哲学対話「記憶」の開催レポート
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哲学対話「記憶」の開催レポート

毎月第4土曜日にオンライン哲学対話を実施しています。8月28日(土)に開催した際の様子をレポートします。

哲学対話の概要

哲学対話とは「普段はあらためて考えない疑問」、「すぐには答えが見つからなそうな疑問」について、みんなで語りあって思考を深めていく場です。一人ひとりが自分の経験や考えを、自分のことばで表現することを大切にします。それをお互いに聴き、問いかけ合いながらともに考える場です。

哲学対話は、近年いろいろな所で行われています。当日集まった参加者から出してもらう問いについて対話をする場合もあれば、主催者が事前にテーマや問いを決めて実施する場合もあります。

我々の場合は大きなテーマだけを事前に決めておき、当日そのテーマに関連して問いを出し合って、選ばれた問いで対話をスタートするというやり方で行っています。

過去のテーマはそれぞれ「対話」、「時間」、「夢」、「言葉」、「弱さ」、「笑い」、「つながり」、「学ぶ」、「遊び」、「信じる」、「読む」、「書く」、「聴く」、「楽しさ」、「無駄」、「不安」など。17回目となる今回のテーマは「記憶」で、参加者は13名でした。


問いだし

いつもは1人1つずつ問いを出してもらい、その問いの背景について共有をしたあと投票をして決めるのですが、今回は人数も多かったので、対話の時間を長くとるために、考えてきた人に挙手をして問いを提案してもらい、その中から進行役が1つの問いを選んでスタートしました。

事前に考えてきてくれた方から出された4つの問い

1. 記憶をなくしていくことは不幸なことだろうか?
2. 記憶力が良いというのは幸せな事なのだろうか?
3. 記憶とはその人自身だろうか?
4. 若いころの記憶が生き生きと残っているのはなぜだろうか?

今回は1つ目の「記憶をなくしていくことは不幸なことだろうか?」という問いから対話をスタートしました。


当日の対話の流れ

※個人が特定されない範囲で、当日出た意見を紹介します。発言された言葉そのままではなく、進行役の解釈・編集が入っている場合があります。

・認知症によって記憶が失われていくことは不幸なことなのか?

・愛する家族に囲まれていればOKではないのか。幸せには人間関係が必要。

・愛する家族に囲まれていてもまわりの人が大変な思いをした場合、それはハッピーと言えるのか?

・まわりの立場からすると、自分を忘れられることは悲しい。

・記憶力がいい場合、忘れることにショックを受けそう。悪いことを忘れるにしてもショックだし、いいことを忘れるのもショック。

・記憶をなくすのと、記憶力がなくなるのは違うことではないか。記憶には、思い出そうとすれば思い出せる記憶と、無意識に追いやられた思い出そうとしても思い出せない記憶があるのではないか。

・記憶がなくなるということは、人格そのもの、あり方そのものが変わる。自分自身が失われていくという意味で、死ぬ恐怖に近いんじゃないか。

・記憶がまだらになっていくと、取り繕いをしなくてはいけなくなる。自分を成り立たせているジグソーパズルのピースが欠けていくような、自分が何者であるかを失っていく不安を思うと、記憶の連続が自分自身を成り立たせているアイデンティティといえるのではないか。

・忘れるということは、脳の機能によるものと、無意識に入ってしまっている場合とが考えられる。

・記憶を誤解する、自分で作る、思い込むという「自分で作る記憶」があるんじゃないか。もし記憶の再編集ができるのであれば、どのようにできるのか?

・いじめられた経験はぼんやりとしていて、嫌なところは忘れている。

・いじめや暴行の記憶の解決はありえない。

・死にたくなるほど否定されることで、自分を守るために記憶を消すのではないか。

・いやな記憶が蘇ってきたときに、意味づけが変わって、消化、昇華できるといいのではないか。他の人の記憶が上書きされているのを見ると、記憶を再編集する能力は本当にすごいと思う。

・そもそも記憶って何?

・記憶って、起こったことを「記録」するというより、能動的に「記述」していくことなんじゃないか。

・戦争や事件の記憶など、嫌な記憶は消した方がいいのか?記憶を消すとはどういうこと?

・記憶はあくまでも主観。そこには解釈があって、その前提に価値観がある。同じ出来事でも異なって記憶されるのは、ファクトは1つだけれど、主観によって印象が変わるから。記憶は本人の主観の連続。記憶を思い出すときは映像で思い出すことが多い。

・記憶の映像には自分の姿は映っている?

・記憶が上書きされると、そこに自分の姿が映ってくるんじゃないか。

・記憶は感情と深い関わりがあるのでは。仕事でお客さんの記憶に残すために感情に訴えるということを考えていた。

・記憶って「思い出す」をしないと出てこないし、そのまんま出てこない。解釈や思い込みが入る。いじめられていた記憶からは、感情は抜け落ちている。思い出した今、感情が生成されている。

・記憶はいつ作られている?その出来事が起こったとき?思い出したとき?


2時間の対話を終えて

記憶をなくすことはよいか悪いか。記憶はアイデンティティである。消化できる記憶となくならない記憶がある。記憶の上書き、再編集はどのようになされるのか。記憶は映像で思い出すのか、感覚で思い出すのか。

記憶について、いくつもの観点が出され、お互いの経験をもとに意見を交換する大変意味深い場になりました。進行役をしながら、参加者の方の発言にぐーっと考えてしまい、メモを忘れることもしばしばでした。

問いを整理して、一つひとつについて話していくことで、より深く考えることができると思いながらも、一方で、同じ場を過ごし、他の人の話に耳を傾けているなかでインスパイアされて出てくる「何か」、そのときその瞬間浮かんでくる「何か」を自由に出せることも、大切にしたいと改めて思う時間になりました。

次回開催の予定

次回は9月25日(土)、26日(日)と2日続けて行います。いずれも時間は10:00~12:00です。詳細・お申込みは下記のサイトからどうぞ。



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大前みどり

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対話ファシリテーター、ワークショップデザイナー。考えたこと、体験したこと、学んだこと、記憶の断片の記録。