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ガンガァクス攻略 −その3−深部へと


竜の仔の物語 −第三章|2節|ガンガァクス攻略

−その3−深部へと


 その日、ガンガァクス要塞、魔窟前広場の中腹には戦士たちの人混みが出来ている。

 サンザシと呼ぶにはあまりに成長した巨木を囲むように、小さな魔法使いに注目している。ブゥブゥが巨木から杖を手に入れるという噂を、彼らは聞きつけたのだ。魔法に触れる機会の少ない魔窟の戦士たちが物珍しげに彼を見つめるなか、要塞からは遠巻きに眺めるピークスとアマストリスの姿も見える。

 「で、どうするんだ? 斧で切っちゃうのか?」ごく短時間で立派に育った巨木をルグがなで回す。調度、彼の頭のあたりで枝が絡み合い、捻れながら大きな幹となっている。

 「・・その、じつは、ぼくにもよくは分からないんだ。」ブゥブゥが申し訳なさそうに辺りを見渡す。彼は彼に注視する皆の目線を、気恥ずかしく感じている。

 「魔法使いのみんなはどうしてる?」ラウが訊く。

 巨木は手の届かぬ場所で枝が分かれ、葉とほのかに輝く朱い実をつけている。木自体が魔法で帯びていて、その果実には疲労回復や傷の治りを早める効果もあることがわかっている。当然、砂糖漬けにすれば特有の深みも味わえる。

 「通常、古枯れの巨木から切り出すらしいのだけど、メチア様のトネリコの杖ように、木の生命を維持したままの杖もあるんだ。」

 「メチアは杖なんて持ってないよ。」ラウが否定する。

 「いや、持ち歩いていないだけで、実は専用の杖は存在しているんだ。もの凄い力を宿した杖で、“ウイラ・ミアラ”と呼ばれているらしい。」

 「へぇ、メチア強いんだ。あんまり戦ってるとこ見たことないけどなぁ。」ラウがのんびりと言う。「いつも守りの咒ばっかりだったぜ。」

 「それで、どうするのだ?」ルーアンが口を挟む。「枯れるまで待つわけにはいくまい。」

 「メチアに訊いてみる?タリズマはまだ使えないのか?」

 「いや、まずは自分でどうにかしてみる。」ブゥブゥはそう言うとアカシアの巨木へと近付いていく。「・・たぶん、うまくいくとおもう。」魔法で全身を満たし、木肌に触れる。

 彼の左眼の虹色が強く輝く。すると背中に師の温もりを感じる。木肌を探り、より温かな場所を手のひらで感じていく。彼はそれを標にしゃがみ込むと、うろの辺りに燃えるように熱い場所を見つける。わかっていますダンダリ様。心の中でそう囁く。杖を探せ。ガンガァクスで伸びたこのアカシアがそうでないとは思えません。やり方は知らないけれど、わかっています。

 それは、はじめからある名。この木そのものの名。ただ名を呼ぶのだ。ガールーラの誉にもあらゆる古の文献にもそう書かれてもいる。彼はゆっくりと目を瞑り、小さく呟く。

 「出でよ、エルカノン。」

 すると強い光が広場中を包み、戦士たちがどよめき拍手が起きる。

 すかさずブゥブゥのもとへ二人が駆け寄り、のぞき込む。うろが割れて、柄の捻れた奇妙な形の短い杖が収まっている。

 「へぇ、これがブゥブゥの杖か。」ラウが感心する。「早く手にとって見ろよ。」ルグが促す。ブゥブゥはしっかり頷くと、杖に手を伸ばす。すると、杖は彼が触れる前に、吸い寄せられるように彼の手のひらに収まる。

 そうして彼はゆっくりと杖を掲げる。「エルカノン」もう一度そう呟くと、杖は山吹色に輝き、ぐんぐん成長していく。先端の膨らみが羽根のよう四葉のよう、あるいは蝶のように弾けて伸びあがる。

 再び戦士たちから拍手が起き、指笛が鳴らされる。その様子にピークスが溜め息をつく。「みんなには魔法の奇蹟も、大道芸人の見世物も大差ないんだよなぁ。」そう言い、アマストリスと笑いあう。

 「さあ、これで、すべての準備は整ったようだな。」遠くで見守るマールがドミトレスにそう告げると、二人は満足そうにその場を引き揚げていく。


◇ 


 緑鳩十二の月、マール・ラフラン主導で、ガンガァクスの魔窟、ドワーフ王国旧宮廷内部への攻略が敢行される。

 予め練られていたとおり、犠牲を最小限に抑えるための精鋭部隊のみが深淵へと赴くことになる。その面子はマールを先頭に、ドミトレスとクリク、今回は荷物持ちとして参加するカイデラ。それからラウとルグとブゥブゥ、そしてピピルリア・メッツの同行が許された。危険が予想される未踏の地に彼女を連れて行くことを、当然マールは渋ったのだが、メッツは頑なで、連れて行かないのなら鍛冶屋を畳むとまで、伝えてきたのだという。

 「大丈夫かよ?メッツ。」ルグがぼやく。「敵に近づかれたらどうすんだ?お前、剣は扱えないだろう。」

 するとメッツが自動ボウガンを素早く彼に向け、ためらいなく足もとに矢を放つ。

 「ちょ!」さらに矢を放つ。「ちょっっと!」ルグが踊るようにかわしていくと皆から笑い声が起きる。

 「大丈夫だって、もし近づかれたら、メッツはおれが守るから。」ラウが他意なく言い、「な!」と、メッツの頭に手を置く。すると彼女は前と同じように顔を赤らめ、ふいと後ろに引っ込んでしまう。

 「なに?なんだぁ!」クリクが目ざとく彼女の顔をのぞき込む。「いつからだ?え、いつからなんだ?」そう言いながらメッツをからかうが、彼女はむっつりと口を結び、彼のみぞおちを思い切り肘で打つ。「ぐぇっ!」

 「さあ、そろそろだな。」

 もんどりうつクリクを横目にマールがやってくる。その後ろには自分よりも大きな鞄を背負ったカイデラが付き従っている。彼は鎧も装備せずに、ラウと立ち合った時と同じ身軽そうな服装をしていて、片手には短めの槍だけを携えている。

 「これからは要塞に戻らずに、何日も魔窟に潜ることになるでしょう。」カイデラは、不思議そうに眺めるラウに向かって言う。

 「・・ですから、物持ちは必須となります。」

 「そうじゃなくて、カイデラって槍なの?」

 「ああ、そうですね。あの試合では木剣でしたが、わたしはこの素槍が最も得意ではありますな。」そう言い、すらりと小柄な槍を片手で回して見せる。

 「ふーん。じゃあ、今度は槍で勝負してよ。」

 「はっ!」カイデラは笑う。「それは止めておきましょう。今度は骨折だけじゃ済まなそうですからな。」そう謙遜する。

 ドミトレスの装備も違っている。右腕にはその大きな体躯を隠さんばかりの大楯、左には片手で扱える小ぶり(とはいえ常人では片手では到底扱えないほどの大きさではあるが)の銀の槌を持っている。

 「こいつはリンガスの盾。要塞の武器庫で眠っていたものだ。」ドミトレスは盾の下部の鋭く尖った杭を突き立て、構えて見せる。「この杭(パイル)の部分は、お前の剣と同じく、アリアルゴ銅で加工されている。こうして、大理石の床に突き刺し構えていれば、雑兵なぞに突破されることは、まずないだろう。」

 その流れでラウたちはマールを見つめる。彼女は長い髪を束ねていて、鎧も装飾の細かい白い鎧から、質素な鋼と皮の装備に変わっている。「あ、いや、わたしのはバンシィ戦で壊されただけ。」彼女は何だか申し訳なさそうに伝える。

 「じゃあ、クリクは?」次にルグが聞く。するとクリクはいつものようにぎくりと肩を震わせる。彼は頭に鉄の額当てを装備し、湾刀とは別で腰に大ぶりのナイフを装備している。しかしクリクは、「こんな物、ただの飾りでさぁ。」などと戯ける。馴染みの湾刀を指差し、「おれは、これさえあればいいんで・・。」そう言い、へへへと笑う。



 そうこうしているうちに、防壁の門が開けられる。「さあ、そろそろ行こうか。」マールが言い、皆が歩き出したところでピークスが見送りに来る。

 「本当はおれもついて行きたいところだけどね。」ピークスは旧宮廷前で警備の指揮を執ることになっている。

 「いや、わたしたちに何かあったら、きみだけが頼りだ。ピークス」

 「おいおい、縁起でもないこというなよな。」ピークスが頭の和毛を震わせる。しかし、言葉と裏腹に彼は真剣な眼差しを皆に向ける。カイデラが背負う荷物からして、彼らが生中な戦いで撤退などしないことがわかる。

 ピークスの背後から城壁を警備する戦士たちが見送りにやってくる。彼ばかりではなく、他の戦士たちにも今回の魔窟潜入がひとかたならぬ仕事であることがわかっている。ともすれば、ガンガァクス三千年余りの均衡を崩しかねない事態が待っているかもしれないことも、知らされている。

 皆、真剣にマールたちを見つめ、彼女の言葉を待っているようだ。

 「無名戦士はどんなことがあっても、魔兵になど負けはしない。」マールが短く言うと、「明日に命あらば。」戦士たちは口々にそう言い、剣を掲げる。

 それから彼女は行動を共にする者たちと向き合う。

 「もう一度確認する。この先、生きて帰れる保障はない。」

 「そんなこと、ガンガァクスではどこでも一緒だろ?」クリクが舌をだす。

 「のう、マールよ。」そこでルーアンが口を開く。

 「・・魔窟深部への旅路、我は半ば、けしかけるように提案してしまったが、」いつになく歯切れが悪い。「・・果たしてこれで良かったのかの。」

 「今さら何を?」ドミトレスが笑う。

 「そうだぜ、ここの戦士どもは、何千年と魔窟に潜ってんだ。」クリクが続く。

 「それはそうだがな。今までのように、ゆっくりと前線を押し上げていく方がやはり・・、」

 「・・安全。」マールが言葉尻を受け取る。

 「確かにその通り。この先に何が待っているのかまるでわからない。すべてが無謀な行動なのかも知れない。」彼女は耳許の後れ毛をかき上げる。

 「しかし、今まさに邪悪なものの悪意が芽吹こうとしているのかもしれない。ルーアンの言うように、ヨムや十三の闇の魔法使いが健在だとすれば、レムグレイド、いや、ベラゴアルド全土が取り返しの付かない事態に陥ってしまうかもしれない。」

 数日前、ガンガァクス司令としてではなく、レムグレイドの姫君宛として、王国の穏健派からの報せが届いていた。各地に広がる魔の薬。それに伴い各地での治安の悪化。モレンドの要塞へ集結しつつある兵力。大魔法使いアリアトの失踪。それから、国王である父親の病の報せ。

 「・・この期を逃してはいけないのかもしれない。或いは、まだまだ有余はあるのかもしれない。」彼女は仲間のひとり一人の顔を見つめる。

 「そして、その使命は、わたしたちでなくても、成し得るのかもしれない。・・或いは、わたしたちが成し得ることは、何もないのかもしれない。」

 「・・或いは、それを成すことで、後ろから来る者たちの足がかりになるのかもしれない。」ドミトレスが続ける。

 「うん。」マールが微笑む。「いままで続いていることが、明日続くとは限らない。」彼女はカイデラを見つめる。

 「・・これは、カイデラの言葉だ。数千年と防衛戦を続けるこのガンガァクスへと赴く決断をした際に、彼が言ってくれた言葉だ。」

 カイデラは大きな荷物を背負い、無表情で彼女を見守る。

 「停滞しているよう、変わりない事のように見えても、今、続いている事柄の全てはきっと、誰かが先へ進んだ道の、その足跡を固めているんだ。」マールはそう言葉を結ぶ。

 「うぅむ。なるほど。続けることが大義ならば、進むこともまた大義、というわけか。」ルーアンが唸りを上げて、妙に納得する。

 「なあ、もういこうぜ。」ルグとメッツはすでに歩き出している。「毎回いうけどさ、難しい話は後にしろよなぁ。」

 「ふふ。」その様子にマールが笑う。

 「あい、わかった!では、魔窟攻略、微弱ながら我も手を貸そうではないか!」ルーアンが大袈裟な物言いをする。「ルーアンは喋るだけだけどね。」すかさずラウがそう腐し、歩き出す。

 そうして、彼女もゆっくりと扉の方へ歩き出す。

 「じゃあ、おれもそこまで付き合うとするか。」ピークスも皆の後に付いていく。



 ドミトレスが扉に手を掛けると、それをラウが手伝い重い扉が開かれていく。巨人さえも通れるほどの鋼鉄の扉のど真ん中に、人間ひとりの隙間が暗闇の筋になる。

 ブゥブゥが要塞の倉庫で見つけた“日光石”を光らせ、闇の筋へと入っていく。しんがりのカイデラが荷物を先に入れ、外で見守る者たちに合図すると、戦士たちは防壁へと引き揚げていく。

 闇に石を掲げると、赤い目玉が方々で光に反応し、糸を引いて散っていく。照らし出された宮廷の全容は判然としないが、正面に大階段が奥へと続き、その東西で二手に別れ、吹き抜けの広間を囲うように小部屋が並んでいるのが見える。

 「やっぱり、入り口は広間になっているようだね。」ピークスはブゥブゥが魔法で輝かせた日光石のひとつを受け取る。

 「はは、これは便利。魔法使いなんていなかったから、今までは倉庫に転がってるただの石ころだったのにね。」彼は感心しながらも翼を羽ばたかせはじめる。

 翼を数度働かせ、ピークスはふわりと中二階まで飛んでいくと、様子を窺うゴブリンやグールどもを、光の尾を引きながら“風の剣”で立ち所に刻んでいく。

 そうしている間にブゥブゥは皆に日光石を手渡していき、自分もエルカノンの杖の上部に石をはめ込む。

 「ブゥブゥ、ほんとに魔法使いみたいだな。」ラウが感心する。実際、ブゥブゥ本人も杖を手に入れ、魔法使いとしての自覚のようなものが芽生えはじめ、気恥ずかしくも感じている。

 「さて、どうするか? 上の小部屋からひとつひとつ調べていくのか?」ドミトレスがランタンに日光石を入れ込み、腰に装着する。

 「いや、すべての部屋を調査していたらきりがない。とりあえず奥へと進もう。」マールは灯り代わりに蓮の剣を抜刀する。マリクリアの青白い光は、使い込むにつれ、より強い光を放つようになっている。

 「ある程度の挟み撃ちは覚悟の上ってことですかい。」クリクが事もなげに言い、階段に向かって歩き出す。

 「とりあえず、広間の雑魚は全部退治しといたよ。」そこでピークスが皆のもとへ降り立つ。「じゃあ、後は頼んだよ、みんな。」

 「ああ、ありがとうピークス。」マールが礼をすると、ピークスは目配せをし、「扉は必ず開けておくからね。」そう伝えてながら飛び去っていく。



 階段の先にはそのまま広い通路が続き、どういう意図か、今度はその先は下り階段が続き、途中、かなりの小部屋や別れ道もあれど、次には螺旋状に曲がった通路、それからまた下り階段と、どんどん地中深くへと下っていく造りになっている。

 道すがら、小部屋や通路の隅にメッツが隠されたドワーフの宝石や、用途の分からぬ咒具のような物を発見する。そこには小鬼どもが近づかない程度に魔法の庇護がかかった武器や防具も見つけるが、慣れ親しんだ装備を置いていくわけにもいかず、かといえ、行きしなの荷物となることを避け、クリクが惜しむのをなだめすかし、彼らは苦渋の思いでそれを放って先へ進む。

 「それにしても、こんなだだ広い場所、何のために作ったんだよ。」ルグがぼやく。

 「わからないが、かつてのドワーフ王国では、このあたりは露店商などが賑わっていたのかもしれないな。」マールが想像を巡らす。

 「ねえ、第二聖堂?あそこの石橋の下に、バードフィンクたちが飛んで降りていけば、魔窟の一番下に辿り着けるんじゃないの?」ラウが思いつきを口にする。

 「ああ、それは試したことがある。だが駄目だ、あの下にはベーヌがいる。」ドミトレスが説明をはじめる。ベーヌという魔物は躰中に火を纏い、飛び付く魔物である。さほど手強い敵ではないにしろ、空中で小回りが利くベーヌは、翼を燃やされる危険のある広翼族にとっては、飛行中には天敵となり得るという。

 さらにその先も同じような通路が続く。小部屋や曲がり角で小鬼どもがちらほらと襲いかかってはくるが、先頭を歩くドミトレスの銀の槌に頭を潰されていくか、メッツのボウガンで近づく前に串刺しにされていく。

 「なあ、このまま下って、海まで出ちゃうんじゃねえの?」今度はクリクがうんざりして言う。

 「いや、地の底には海などない。」するとルーアンが口を開く。

 「なんですって?!」ブゥブゥが仰天する。

 「テマアルトが持ち上げた陸は、海に浮かんでいるはずです。」

 「いや、ベラゴアルドの大地の下にあるのは火だけだ。しいていえば火の海があるのだ。それがこの星を形作る源たる力となっている。」

 「星?星っていうと、空で光るあれ?」と、ルグ。

 「そうだ。このベラゴアルドも空に輝くものと同じ、星だ。世界の外には常闇が広がり、星が無限に点在している。」驚く皆をよそに、ルーアンがすげなく言う。

 「ねえ、・・ラウくん。」マールが声をうわずらせる。「ルーアンはいつもこうなのか?」

 「え、なにが?」

 「いや、だから、ルーアンはいつも人類の英知を覆すようなことを、こうもさらりと言うものなのか?」

 「えー、」ラウはルグに窺う。「そうかもね。」ふたりは二人で、あまりに感心なさげにそう答えるので、皆はそれ以上何も訊かずに黙り込む。

 それからもさらにしばらくは同じような通路が続く。

 長く単調な通路に皆が辟易してくる。時間の感覚を失いがちな魔窟の中では、入り組んだ場所に気を張るのも戦いの内ではあるが、単調な通路の連続性も、危機感を削ぎ、ある意味では手強い罠のようなものだということを皆は知らしめられる。

 そうこうしているうちに、やはり同じような通路の先の気配にドミトレスの兜が黄色く光る。

 「ゴブリンどもが“霧”を放っているな。」彼はそう言い、リンガスの盾を構える。

 「どうやら暇つぶしが出来たようだぞ。」

 彼を先頭に、霧の中にじわりじわりと入っていく。その隣でラウのツノがほの白く輝き、魔法の霧を見透かしていく。



−その4へと続く−

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