壊れない湯気
子供時代、ちゃぶ台を使ってご飯を食べていた時期があった。
小学校三年生くらいまでだろうか。
実家は自営業で、父が在宅している確率が高かったとはいえ、両親が顔をつきあわせるのは夕飯時だ。
そこで当然のように罵倒の応酬が始まる。
私と妹はうつむいて無言でビクビクしながらご飯だけをちょっとずつ食べる。
おかずもあるのに、腕を伸ばさなければならないから、おかずはあまり食べられなかった。
少しずつしかご飯が食べられないから、当然半分くらい食べた頃にはもう冷めている。
湯気のある内にご飯やおかずを食べた、という日もあったろうが、記憶にないので私の中ではそんな日はなかったことになっている。
ご飯だけボソボソ食べるだけでもやり切れないのに、頭上で気狂い沙汰の夫婦喧嘩を聞かせられながら食べる冷めたご飯はもう不味くて不味くてしかたなかった。
一度だけだが、ちゃぶ台返しをされたこともある。
父がやった。
あっけに取られた。
手に持っていたご飯茶碗と箸以外、味噌汁も含めてザーッと音を立ててちゃぶ台を滑り落ちたのを妙に鮮明に覚えている。
それから父に怒鳴りつけられて(あっち行ってろとか出て行けとかそんなセリフ)緑の絨毯に散らばった皿やおわんやテーブルに乗っていたもの全部から目を逸らして泣きながら立ち上がったのも覚えている。
思い出すだけで、胃が苦しくなる。
ともあれ、実家にいた時、一番恐ろしい時間は夕飯時だった。
そんな私が、結婚して一日の内で一番楽しい時間が夕飯時になったのは、何かの辻褄合わせなのだろうか。
ご飯は湯気がたっている間に食べられる。
滅多に喧嘩はしないし、それが夕飯時だったことはない。
夫は大抵おいしいと言ってくれながら食べてくれる。(実家では「おいしい」なんてセリフ誰一人言わなかった)
もちろんごく稀にだが「これしょっぱすぎる」とか言われちゃうこともあるけど、それでも平らげてくれる。
私が結婚相手に選んだ人は湯気を壊さない人。
だからもうそれでいいではないかとも思うのだが、今が幸せであればあるほど、こんな幸せいつか必ず壊れると思ってしまう。
私の身の程にあってない、分不相応な幸せは手酷い形で裏切られてしまうと、信じてしまっているし、いつも不安だ。
瞬間瞬間の幸せ。細切れの幸福感。
親から受けた仕打ちが私をそのような人間に仕立てあげ、幸福を甘受し続けることなどありえないと思い込ませてしまっている。
いつまでも親の呪詛から逃れられない。
だから私は幸せなのにいつも不幸だ。
今を生きてない、と思う。馬鹿な人間だと思う。
どんなに責めて諌めても、まるで早く不幸が本当に起きてくれればいいかのようにその時を待っている。
湯気がまた壊れる日を。
今日は月に一度の精神科への通院。
激痛の筋肉注射打ってもらって、また一ヶ月ありもしない不幸を嘆くのを誤魔化してもらいます。
おわり