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「僕が2人を殺す」『ゴッドファーザー』名シーン解説①

最近、『ゴッドファーザー』のことばかり考えている。

8月の半ば、NHKBSプレミアムで3作一挙放送があったので、その際にたまたまPart Ⅱを見ていたら、そのまま3時間、止まらなくなってしまった。

それから、AmazonPrimeや手持ちのDVDで、『ゴッドファーザー』を繰り返し繰り返し見ている。

私は「映画マニア」とは言えないが、『ゴッドファーザー』に関してはかなりのマニアである。

何度観ても魅力の色褪せないこの名作を、自分の出来うる限り、気のすむまで語ってみたいと思う。

マイケルの提案 ソロッツォ・マクラスキー殺害


はじめに取り上げるのは、『PartⅠ』より、アル・パチーノ演じるマイケル・コルレオーネが、敵対するマフィアと汚職警官の二人を、会見の場で自ら殺害しようと計画を打ち明けるシーンである。

物語の序盤、ケイとクリスマスプレゼントを買いに出かけるマイケル。
『ゴッドファーザー』の撮影初日のシーンでもある。

兄弟の末っ子で、とりわけ大事に育てられたマイケル。
大学在学中に志願兵となり、戦功を上げて太平洋戦争の英雄にはなったが、ファミリーの中ではまだまだ青臭い末っ子である。
マイケルはいわゆる「カタギ」であり、親兄弟の闇の仕事からは距離を置いていた。

しかし、ファミリーの危機に遭って、マイケルはマフィアの世界に足を踏み入れることになる。
ファミリーのビジネスとは関わらないと誓っていたマイケルだが、父ヴィトー・コルレオーネの命が狙われたことで、考えを変える。

襲撃を受けて入院したヴィトーを狙う暗殺者たちから守り、その際に汚職警官マクラスキーから殴打をされる。

ファミリーのドンである父ヴィトーは未だベッドから動けず、さらに攻め立てようとする敵対者の追撃を受けて、事態の打開策を見いだせないでいる兄たちとファミリーの幹部を前にして、マイケルは彼自らが敵を抹殺しようと申し出る。

「僕が二人を殺す」

麻薬組織を取り仕切るソロッツォと彼の協力者であるNY市警の警部マクラスキーは、マイケルを会見に呼び出そうとしている。
ファミリーの一員ではないマイケルを交渉の場に敢て引き込むことが相手の狙いだが、そこで油断している二人を、あらかじめレストランに隠しておいた銃で殺害する、というのがマイケルの提案である。

しかし、ソニーをはじめとするファミリーの幹部たちはまともに取り合わない。

「殺す?お前が?大学出の坊やのくせに」

「お前の素敵なアイビーリーグのスーツに、奴らの脳味噌が飛び散るんだぜ!」


マイケルの提案を、ソニー、クレメンザ、テシオは一笑に付す。
一方で、トムは笑わない。

ここでソニー役のジェームズ・カーンは一番の怪演を見せている。

ソニーと言えば映画後半で機関銃によってハチの巣にされるシーンが衝撃的だが、カーンの綿密な役作りが最も発揮されているのはこの場面である。

すぐに頭を引っ叩いたり、じゃれ合おうとするソニーの性質をマイケルも知っているから、マイケルはそれを防ごうと手を上げて防御の姿勢を取っている。
しかし、ソニーがマイケルに与えるのは、愛情のこもった頭頂部へのキス。

人を殺害するという凍るような陰謀と、家族の中の暖かい感情とが、コントラストを描き、交錯し、そして融合している。

愛情、軽侮、様々な感情が折りかさなったこの微妙な機微は、「ロールプレイ」によって培われたものだ。
十分なリハーサルを重ねることによって、俳優たちは打ち解けて演技ができるようになる。

監督のフランシス・フォード・コッポラは彼独自のやり方として、撮影前に2〜3週間をかけてキャスト同士を交流させるという手法をとるという。
そこで設定に合わせて即興で芝居をしてもらい、一緒に食べたり、食事の準備をしたりといった家庭内での役割を演じさせる。

脚本にはないアドリブで家族を演じ、食事をしながら会話をする。
そうやって、キャストたちは演じる家族の雰囲気を理解できるようになっていく。
父役のマーロン・ブランドを中心に、兄弟を演じるアル・パチーノ、ジェームズ・カーン、ジョン・カザール、ロバート・デュヴァルらはここで互いを知り、自身のキャラクターを深く掘り下げることができた。

この「ロールプレイ」の成果が、画面上に現われる俳優たちの細かな所作に、本当の家族であるようなリアルな表情を与えている。

ソニーの熱烈なキス。パチーノの左手に注目。

「気持ちだけは受け取っておくよ」

自分の提案を無下に却下されてしまったマイケルだが、それでも簡単には引き下がらない。
いくらマクラスキーが警官でも、対抗しうる手段はある。

マクラスキーが麻薬組織と癒着している悪徳警官であることをアピールできれば、コルレオーネ・ファミリーへの世間からの風当たりは回避できるはずだ。
関係のある新聞記者に働きかければ、それが可能になる。

マイケルの抗弁に、ファミリーの相談役であるトムは思案気に

「あるいはな」(It Might. Just might.)

と繰り返す。

マイケルは

「感情からじゃない、これはビジネスなんだ」

と真剣な眼差しを向け、そこでシーンは切り替わる。

It's not personal, Sonny. It's strictly business.

画面が切り替わると、証拠隠滅のためテープの巻かれた拳銃のカットになり、地下室で試し撃ちをするマイケルとクレメンザのシーンとなる。

ソニー、トム、クレメンザ、テシオがマイケルの提案を受入れた描写は省かれ、すでに決定事項となったという設定で場面は進み、いよいよイタリア料理店での殺害へと進んでいくことになる。

このシーンは、それまでファミリーの稼業に否定的だったマイケルが、自分自らが敵対者二人を殺すことを提案するという重要なシーンだ。

解決策を打ち出し、周囲を説得し、それに従わせるマイケルは、巨大なファミリーを統べていくのに相応しい資質を持っていることが次第に明確になっていく。
それまで子供だと思っていた弟が、突然兄たちに戦略を示し窮地を脱する解決策を出す。自身にとっても、周囲の人間にとっても、マイケルが非凡な才能を持っていることを示す転機となった。


俳優たちが共演を楽しむことですばらしいシーンが生まれる。
男たちが暗い部屋で密談する陰謀と、温かな家族愛とが交錯する『ゴッドファーザー』きっての名場面である。

⇒「『ゴッドファーザー』名シーン解説②【100の銃弾を浴びた男】ソニー・コルレオーネ殺害」につづく


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