見出し画像

5分小説 『買われてたら兄妹』

「おかあさ~ん!」


 デパートのお土産売場を歩いていたら三歳くらいの女の子が泣き叫んでいた。


「キミ、迷子?」

と、私の隣を歩く彼が少女の肩を掴んで呼び止めると

「ぎゃーー!」

さらに声のボリュームが増した。

「なんで余計に泣くのさ……」
「そりゃ、いきなり知らない男の人に肩掴まれたらびっくりするよ」
「そうか、ごめん」

少女の反応に肩をすぼめていた彼は、私の指摘を受け、素直に謝る。決して根は悪い人ではないのだ。少々粗雑なだけで。


「さっきはごめんね? お名前なんていうの?」

改めて私が腰を屈めて訊ねると

「……ひより」

さくらんぼみたいな小さな唇から、金平糖のような小さい声を洩らした。

「ひよりちゃんね。ひよりちゃんは、お母さんとはぐれたの?」
「……うん」
「じゃあ、お姉さんたちが一緒に探してあげるね」
「うん」

最初は不安げだったひよりちゃんも、私が手を差し出すと、すんなりと握ってくれた。

「やっぱり優花ゆかは子どもの扱いに慣れてるな」
さとしくんの扱いが雑なだけだよ」
「……そうか」

なんて話しながら歩いていたら

「ひよりー!」

青ざめた表情の女性が走り寄ってきた。

「おかあさん!」
「もう! 勝手に先行っちゃダメでしょ! すみません、うちの子がお世話になってしまって」
「いえいえ、大丈夫ですよ~」

と、どちらかというと何もしていない彼の方が誇らしげに応える。

「もうお母さんとはぐれないようにね、ひよりちゃん」
「うん! おねえちゃんありがとう!」
「……あれ? 俺は?」
「ばいばーい!」

お母さんと再会できて安心したのか、ひよりちゃんは小さな手を振って笑顔で去っていった。


「無事にお母さん見つかって良かったね」
「……うん」

と、頷く彼はいつになく威勢がない。

ありゃま、意外と引きずってるのね。


「そういえば敏くんに話したことあったっけ? 私が小さい頃迷子になった時のこと」

仕方がないから話題を変えてみることにした。

「いや? それがどうした?」
「私の中では結構トラウマになっててさ」
「ふーん」

せっかく新たな話題を提供したというのに、彼の反応は薄い。まあ、いいけどさ。


「それこそ、ひよりちゃんぐらいの時かな? お母さんとお兄ちゃんとスーパーに買い物に行ったのね」
「うん」
「で、子どもたちだけでお菓子コーナーに行くことになって、お母さんに『お兄ちゃんとここで待っててね』って言われてたのに、お兄ちゃんったら途中で『おまえはここでいろ!』って私を置いてどっか行っちゃって」
「ひどい兄貴だな」
「ふふっ、そうなの。で、慌てて追いかけたんだけど、見つからなくて」
「迷子や迷子」
「そう。それでさっきの子みたいに『おかあさーん!』って泣き叫んでたら、いきなり後ろから知らないおばさんにガッて抱き抱えられて」
「お??」
「そのままレジ台に乗せられて『すみませーん! この子落ちてたんですけどー!』っておばさんが店員さんに言うもんだから」
「…………」
「『私このおばさんに買われる! こんなおばさんがおかあさんなんて絶対やだ!』って全力でギャン泣きしてたら」
「本当のお母さんが来て『それ、うちの子ですー!』って助けてくれたんだろ?」
「そうそう! って、え? なんで知ってんの? 話したことないよね?」
「……や、だってそのおばさん、」



「俺のおふくろだから」
「……え、まじ?」
「なんなら俺もその場にいたし」
「……う、嘘だ!」
「ふはっ、まさかあんときの子が優花だったとはな」
「……え、ちょっと待って。じゃあ私が今から会う人って……」
「あのおばさんやな」
「そ、それってつまり……?」
「あのおばさんが“お義母さん”になるかもしれねぇってこと」
「えええっ?!?」

デパートであることも忘れて、大声を出してしまい、手で口を押さえる。

「おふくろに『こんなおばさんやだ!』って優花が言ってたことチクっとこ」
「ちがうってば! それは三歳のときの話だから!」


(20190730)


 昔書いた作品ですが、母の日に更新しようと思いつつ、タイミングを逃してしまい、今日になってしまったけれど……迷子のところは実話ですね。

 幼稚園入学前くらいのことですが、今でも鮮明に覚えていて、母には「ここで二人で待ってなさい」と言われたのに、三つ上の兄が「おまえはここでおれ!」と言って勝手に走り出したから、小さいなりにすぐさま思考をフル稼働させて

(お母さんには「ここで二人で待ってて」と言われた。お兄ちゃんには「ここにいろ!」って言ってた。でもお母さんの言うことの方が絶対正しいから、お母さんの言う通りに、お兄ちゃんを見つけてここで二人で待ってないと!

と慌てて追いかけ、本来待っている場所に連れ戻そうとしたんですが見失ってしまい……

どうしたらいいかわからず、パニックになって泣きじゃくっていたら、見知らぬおばさまに両脇から持ち上げられてレジ台(もしくはサービスカウンター?)の上にドン! と置かれ、作品の台詞通りのことを店員に告げたため

(わたし、このおばさんに買われちゃうの? 絶対やだ!)

と必死で泣き叫びました。
(だから「子どもが泣くのにもちゃんと理由があるんだよ!」ってことを私は身を持って知っている。)

そして兄に「おまえ、あんとき迷子になったよな~」といじられると、「あんたのせいだよ!」って怒りたくなるくらいには地味に根に持ってます(笑)

でも幼いながらも、ちゃんと(母>兄)と序列を理解してたんだな~と思うと、我ながらちょっと面白い。兄が叱られている姿を見て全てを学んだ要領のいい妹だったのは確かです。(おねしょしたことを隠していた兄が叱られているのを見て「なるほど。おねしょをしても、正直に打ち明けたら怒られないですむのか」など、その頃から観察眼は鋭かったかもしれない。)

ちなみにその迷子になった日は、プロ野球の優勝後のセールだったらしく、母もバーゲンという戦いに必死だったと大人になって知りましたとさ。(そりゃ仕方ねぇや!)

 それより、下手したらその時の母の年齢、今の私より若いかも……! ってことに気付き、恐れ戦いています……ひぃ~😱は~😱

この記事が参加している募集

最後まで読んでくださり、誠にありがとうございます。よろしければ、サポートいただけますと大変うれしいです。いただいたサポートは今後の創作活動に使わせていただきます!