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「桃源郷」詩とショートショート

Online Wrters' Club(略してOWC)の花緒さんに、先々週に続いて
またしても私の書いた詩を土台に戯曲化して頂きました!
戯曲(モノローグ)は生意気ながら野暮な発言で改稿してもらうという一拍を挟んで、昨日その改稿版を見て飛び上がらんばかりに嬉しくなっちゃった。
もう凄いの!!  この詩からこの戯曲が!? って感動しちゃった!
同時になぜこの作品を私は書けなかったんだろうと歯噛みするほど悔しい。
その作品(戯曲)は後でリポストさせて頂くとして、花緒さんにお渡ししたのが下記の2作。
詩版とショートショート版。
こちらを読んで頂いてから、戯曲を方をご覧くださればぜーったい面白い!
土台という名の「顔」(原作)をどのように「整形手術」(戯曲化)したか、
その手術でどれほど美しくなったのかが分かってビフォーアフターが面白いの。
ぜひ読み比べて、その違いを楽しんでください。

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「桃源郷」

手のひらにそのやわらかなうぶ毛を感じ
その瞬間指を食い込ませて
ぐちゃりとした桃を床に投げ捨てていた
客が悲鳴を上げ避けるのをほんやり目で追う

桃が好きだったあのひと
食べたいとせがまれたけど
桃はトウゲンキョウの食べ物だから
そんなものを口にさせたら
死期が早まるように思えて
あげられないまま結局
逝かせてしまった

早くも変色し始めている桃を拾い上げ
汁で手を濡らしながら
スーパーの店員を探し
弁償しますから、と見せたら
店の奥にまで連れて行かれ
あなたこれで何度目?病院行きなさい
お説教なんてうんざり
金と形だけの謝罪をし
解放された

病院
病院に行ったってあのひとはもういないのに
今更
こみあげた笑いを隠そうと手を唇に当てたら
桃の香り

トウゲンキョウの食べ物
この世でない世界で仙人になる為の

死期、早まるかしら

出てきたスーパーに引き返し
今度こそひとつそっと手におさめ
レジへと向かった

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SS「桃源郷」

手のひらに柔らかな産毛と果肉を感じ取った瞬間、思い切り握り潰した。溢れた汁ごとリノリウムの床に叩きつける。近くにいた女たちが小さな悲鳴をあげ距離を取るのを見て、またやってしまった、とぼんやり思った。

「桃が食べたい」と言っていた夫。
病院のベッドのシーツと同じくらい白い顔でせがまれて、心底ゾッとした。桃はトウゲンキョウの食べ物だから、そんなものを口にさせたら死期が早まる気がしてどうしてもあげられなかった。
だのに死の前日、義母が食べさせていたのだ。義母だ。義母が殺したのだ、私の夫を。自分の息子を。許せない。絶対に許さない。 

「ちょっと」
我に返ると店長が、潰れた桃を片手に険しい顔で手招きした。
「アナタさぁ、これで三回目だよ」
店のバックヤードに連れていかれ、ため息交じりに指を三本立てられる。お金は払います、申し訳ありません、とこれまで同様のセリフをうつむいたまま繰り返す。

桃を見ると、一瞬自分が何をやっているのか分からなくなる。夫の死に顔だったり、義母の顔だったりが目の前をぐるぐる回って、気付くと潰して投げ捨てている。

一度目の時、ちょうど居合わせた同じマンションに住むパートの女性が小声で「旦那さんを亡くされたばかりで……」と助け舟を出してくれたおかげで、これまで警察に通報されずに済んでいる。
「アナタさ、病院行きなさいよ」
思わず店長の顔をまじまじと見る。
病院?いまさら病院に行っても夫はもういないのに?何を言っているのだろう、この人は。
「心療内科とかさ、駅前にもあるし」
こちらを見ずに甲高い声をあげる男を、呆気にとられ見てから、
「夫がいたのは心臓外科です」
ハッキリ教えてやってから、桃代と迷惑料として千円札をスチール机において、申し訳ありませんでした、ともう一度頭を下げた。

 病院に行ってもう一度夫に会えるのなら、店長に言われるまでもなく、とっくに行っている。こみ上げた笑いに口元に手を当てた。
桃の香りがする。
ベタベタした手からキツイ芳香。トウゲンキョウの食べ物の匂いだ。
この世でない世界で仙人に生まれ変わるための食べ物。
(死期)
本当に、早まるのかしら。
この世でないどこかで、もう一度夫に会えるのかしら。
晴れ渡った空を見上げる。
夫の死に顔と義母の泣き顔がまたぐるぐる回りだす。目をぎゅっとつぶって、夫がまだ元気だった頃の顔を思い出そうする。歪んだ顔の渦が次第に夫の笑顔に収束していく。
優しい笑顔で手を振っている夫が私の名前を呼んでいる。

 パッと目を開けて、振り返る。出てきたばかりのスーパーにもう一度入った。
まっすぐ青果コーナーを目指す。
(桃)
今度は潰さないように、慎重にひとつ手に取ると、私はレジへと向かった。

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