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METALとDUBの蜜月

ドローン・メタルというジャンルに多大な影響を与えたEarthの1stアルバム『Earth 2: Special Low-Frequency Version』の20周年を記念し、去年Sub Pop Recordsは『Earth 2.23 Special Lower Frequency Mix』というリミックス・アルバムを発表した。Justin K. Broadrick(Godflesh/JK Flesh)、Robert Hampson(Loop)、Brett Netson(Built to Spill)、The Bug/Kevin Richard Martinが『Earth 2: Special Low-Frequency Version』に収録されている曲をそれぞれの手法を駆使して再構築しており、原曲の凄まじい音とインパクトを現代的にアップデートしている。参加している全員がEarthと『Earth 2: Special Low-Frequency Version』を深く理解し、愛情を込めて作っているのが伝わってくる素晴らしい作品であった。

特に印象に残ったのが、以前Earthと合作アルバム『Concrete Desert』を発表していたThe Bugの「Angels (The Bug Remix feat. Flowdan)」。ディストーションを塗したヘヴィーウェイトなベースが圧し掛かってくる驚異的な厚みを誇るトラックは、ドローン・メタルとDUBが完璧に融合している。
The Bugは2010年代からドローン・メタルやポスト・メタルに接近し、自身の作品『Absent Riddim』や去年から始まった『Machine』シリーズでメタルとDUBを融合させ、新たな領域に突入していた。そして、「Angels (The Bug Remix feat. Flowdan)」はThe Bugとして追求していたメタル+DUBの最高到達点を示していた。

The Bug以外にも、ダブステップ/グライムを通過してインダストリアルやポスト・パンクを飲み込んだ凍えるような独自のDUB哲学をBlackest Ever BlackやBerceuse Heroiqueで提示したOssia、グラインドコア・バンドEgofixのボーカルDie-Suckと電子音楽家MASAYUKI IMANISHIとGoth-Tradによる激重ブルータル・ドゥームユニットEartaker、G36としてThe Bugと共にDUBとステッパーの可能性を追求しているGorgonn、ストーナー/サイケデリック・ロックにDUBをミックスした新感覚なトリップミュージックを開拓したNorthern Lordなど、メタル的なものが混入した良質なDUBがある。

70年代末~80年代にパンクはレゲエ/DUBと密接に繋がり、ポスト・パンク期に革命的な融合を果たした作品を幾つも残している。パンクとDUBが辿ってきた道については『Spiky Dread issue one』や『Wild Dub - Dread Meets Punk Rocker Downtown』といったコンピレーションなどでまとめられているが、メタルとDUBが重なった貴重な瞬間を収めたものは少ない。パンクとDUBほどではないが、メタルとDUBも地下の深い場所で強く繋がり、双方の蜜月は今も続いている。
DUBの影響下にあるTrickyが1998年に発表したアルバム『Angels with Dirty Faces』には数曲でAnthraxのScott Ianがギターをプレイしているなど、興味深いクロスオーバーは過去にも存在し、改めて注目すべき作品がある。

メタルとDUBの融合がいつから始まったのかは不明であるが、1982年にアメリカで結成されたBlind Idiot Godがその二つの融合をいち早く実現させようとしていた。ハードコア・パンク~フリージャズ~メタルにDUB/レゲエをミックスしていたBlind Idiot Godは、1987年に発表した1stアルバム『Blind Idiot God』で既にDUBの要素を取り入れており、続く『Undertow』(1988年発表)でもDUBのエッセンスを取り入れた曲を披露。彼等は10代の頃から優れた演奏技術とジャンルを混ぜ合わせる斬新な感覚を持ち合わせ、UK/EUには無かったバンドサウンドでのDUBの可能性を広げた。

Blind Idiot Godと親交のあったBill LaswellはDUBを様々な音楽と結びつけた実験的なアルバムを多数発表しており、メタルとDUBの接近を進めた人物でもある。Guns N' Rosesにも在籍していた超絶技巧派ギタリストBucketheadとのバンドPraxisとして1993年にリリースしたアルバム『Sacrifist』にはBlind Idiot Godの面々が参加し、アヴァンギャルドなメタルとDUBが交差している。Bill LaswellはPain KillerやMethod Of Defianceといったプロジェクトにもジャズ、メタル、そしてDUBを取り入れており、彼の音楽性にDUBはジャズと同様に欠かせないものであるのが分かる。メタルとDUBの融合を進めたアーティストとしてBill Laswellの存在は大きい。

Adrian Sherwoodの功績 / インダストリアル・メタルとDUB  

80年代にOn-U Soundから数々の名盤DUBアルバムを発表したプロデューサー/エンジニアのAdrian Sherwoodはインダストリアル・メタル・シーンにも関わり、Ministryの2ndアルバム『Twitch』以外にも重要な作品を手掛けている。Adrian SherwoodのDUBサウンドには機械的なドラム、過剰なエフェクト処理といったインダストリアルと通じるものがあり、メタルのメンタリティとも近いと思える部分がある。

Adrian Sherwoodは1985年にEinstürzende Neubauten「Yü-Gung」のリミックスを担当し、翌年にはMinistryの2ndアルバム『Twitch』にプロデューサーとして参加。『Twitch』はインダストリアル・メタルの発展に大きく影響を与え、それ以前と以降でインダストリアル・ミュージックの流れすらも変えてしまったと思う。『Twitch』自体はインダストリアル・メタルでは無いのだが、『Twitch』の世界観と手法はインダストリアル・メタルの基盤となっているのは間違いはなく、そこにはDUBの手法と概念もAdrian Sherwoodによってねじ込まれている。

MinistryのAl Jourgensenは『Twitch』制作時にAdrian Sherwoodから学んだ技術をRevolting Cocksのアルバム『Big Sexy Land』に活かすなど、Al Jourgensenが頑固たるアーティスト/プロデューサーとして成長していく過程にAdrian Sherwoodの存在は大きかったと思われる。

『Twitch』以降、Adrian SherwoodはSkinny Puppy「Addiction」と「Deep Down Trauma Hounds 」のリミックス、KMFDMのアルバム『Don't Blow Your Top』『UAIOE』とシングル『More & Faster』にミックス/プロデュースで参加。Nine Inch Nails『Down in It』(Keith LeBlancとの共同作業)「Sin (Long, Dub & Short)」のリミックス担当し、インダストリアル・メタルがジャンルとして形成されていく期間に裏方として関わっていた。
この時期であると、Nine Inch Nails「Sin (Long, Dub & Short)」の完成度がとても素晴らしく、原曲のサディスティックなサウンドをDUB化させたことによって快楽度数が上がり、ポスト・パンクとは違ったインダストリアル・メタルらしいフェティッシュで妖艶な世界観を作り出している。1994年に発表されたNine Inch Nailsの2ndアルバム『The Downward Spiral』のリミックス・アルバム『Closer To God』に収録されているAdrian Sherwoodの「March Of The Fuckheads」もインダストリアル・メタルとDUBの融合曲として見逃せない。

1992年にPop Will Eat ItselfがThe Incredible PWEI Meets The On-U Sound System名義で発表した『Get The Girl! Kill The Baddies!』やThe Mad Capsule Markets「Walk! (Adrian Sherwood Remix)」など、Adrian Sherwoodが手掛けたリミックスの中にはインダストリアル・メタル~DUBをサウンドだけではなく、メンタリティの部分でも繋ぐものがあった。

Adrian Sherwoodはインダストリアル・ミュージックとの邂逅で得た要素を自身のプロデュース作にも反映させ、Keith LeBlanc/Tackheadと共にインダストリアルやメタル的な要素をDUBに組み込み、On-U Soundが提示するDUBをアップデートさせていった。『Sherwood At The Controls vol. 2 1985​-​1990』というコンピレーション・アルバムを聴くとAdrian Sherwoodがインダストリアル・メタルの歴史においても重要なプロデューサーであったのが証明されている。

MinistryとKMFDMはDUBアルバムを発表しており、そこからはインダストリアル・メタルのパイオニア達がDUBから受けた影響と恩恵が深いのが窺えるし、それにはAdrian Sherwoodの存在が欠かせず、彼の功績は計り知れない。

Napalm Deathからの派生 / SCORNとGodflesh

Adrian SherwoodがWax Trax!を通じてインダストリアル・シーンと関わっていた頃、イギリスではNapalm Deathが『Scum』『From Enslavement to Obliteration』というグラインドコア史に燦然と輝く超名盤を発表。この二つのアルバムによってグラインドコア並びにエクストリーム・ミュージックの勢いは増していき、Napalm Deathに続くかのように世界中から過激過剰なバンドが出現。そんな最中、Napalm DeathのMick HarrisとNicholas BullenはSCORNを始動させるのだが、速度と強度に特化した狂気的なNapalm Deathのグラインドコアとは真逆のアプローチを取る。

1992年に発表されたSCORNの1stアルバム『Vae Solis』はエレクトロニクスを多用したインダストリアルとDUBの要素が強く、彼等の血肉となっているパンク、クラスト、グラインドコアの生々しい攻撃性が今作で広がる暗黒サウンドの硬い下地となっている。スピードから解放されたグラインドコアのエネルギーがそのままDUBと融合した結果、とんでもなくドープなベースラインと重工なビートを生み出すことに成功した。以降、SCORNはイルビエント、トリップホップ、ダブステップを大幅に取り込んでいくが、主軸となっているのはDUBであった。Mick Harrisが生み出した超過剰DUBワイズによるサイケデリアは、Earthとは別方向でドローン・メタルの進化と発展に関わっているはずだ。
Mick HarrisはAdrian Sherwoodと同等に優れたDUBエンジニアであり、SCORNだけではなく、彼の全ての音楽プロジェクトにDUBは有り続けている。

同じく、Napalm Deathで一時期活動していたJustin BroadrickはG. C. Greenと結成したインダストリアル・メタル/サッドコア・バンドGodfleshとして1988年にデビュー作『Godflesh』を発表し、その活動を本格的に始める。
Justin BroadrickもDUBに影響を受けており、SCORNの1stアルバムにも参加。元々、エンジニア気質の強いJustin BroadrickがDUBに惹かれるのは当然であり、メタルをDUB的に開拓した衝撃的な作品を残している。

1991年に発表されたGodflesh『Slavestate Remixes』収録の「Perfect Skin(Dub)」から始まり、1995年発表の『Xnoybis』収録の「Xnoybis(Psychofuckdub)」、1997年にはアルバム『Songs of Love and Hate』のDUBアルバム『Love and Hate in Dub』などでレゲエを起点としたDUBエンジニアとは違った視点と手法でJustin BroadrickはDUBエンジニアとしての優れた手腕を披露している。

Justin BroadrickはGodfleshでの作品以外でもDUBとメタルと融合させた作品を発表しており、彼の音楽の主軸にDUBは常にある。インダストリアル・メタル/ポスト・メタル界において絶対的な支持を受けているJustin Broadrickの影響下にいるアーティスト/バンドは多く、彼を通じてDUBの遺伝子はメタル・シーンに流れ続けている。

Swans、Prong、Killing Jokeでドラムを担当していたTed ParsonsもDUBに入れ込んでおり、TeledubgnosisとNecessary Intergalactic CooperationというDUBに特化したバンドでアルバムを発表。2003年にWordsoundから発表されたTeledubgnosis『Magnetic Learning Center』は他とは違った角度からインダストリアルとDUBの融合を試みた興味深いアルバムだ。Ted ParsonsはJustin Broadrickと親交が深く、GodfleshとJesuのサポートメンバーとしても活躍しており、Mick Harris~Justin Broadrick~Ted Parsons周辺のグラインドコア/インダストリアル・メタルを繋ぐ要素としてDUBがある。

90年代から2010年代へ

1995年にMassive Attack vs Mad Professor『No Protection』が発売され、同年に発表されたインダストリアル・ロック・バンドThe Young Godsのシングル『Kissing The Sun - The Remixes』にもMad Professorは参加。90年代中頃からDUBは世界的にリバイバルしていき、Primal ScreamはAdrian Sherwoodを迎えたリミックス・アルバム『Echo Dek』を発表するなど、DUBの可能性は拡大していた。

イギリスではメタル~パンクにレゲエをミックスさせたDub WarがDUBの要素を取り入れたユニークな曲を披露。Dub Warのミクスチャースタイルは日本のSiMに受け継がれ、「DUBSOLUTiON」というシリーズ曲や「I  DUB YOU」という曲などでDUBを取り入れた曲をアルバムに収録している。

SoulflyはThe Rootsmanをリミキサーに迎え「Quilombo (Extreme Ragga Dub Mix)」「Quilombo (Zumbi Dub Mix)」「Soulfly (Eternal Spirit Mix)」という曲をリリース。SoulflyのMax Cavaleraは幾つかのインタビューでDUBが好きだと公言しており、いつかメタルとDUBにフォーカスしたアルバムを作りたい、とも発言していた。

2000年に突入し、アメリカからDUBに一石を投じるバンドが出現。Stu Brooks、DP Holmes、Joe TominoによるバンドDub Trioは、ルーツに根差した伝統的なDUBにメタル〜パンクを融合させ、DUBを主軸とした新しいミクスチャースタイルを提示した。
2004年に発表した1stアルバム『Exploring the Dangers Of』以降、定期的にアルバムやシングルを発表。2019年には『The Shape of Dub to Come』という傑作アルバムを発表した。

日本からも「NU ROOTS meets DOOM, STONER,...DUB」をテーマに掲げたDUB 4 REASONがメタルとDUB双方のファンを魅力するような作品とライブを展開する。

2015年、東京の代官山UNITで開催されたBorisとGoth-Tradの2マンライブ「Low End Meeting!」はBroad Axe Sound Systemが導入され、両者のライブセッションが行われ、コラボレーション曲「Deadsong」も作られた。2017年に再び両者はBack To Chillの周年パーティーにてライブセッションを行なっている。BorisとGoth-Tradの邂逅はポスト・メタル/ドローン・メタルとDUBの相性の良さ、同じような音楽的背景を共有しているのを証明した。
Back To ChillにはThe Body、ENDONも出演しており、レフトフィールドなメタルとベースミュージックのミーティングポイントとしても重要な場所である。

Goth-Tradはグラインドコアやインダストリアル・メタルも好み、自身のフィルターを通してそれらのジャンルをGoth-TradとRebel Familiaの作品に反映させている。Max RomeoとBorisと曲を作り、Eartakerとして前人未到のメタルの領域にも踏み込み始めている彼の動きには今後も目が離せない。

The BugはEarthとのコラボレーション・シングル『Boa / Cold』を2014年に発表。翌年にはSuper Sonic festivalにてライブを披露し、2017年にThe Bug vs Earth名義でアルバム『Concrete Desert』を発表。このプロジェクトの名義ではEarthとなっているが、実際はDylan Carlsonのみが参加しており、The BugのトラックにDylan Carlsonがギターを乗せるという構成であった。

ジャマイカとイギリスのDUBに魅力され、グラインドコアとジャズコアの背景を持ったThe Bugによる冷たく重い灰色のトラックと、アメリカのトラディショナルなロックの音と匂いが込められた哀愁のあるギターが合わさった『Concrete Desert』は、メタルとDUBが何層にも重なった結果、轟音ながらも静けさを纏った異形の曲を生み出している。

Earthとの合作とライブツアー後もThe Bugはポスト・メタル・シーンとの交流を深めていき、The Bodyとのツアーも決行。2019年にキュレーターを務めたフェスティバルLe Guess Who?にてEarth、Jah Shaka、Godflesh、JK Flesh & Goth-Tradを同日に並べるという偉業を達成。メタルとDUBとインダストリアルとドローンを代表するアーティスト達が同じ場所に集結し音を鳴らすという奇跡が起きた。

私的DUB感

Mick Harris、Justin Broadrick、Kevin Martin、Al JourgensenがDUBに引き寄せられた理由はそれぞれ違うのだろうが、彼等に共通する部分として音を分解/再構築するという行為を非常に好んでいたのがあるかもしれない。DUBはミュージシャンではなくエンジニアが生み出した手法/音楽であり、リミックスの原型ともいわれている。DUBは原曲の素材(楽器)の足し引きとエフェクト処理によってまったく違った世界観、表情にすることができる為、DUBエンジニアは演出家的な側面もあり、DUBに惹かれるアーティストは音を使って空間を演出したいのかもしれない。

また、DUBは音と音の間、それぞれの音が鳴る配置に意味を持たせているようでもあり、音響による世界観の演出が重要なのではないだろうか。
単純な音の抜き差しとエフェクト処理だけで語られる音楽ではないはずだ。故に、間を理解して曲にしているアーティストやバンドにはDUBを感じる。54-71やRaimeにはデュレイとリバーブをベタ漬けにした表面的なDUBよりもDUBの本質を自分は感じる。

ドローンやドゥームは音を重ねて厚みを出してトリップ感を誘う為、DUBとは真逆のようだが、音で空間を支配しようとする行為と心理的に辿り着こうとしている場所はDUBと近く、ドゥーム・メタル・バンドSleepのAl CisnerosがソロではDUBを作り続けているのも理解できる。

Jah ShakaやIration Steppasのサウンドシステムにはブルータルさとメタリックなものがあると聞いたことがある。低音に過剰に特化したサウンドシステムはある種エクストリームであり、ドローン・メタルやポスト・メタルと同じ方向を見ているのかもしれない。近い将来、サウンドシステムでセレクターがこの記事で紹介した作品から影響を受けたメタルでもありDUBでもある新種の音楽をプレイするかもしれない。そんな未来があったら最高だろうな。



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