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土俵には「いま」しかない

大相撲11月場所の千秋楽は、今年最後にふさわしい印象的な取組が続く日だった。

十両の翠富士関は、本割で負けても落ち着いて決定戦に臨み、勝ちをつかんで優勝。来場所は新入幕となるだろう。ますますの活躍を期待したい。

黒星が続いた炎鵬関は、今日は今場所一番の力強い相撲を取り、来場所につながる意味のある白星となったと思う。取り終わったあとの炎鵬関の、こみあがってくるものを抑える表情が、これまでさまざまな葛藤があったことを物語っていた。十両にさがってもまたすぐに幕内に返る日を、日本中のファンが楽しみに待っているだろう。

地元出身の大栄翔関は、最終日の今日も大栄翔関らしいよい相撲だった。同体で取り直しとなっても、すごく落ち着いていたし、以前より本当に安定感と押しの強さが出てきたように思う。返り三役、そして大関へと、その名の通りの活躍を、引き続き応援したい。

今日のハイライトはなんといっても結びの一番。1敗の貴景勝関と2敗の照ノ富士関の直接対決。貴景勝関が勝てば優勝、負ければもう一番、優勝決定戦となる。

両力士とも落ち着いて気合いののった表情で、どちらが勝ってもおかしくない雰囲気だったが、本割では照ノ富士関の豪快な浴せ倒しで星が並んだ。

優勝決定戦は、精神面で照ノ富士関がやや有利かと思って見ていた。ところが、貴景勝関が立ち合いの「あたり」で、照ノ富士関を土俵際までふっとばし、何もさせずに押し出すという圧倒的な勝利。テレビを見ていた長男と「お~っ!」と言いながら大拍手をした。

勝った直後の貴景勝関の、こみ上げる涙をこらえる表情にはもらい泣きしそうになった。24歳の若さで、今場所最高位の大関として、どれだけのものと闘ってきたのだろうと思った(下記で動画見れます)。

優勝インタビューでも、貴景勝関の心の強さが垣間見えた。

アナウンサー:本割で敗れて、決定戦までの間、心の内はどうでしたか?

自分なりに集中していきましたけど、力及びませんでした。
負けてできることというのは、無心になって、自分が挑戦者として、新弟子の頃から目指してたもの、何も考えず強くなりたかった自分を意識しながら、何も考えずただぶつかっていきました。


アナウンサー:いやなイメージなどは湧いてこなかったですか?

もう負けてますんで本割で。自分が、自分の相撲を取って負けたら自分が弱いから負けて、また来場所出直せばいいと思って決定戦に臨みました。


来場所に向けて(綱取りも含め)の抱負を聞かれたときも、

小学校から相撲をやってきて、毎日強くなりたいと思ってやってきてるんで、それは変わらずあと2か月間一生懸命がんばって、強ければ勝つし弱ければ負けるので、一生懸命自分と向き合ってやっていきたいと思います。


決して言葉が多いわけではないけれど、そこには確実に言葉以上の重みがある。本当に「侍」の精神性を持ち合わせた、尊敬できる力士だなあと思った(インタビュー動画は下記で)。

土俵には「いまここ」しかない。外野はあれこれそこに物語をペタペタと作ろうとするけれど、力士たちにとって、土俵にあるのは常に目の前の一番だけだ。

過去の対戦成績も、ケガの恐怖も、未来の優勝も、未来の大関や横綱への昇進も、「いまここ」の土俵にはない。「いまここ」にそれを持ち出すのは、自分の心(精神)だ。だからこそ、力士はその肉体以上に、心(精神)の鍛錬が欠かせないのだろう。

大相撲の取り組みを、しかも心の強い取組を目にするたびに、痛いほどそのことを思わされる。そして、過去や未来の後悔や不安にまみれた思考をふりきって、自分の「いまここ」に戻る。


森岡正博先生のこの本は、「いま」という「時間」について非常に説得力を持ってわかりやすく説明してくれている良書だけれど、そこでは説明に土俵のたとえが使われている。

私は自分の「いま」の土俵で、何に臨むのか。

まだ起こっていないことの不安に乗っ取られるのではなく、自分にとっての価値実現のための選択を、重ねていきたいと思う。

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