見出し画像

「日本昔話再生機構」ものがたり 第5話 浦島太郎の苦悩 2. ヘルプデスクの非情

『第5話 浦島太郎の苦悩 1.  不安な出だし』からつづく

 海中に築かれた壮麗な竜宮城のセット。乙姫とウミガメがセットの隅で話している。
「タローちゃん、なんか変なんですよ」と、ウミガメ。
「変って、どんなふうに」
乙姫が訊き返す。
「浜で、ボクらに気づかず通り過ぎそうだったんです」
「ええ、なんですって?」
乙姫が驚く。
「それだけじゃないんです。ここに来る途中で、ボクの背中からずり落ちて海の底まで沈みそうになったんです」
「あら、嫌だ」
 
 乙姫は竜宮城のセットの中央にボーっと立っている太郎に目をやる。ウミガメから心配な話を聞いたせいかもしれないが、顔色が悪く心ここにあらずに見えた。乙姫とタローは同じクローン人間養育所で育ち、乙姫が一歳年上だ。ここ5年ほどは、いつも二人で『浦島太郎』を演じてきた。
「タロー君の様子がおかしいことは、ヘルプデスクに連絡しておくわ。ウミガメさんは浜に戻って休んでいて」
『浦島太郎』を演じるクローン・キャストたちは酸素生成能力を与えられているが、時間が経つにつれて生成能力が弱まり酸素濃度が下がってくる。だから、使わないで済むときは使わない方がいいのだ。

 乙姫の連絡を受けたヘルプデスク担当者はつれなかった。
「浦島太郎役の具合が悪そうだから、どうしろって言うの?」
「タローの緊急回収が必要になるかもしれません。準備しておいてください」
「何、とぼけたこと言ってんの? 緊急回収なんかしたら、『浦島太郎』が再生不成立になるでしょ。『浦島太郎』は海中に竜宮城のセットを組んで50名のキャストを投じる一大プロジェクトだよ。太郎役の具合が悪いくらいで中止に出来ない
「でも、キャストの命には代えられません
「命だなんて、大げさなことを言わないでちょうだい。タローは浦島太郎を演じるために作られたクローンでしょ。多少具合が悪かろうと、根性で最後まで演じなきゃ存在価値がない。君も、タローを甘やかさず、最後までビシッと仕事させなさい」

『第5話 浦島太郎の苦悩 3. 乙姫の気遣い』につづく〉