくれた。一緒に営業に行った上司も満足顔だった。

会社に戻り、デスク上のクリップバインダーに目をやる。ミミズがのたくったような字や線や丸や矢印が雑多に書き込まれているただの紙だ。

「パソコンじゃなくて紙に書くほうがひらめきやすいんだな」
そのとき僕は単にそう思っただけで、その用紙をくしゃっと丸めてゴミ箱に捨てた。

翌日。後輩からちょっと相談があるんですがと真面目な顔で言われた。テーブルとイス4脚のセットがいくつか置いてある打ち合わせスペースにクリップバインダーとペンを持って一緒に向かった。

「実は……」
つきあっている彼女との関係がこじれているという。これまで恋愛経験が数えるほどしかない僕に聞かないで欲しいと思ったが、何食わぬ顔で話を聞き、状況を丸や線を使って図にしていった。

「つまり、お前の彼女の元カレというのが、お前の妹の今カレで、それがどうにも気持ち悪いということなんだな」

その後、アドバイスのような言葉が、自然に口をついて、次から次へと出てきた。なんだなんだ?なんだって俺は、恋愛についてこんなに語っているんだ?

気づいたら後輩は、うるんだ目で俺を見つめている。
「先輩、本当にそうですね。僕よくわかりました。先輩に言われた通り、彼女と今日話してみます。ありがとうございます!!」
あっけにとられている俺を残して、後輩は自分の席に戻りカバンを持ってオフィスを出て行った。

その日の夜、LINEでメッセージが送られてきた。
「先輩のおかげで、彼女との仲がより深まりました!」

なんだ、これは。
そういえば、この前の提案書のときもそうだった。いつの間にか必要な言葉が出てきた。

どういうことだ?
なかなか寝付けないままスマホを眺めていたが、考えてもわからないので、結局そのまま眠りについた。

翌日出社をして、デスクの上に置きっぱなしの裏紙をはさんだクリップバインダーが目に入った。もしかしてこれか? これに書いたことがよかったのか?

裏紙は残り少なくなっていた。今まではボールペンやサインペンでざっくり書いてはすぐに丸めて捨てていたが、もしかしたら……。

引き出しからシャープペンを取り出し、裏紙に「新製品のプロモーションについて」と書いてみる。すると、次から次へと考えるべき視点と文章が思い浮かんでくる。頭に浮かんでくることを書きとめようとしても、手が追いつかないほどだ。

それを提案書の形にしてまとめ、すぐに同僚にメールで送ってみた。
「なあ、これどう思う?」

数分もしないうちに返信が届いた。
「すごいよ、お前。よくこんなこと考えたなあ。これが上手くいったら前例のない実績になるぜ」

僕の目はクリップバインダーに釘付けだった。何が原因かわからないが、この裏紙が、俺にものすごいアイデアをもたらしてくれているようだ。

ためしに手帳を開いてみた。「秋季プロモーションについて」と書いてみたが、何も思いうかばなかった。コピー機まで行き、A4用紙の引き出しを開け、白紙を数枚とってきた。「秋季プロモーションについて」と書くが、凪の海のように頭の中にはなんのさざ波も起こらない。

その後、裏紙にまったく同じ「秋季プロモーションについて」と書いてみた。その瞬間、アイデアが湧いてとまらなくなった。1枚目の裏紙をめくり、次の紙にもそのアイデアを書き続けた。

やはり、この裏紙だ。どういうことかわからないが、この裏紙が俺の頭を動かしているんだ。

その日の夜、会社に残って、先ほど書いた裏紙のアイデアをPCに入力した。
スマホで裏紙の写真をとったあと、シャープペンで書いた文字や線を、消しゴムで丁寧に消した。これでまた使える。残りは3枚しかない。大事に使わなければ。

その週の土曜に、銀座の伊東屋に行ってバインダーを買った。A4用紙がはさめる革製のバインダーだ。間違って他の用紙と一緒にしたり破れたりしないよう、そのバインダーに3枚の裏紙を挟むことにした。

シャープペンで書き、消しゴムで丁寧に消す。消すときは間違ってやぶれないように最新の注意を払う。それでも紙はすぐによれよれになっていく。

何度かわざとミスコピーをしてみたが、どんな裏紙を試してみても、同じことは起こらなかった。

この残り3枚の裏紙がなくなったら、もとの自分に戻ってしまうのだろうか。大して何も考えていない、考えられない自分に。焦りが恐怖に育っていき、いてもたってもいられなくなる。

補強をしよう。裏紙の裏側、つまり印刷面の全面に、丁寧に養生テープを張った。これでやぶれにくくなるはずだ。


僕は、3枚の裏紙を、そうやって3年使い続けた。僕が提案した企画は成果を出し続けた。社長賞を2度もらった。社内でも一目置かれるような存在になった。

バインダーにはさんだ裏紙はその頃には、毛羽だった、よれよれのティッシュのようになり、シャープペンで書くこともできなかった。

だが3年間の経験は、裏紙に頼らなくても自分の頭で考え、人に伝え、実行に移すことのできる人間に、僕を変えてくれた。3枚の裏紙は、革製のバインダーにはさんだまま、今でも大切にとってある。

ところで、最近ちょっと気になることがある。以前恋愛相談にのった後輩が、そのときの彼女と結婚をした。その上、どんどん新しい企画を提案して、その企画を成功させ続けている。

もしかしたら……。

***

このショートショートは、1年前くらい前に、ショートショート作家の田丸雅智さんの本を見ながら、試しに60分で書いたものです。

書籍タイトルにある40分をオーバーしていますが、文章が長くなってしまったのでまあしょうがないとして、「結構、書けてしまうのだなあ」と思ったことを覚えています。文章のクオリティや構成などは手を入れる余地がいっぱいありますが、それでも1時間で何かを書きあげられるというのは、気持ちがいいものです。

田丸式のポイントは、手順通りにやっていくと本当に誰でも書けてしまうというそのプロセスの設計にあると思うんです。そして、関係のない言葉をつなげて発想を飛ばすというんですかね、それで結構ストーリーが出やすくなる。


で。
この本が、なんとカードゲームになって発売されるのだそうです!カードを使って、1人でも、複数人でも、ショートショートを書くor語る遊びができる。他にも、いろいろ活用できそうです。

書く筋トレとして、このカードを使いながら、あれこれ書いてみたいと思います。6月22日に発売だそうなので、楽しみにしています!

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