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覇道の徒路 −終話−見つめるその先

竜の仔の物語 −第四章|1節|−
覇道の徒路
−終話−見つめるその先

 

 突然現れ、そして去っていった戦神のあまりに常軌を逸した凶事の後で、そこにいる誰しもが呆然と立ち尽くし動けない。かなりの間が空き、ひとりの兵が我に返る。隣の者の肩を叩き、その者が別の者の肩を揺する。そうして、時が完全に動き出すまでには、かなりの時間を要する。

 メイナンドは折れた脇腹を押さえて、マールの肩に手を置く。声を掛けると、彼女はがばりと跳ね起きる。

 「カイデラ!」そう叫び、彼女はメイナンドが見たこともない顔つきで離れていく。

 マールは破壊された壁に埋もれるカイデラを揺り起こす。「・・姫、ご無事で、」気絶していた彼は目を醒まし、瓦礫を押しのけ立ち上がる。すぐに上半身を露呈した彼女から目を逸らし、自分の上着を肩にかける。

 「・・ありがとう。」マールは力なくそう言うと、蓮の剣さえその場に残し、とぼとぼと王の遺体へと歩いていく。

 そうして彼女は、直立したまま固まる父の身体を寝かしつけ、抱きしめる。辺りを見渡すが、やはり父の頭部は見つからない。どうやらあの禍々しい大剣に潰され、跡形も残らなかったようだ。

 「・・お父様。」彼女はもう一度、父の身体をきつく抱きしめる。

 バロギナが急いでメイナンドのもとへ走っていく。何度も声をかけるも、彼は膝を付いた姿勢で、じっとマールだけを見つめている。

 「隊長?」手を貸そうと肩に触れると、強くそれを振り払われる。慌てて引き下がり、黙って去っていく隊長を見送る。


 メイナンドは早足に通路を進み、逃げ出すように騒然とする凶事の現場から離れていく。その彼の顔つきを見た、すれ違う兵士たちは皆、驚いて振り向く。常に沈着冷静な白騎士が、見たこともないような憤怒の表情をしていたからだ。

 なぜわたしはあの場に飛び込んだ?

 メイナンドは早足で自室に戻りながらそう考える。静観してザッパの出方を伺っていた彼は、マールが捕らえられた瞬間に、どういうわけか反射的に飛び出してしまったのだった。

 なぜ、わたしは危険を顧みず、彼女を助けた?

 彼には自分が取った無謀でしかないその行為が理解できず、そして何よりも許せずにいる。

 彼が抱くマールに対しての感情の変化。レムグレイドの姫君として利用するだけの存在だと思っていた女を助けた自身の行為。それから思い起こせば今までの彼女の自分に対する冷淡な態度。決してなびくことの無い閉ざした心。きつく結ばれ、ほんのつかの間にしか微笑むことをしない、あの唇。

 彼には、そのすべてが許せなくなっていた。

 そして、それらすべてが腹の底で渦になり、濁った感情がとぐろを巻いていた。



 その晩。マールは自室に籠もり、斬殺された父親を偲ぶ。そうして、凶事のどさくさで監視の目が行き渡っていないことを確認すると、ヒンダリア卿から授かったスクロールを取り出す。

 そこには古ぼけた文字で、アラングレイドの系譜が連ね、アマストリスの名が現れるまでに、茶色いシミのようなそれぞれ署名と血判が記されている。その後は、おそらく老ストライダの代筆で、後に続く系譜が続き、マールの母親の名が現れ、そして彼女自身の名が記されている。古ぼけ霞んで判読できぬ文字や、文様、古代文字ばかりで、その全容のほとんどが彼女には理解できないが、そこに血統に関する記述が記されていることくらいは予測できる。

 そして、その要所には、アラングレイドの文様、つまり、彼女のその胸に刻まれているアザと同じ印が記されている。

 彼女はチュニックをはだけ、胸元のアザを鏡に映す。ラウに救われてからというもの、それは前よりも色濃くなっている。それから彼女はスクロールを丁寧に仕舞う。そうしてそれを誰にも知られない、秘密の隠し場所へと仕舞い込む。

 (王宮は、魔窟よりも手強いかもしれんぞ。)

 彼女はアマストリスの言葉を再び思い出す。



 銀雁十の月。レムグレイド九世を弔う盛大な葬儀が成される。王国は喪に服し、国民総出で悠王と親しまれた王を偲ぶ。

 当然の如く、王の死の真相は隠蔽される。その死は、フラバンジの刺客の仕業とされ、帝国に対する民の怒りを煽る材料となる。

 葬儀は城で行われ、アーミラルダ教団が取り仕切る。大司祭フルフォイが祈りを捧げ、長い悼辞を述べる。

 彼は盗賊に傷つけられた耳と片手を隠している。彼の他にも、暴漢や物盗りに躰の一部を切り落とされた貴族や王族が数多くいることを、マールはリパウザに教えてもらう。

 リパウザは治安の悪化を嘆くが、彼女は奇妙に思う。仮面の騎士として大きな盗賊団の組織と戦っていた時には、そんな手口は一度も聞かなかったからだ。

 そうして、それらの王侯貴族たちが皆、メイナンドに近づき、大袈裟に媚びを売る様子を見ると、彼女はどこかで合点する。

 しかし、彼女にはそんなことさえも、すでにどうでもよくなっている。彼女はザッパ襲撃と王の死を受け、もはや覚悟を決めている。


 カグレム王子は、くだんの事件の後に姿を消し、ついに葬儀にも現れない。皆、口に出さないが、戦神に殺された肉片の中に彼の死体も混じっていたのだろうと噂する。

 王位継承第一王子の失踪に伴い、サージ王子の戴冠が半ば決定した今、キロミ・ハイサガ総督の勢いは衰えるかと思いきや、当面そうはならない。彼と彼の派閥は、カグレムの行方知らずはサージの陰謀だとし、弾劾の準備を進めているとの噂もある。しかし強力な後ろ盾を失ったハイサガに勝ち目は薄いだろう。また、地方に住まう、王族とは遙か遠縁の血統を持つ少年を王国に招き、近々、その子どもを正当な王位継承者に祭り上げる準備を進めているという。これには、マールは怒りを顕わにする。自分と同じような境遇の子どもを二度と出したくはなかったからだ。

 それから、ザッパのつけた傷跡からは呪いの毒が発生し、王宮のかなりの部分が立ち入れなくなり、ほどなくするとアムストリスモの魔法使いたちが呪いの除去に駆けつける。

 そしてそこにはサァクラスの姿も見られる。しかし、今となれば、マールは以前のように彼女に親しく話し掛けようとは思わない。サァクラスもまた、マールの帰還をさして喜ぶ素振りも見せず、言葉短に、慇懃な挨拶を交わす程度であった。

 そんな折、王前会議の決定により、王殺害の手引きの嫌疑でカイデラが連行される。

 王国は、いや、メイナンドは、彼とマールがガンガァクスでザッパと共闘していた事実を利用したのであった。



 「どけ!そこを通せ!」叫ぶマールをリパウザが必死でなだめる。

 「姫様!落ち着きください! 現在、アイリホルト様が交渉を進めていますゆえっ!」

 しかしリパウザの力ではマールを押しとどめることはできない。慌てて蒼獅子隊が駆け寄り、人壁をつくりはじめる。

 すると、騒ぎが奥からも発生し、蒼獅子隊ともみ合いになる。どうやらカイデラを慕う兵士たちと衝突しはじめた模様。

 「姫を通せ!」「王前会議で直談判させろ!」皆口々に叫び、マールを通そうと蒼獅子隊の人垣をこじ開けはじめる。

 そこへ近衛兵と白鳳隊もやって来て、数で押し込んでくる。あっという間に事態は収拾の付かぬほどの騒ぎになる。

 騒然とする兵士達を縫うように、書記官マロマニエがひょこひょことやって来る。

 「えー、随分騒がしいので、割愛いたす。」ひな鳥のような瞳でマロマニエがマールを見つめる。

 そうして仰々しく羊皮紙を広げると、にわかに辺りが静まる。

 「マール・ラフラン・レムグレイド姫。貴女を、ザッパとの共謀及び、先王レムグレイド九世殺害の容疑で身柄を拘束いたす。」

 マロマニエが手短に言い、近衛兵に合図を送ったその瞬間、青白い輝きが彼の鼻先を掠め、書状が真っ二つに裂ける。

 「ひぃ!」腰を抜かし、マロマニエが倒れ込む。

 「ぶさけるなっ!」激怒したマールがさらに剣を振り上げる。

 すかさず近衛兵が一斉に抜刀する。それを見た後ろの兵士が黙って剣の柄で近衛兵を殴りつける。怒号が飛び交い、方々でもみ合いがはじまる。蒼獅子隊も場を収めようとはせずに、騒ぎに乗じてマールを庇いはじめる。

 騒ぎは拡大し、兵士たちと近衛兵の殴り合いになる。マロマニエが屈強な兵士達に散々踏まれ、ぼろ布のように隅に押し出される。

 そこへマールが飛び上がる。兵士たちの頭を踏み台にし、通路を越えて走り抜けていく。



 王の間の別室では、王前会議が執り行われているなか、ヒンダリア・アイリホルトだけが立ち上がり、貴族や王族を睨めつけている。

 「・・しかし、ザッパとやらが、姫を殺さなかったのは事実。」「・・何やら話しているのを目撃したという者もいる。」「・・あの、姫付きの、片眼の兵長もガンガァクスでザッパと共にあったことは事実。」皆、口々に言い合い、アイリホルトの言い分をはね除ける。

 「ガンガァクスの戦士たちは、レブラが、やつが戦神ザッパだという事実を知らなかった!」アイリホルトが叫ぶ。「それに、姫様とカイデラ殿は、いち早く王のもとへ駆けつけ、ザッパと戦ったのですぞ!」

 「・・だが、王は殺された。」奥の席でキロミ・ハイザガが言う。

 「姫が共謀者でなければ、一体、誰の手引きかな?」そう続け、最奥に座るサージ王子を意味ありげに睨めつける。

 「ザッパは誰の差し金でもない!戦神は理屈ではないのです!やつが徒党を組んだ史実もない。古の昔から、単身で戦乱に現れては、戦いをかき乱すのが“戦神”。それは、こうしてあらゆる文献にも記されています。」アイリホルトは効果は成さないと承知しつつ、証拠となる古の文献を広げる。

 「・・そんなかび臭いものを持ち出されてもな。」「なぜそれを信じろと?」「そもそも戦神とはなんなのだ?」口々にそう言い合い、場はざわめくばかり。

 そこで外が騒がしくなる。扉が蹴り開けられ、マール・ラフランが飛び込んでくる。

 「カイデラを解放しろ!」もの凄い剣幕のその手には、蓮の剣が握られている。

 「ひっ!」サージ王子だけが声を上げ立ち上がる。しかし、他の皆は戸惑いながらも落ち着き払った様子で顔を見合わせる。

 「傷姫様はご乱心か?」キロミがにやりと笑う。

 「黙れ!」マールが叫ぶ。その余りの気迫に多くの者が押し黙る。

 「茶番はもうたくさんだ!誰でも王座に就くがいい、わたしはっ・・!」そこでアイリホルトが急いで前に出る。「・・姫様。ここはどうか、堪えてください。」

 「近衛兵!何をしている!早くこの逆賊を引っ捕らえよ!」キロミが口火を切ると、他の者も喚きはじめる。「そうだ!」「傷姫をとらえよ!」「王前会議で剣を抜くとは言語道断!」

 叫声が飛び交う中、メイナンドだけがじっと目を閉じ、黙っている。それから皆の興奮が最高潮になると、彼はゆっくりと腕を上げる。

 それだけで場は静まりかえる。貴族と王族たちは皆黙り込み、大人しく彼の言葉を待ちはじめる。キロミだけが憤怒の表情で、そんな彼を睨んでいる。

 その様子にアイリホルトは悄然とする。彼は悟る。もはやメイナンドが議会の者のほとんどを掌握していることを。

 「マール姫。」彼は静かに語り出す。

 「・・それで? 姫様は、今宵、ご返事をお聞かせいただけますかな?」眩しげに目を細め、薄笑いでマールを見つめる。

 「この場でっ!」それをこの場で言うか!?アイリホルトが声を上げそうになる。マールを覗うと、やはり彼女もぎりりと歯を噛みしめ、恨めしげな顔で睨んでいる。

 「返事、とは?」近くの貴族が態とらしくメイナンドに訊ねる。

 「・・なに、わたしは、姫様に婚約を申し込んでいますもので。」落ち着き払った声で、はっきりと言う。

 すると議会はどよめきに包まれる。そこでマールに遅れを取った近衛兵も駆けつけるが、彼が片手を上げ指示を送るだけで、兵たちは事情も分からずにただ立ち尽し、武器を収める。



 「メイナンド殿、何もこの場で・・、」アイリホルトが懇願するように言う。

 彼はその取引が、この立場に立たされたマールを救う唯一の助け船でもあることを重々理解している。理解していて、歯がみする思いでこの場にいる。彼は、メイナンドがそこまで陰湿な手管を使う男だということを見抜けなかったのだ。

 とはいえ、王前会議で剣を抜くという行為がどういうことなのか。姫自身が承知していないはずはない。彼女の行動は控えめに見ても軽率過ぎていた。もはやこの事態を切り抜け、カイデラを救うためには、最高権威による恩赦が必須となってしまったからだ。

 彼はマールの様子を見守る。こうなれば彼女に選択肢は無い。ほぼ手詰まりといえる。場を収めるのは二つの言葉。まず、交渉。それから返事。この一幕はその行動なくして、穏便な終結はあり得ない。

 そうして、彼の読み通り、マールは大人しく剣を収める。そして痛みに耐えるように強く目を瞑り、発言する。

 「カイデラを・・、」

 「・・もちろんそれは、わたしが責任を持ちましょう。」みなまで言うべくもなく、メイナンドが答える。

 「では、申し出をお受けしましょう。」マールも即答する。その声は、氷を張った湖のように平坦で、なんの抑揚もない。

 示し合わせたように場がどよめく。メイナンドが視線を送り、大臣のひとりがサージ王子に何やら耳打ちすると、彼は顔をしかめながらも渋々頷く。

 「それでは。現時点での王位継承者サージ王子のご意向により、マール・ラフラン姫の狼藉を不問とし、守備兵長カイデラに恩赦を与える。」大臣がつまらなそうに言う。「意を唱えるものは?」その問いかけにカグレムだけが口惜しそうに手を上げる。

 「では、多数決により、この提案は可決とされる。」

 すると皆が周りを覗いながらも、小声で媚びるようにメイナンドの婚約を祝いはじめる。

 「暗い話題が続いたなか、それはめでたいことだ。」

 オリア・シルクレストだけ柔和な笑顔を浮かべ、本心と受け取れる声で祝辞を述べる。城付き魔法使いと並ぶ権威を持つ王国宰相の身でありながら、この老人だけはいつでも蚊帳の外にいる模様。

 それからキロミが立ち上がり、青筋を立てて何やら喚き続けるなか、マールはそれを聞かずに、黙って部屋を後にする。



 そうして、銀雁十四の月、カイデラが解放される。彼は手ひどく殴られ、瘤や擦り傷を拵え、身体中にうっ血が見られたが、おおむね無事な様子であった。

 マールはひとまず安堵するが、取り引き材料として利用され、責任を感じた彼をなだめるほうが、彼女にとってはくたびれる時間でもある。

 それに併せてヒンダリア卿も彼女のもとへ謝罪に訪れる。メイナンドの性格を完全に暴くことが出来なかったこと。あのような場で婚約を取引材料にさせてしまったことを深く詫びる。

 婚姻を利用したのはわたしのほうだ。彼女はそう発言しようとするが、カイデラの手前、言葉には出さない。何を言っても彼が責任を感じることは変わりないからだ。

 マールが黙り続けていると、ヒンダリア卿もカイデラも、さらに畏まる。

 しかし、マールにはそんなことのすべてがどうでもよかった。今回の騒動で、自分が婚約することにより、王宮の者たちが丸く収まったと感じているのなら、それはそれで構わなかった。どう転がろうと、無駄な血が流れ続ける王宮で、自分だけが無事でいようとは思わなかった。

 彼女はそんなことよりも、戦神ザンダレイ・ザッパがいとも簡単に城へ侵入し、王さえも殺害できるという事実こそが何よりの感心事であり、真の課題であった。

 そして、戦争は止まらず。モレンドとの連絡は錯綜し、フラバンジの石の竜が動き出しているとの報告も出ていた。ヴァブラとイミィールの対策も、まるで話し合われていないという現状もあった。

 王国には、荒ぶる神や、闇の魔法使いに抗う術すらなく、そればかりか、その厄災に対処しようとする気概さえない。その現状だけが、マールには何よりの感心事であった。

 ヒンダリア卿が何やら小声で話し、カイデラがひたすらに項垂れる中、彼女はレムグレイド白い街並みを見つめ、ひとり思案する。

 彼女はふと、“竜会議”のことを思い出す。ラウを中心にして執り行われた調印。あの調印はどうなっているのだろう?

 ベラゴアルドは結託しなければならない。しかし王国での現状を変えることは、わたしには叶わなかったといえる。

 嫌な事件が立て続いた彼女には、やはり現実は重だるく、不安はぬぐい去れずにいる。

 しかし彼女はそれを振り払うかのように強く目を閉じる。

 ・・負けるものか。

 そうして彼女は目を見開き、遙か遠い空を見つめる。その瞳の強い煌きは決して色あせてはいず、幾度と確かめた覚悟の色を今だ映し込んでいる。

 「・・ラウ。」

 そうして彼女は呟く。

 それを聞いたカイデラが顔を上げ、アイリホルトも口を噤む。そうして、二人は顔を見合わせ、彼女の背後に立つ。

 その遙か遠くを見つめる眼差しが、決して敗北の色を宿していないことに、二人は何よりの希望を見出す。








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名称未設定のアートワーク63+



 マールが見つめる遙か先、フラバンジ大陸マルドゥーラ大神殿の上空をクゥピオが飛ぶ。大地は光に溢れ、雲に反射し、地面はまるで見えない。

 フリセラが操るその通常よりも遙かに巨大なグリフィン、クゥピオの背には、ラウとアルベルド、それからメッツが乗っている。

 メッツが新たに開発した装置を確認し、二人に合図する。するとラウとアルベルドが踏み台に乗りこみ、飛び降りる。滑車が回転し、ロープがクゥピオの四肢よりさらに下に垂れ下がる。

 「ほんとに、一人で大丈夫なのかよ?ラウ。」

 アルベルドが光を放つ足もとに目を眩ませる。雲を挟んで大地はまだ遙か下にも関わらず、その輝きは雲を突き抜け、辺りを白い膜で包み込んでいる。

 「うん。アルたちはレムグレイドに向かって、みんなと一緒にアペフを阻止して。」ラウが答える。

 アルベルドが視線だけで頷き、今度は上を見上げる。クゥピオの頭上で二人に注視するフリセラへ合図を送る。

 するとクゥピオは翼を傾け、一度旋回してから下降しはじめる。雲を抜ければさらに光は強くなる。ほどなくすると、五本のツノから眩い閃光を放つ、山の様な巨大なドラゴンが見える。

 「あれがリンドヴルムか。」アルベルドがごくりと唾を飲み込む。「どでけぇなんてもんじゃねえな。」

 「最後の力を使ってるんだ。」ラウが光の先に目を細める。「・・リンドヴルムは弱ってる。」

 「分かるのか?」その問いにラウは険しい顔で頷く。

 「ほんとに、大丈夫なのかよ。」アルベルドがもう一度訊く。

 「うん。なんで?」

 「・・その、ルーアンもいねえしな。なんだかんだ、あいつがいればラウは心配ねぇって、思ってたんだよ、おれは。」

 その言葉にラウは少し嬉しくなる。アルベルドがルーアンのことをそんなふうに信用してくれていたからだ。 

 「悪いが、これ以上近づくと、クゥピオがあぶねえ。」

 「ここで大丈夫。」しばらく間を空け、「・・たぶんね。」そう付け加える。

 「たぶん?」「・・うん、たぶん。」

 「かぁ!」アルベルドはラウの背中を強く叩く。「なんだか知らねぇが、死ぬんじゃねえぞ、ラウ!」

 ラウは笑顔を向けて強く頷く。「アルも、レムグレイドを、ルロアたちのことを守って!」

 「ああ、任せとけって!」

 そうして、ラウは振り向き、フリセラに向かい親指を突き立てると、ためらいなく踏み台から飛び降りる。

 ラウが降下していくのを確認すると、クゥピオはすぐに再び上空へと舞い上がる。しかしフリセラの肩からファフニンが飛びだし、彼女の制止も聞かずに、彼を追っていく。

 そうして下降していくラウの肩にファフニンがとまる。

 「ファフ!なんで?」

 驚くラウに、「王さまの代わりに、ぼくがラウを守ってあげるね。」そう言い、ファフニンが目配せを送る。すると彼は微笑み、すぐに下方のドラゴンに集中する。

 リンドヴルムの光は、その視線の先にいる暗闇に向けられていることがわかる。五つの光線は途中で重なり、集約し、ひと繋ぎび太い光の力がその先の暗闇を攻撃している。

 光に近づくと、もの凄い熱量と活力を感じるが、奇妙なことに、周囲の木々や岩を焼くことも溶かすこともせず、ただ目映い輝きだけを大地に染みこませている。

 一方、暗闇のほうは光の攻撃を受け、黒い水の様などろどろの液体を激しく飛び散らせている。液体は地面の落ちれば逃げるように動き出し、すぐに闇の中心に溶け込んでいく。

 ラウは身体を切り返すと、鎌首を持ち上げ光を放つリンドヴルムの足もとを見定める。地面すれすれに来ると、彼の背中が虹色の光を放ち、勢いを緩和しゆっくりと着地する。

 「すごいねぇラウ。もうすぐ飛べそうだよね。」ファフニンがのんびりと言う。

 彼らは竜の放つ光の膜を仰ぐように見上げる。

 「なぁんか、気持ち良い。」妖精はその生命力でもある強い光を浴びて、目を細める。

 ラウは黙って光竜を見上げる。巨大すぎて脚の爪さえも視界全体には入りきらない。

 「リンドヴルム!」彼は爪に飛び乗り、思い切り叫ぶ。

 すると、彼を乗せた巨大な岩のような前脚が動き出し、ゆっくりと光竜の顔のほうへ持ち上がっていく。

 ぐんぐん上へ持ち上げられ、鱗の岩肌を抜けると、突然に光竜のまなこが現れる。その眼球だけでも、通常のアペフの頭よりも遙かに大きい。

 そうして、その目玉がラウの姿を捉える。

 すると、瞳の中に輝く男の姿が現れ、彼の頭の中で声を響かせる。

 「来たか、」リンドヴルムの化身が言う。

 「導竜、キリンよ。」



−第四章|1節| 終わり−


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