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「日本昔話再生機構」ものがたり 第5話 浦島太郎の苦悩 7. 部長対決

『第5話 浦島太郎の苦悩 6. 審問』からつづく

 「日本昔話再生機構」の審問室でタローが処罰を言い渡された直後、室内スピーカーからクローン・キャスト育成部長の声が流れ出した。
「管理部長、処罰の決定はお待ちいただけますか」
「なにを言っている。サボタージュしたキャストの処罰決定は、プロジェクト管理部長である私の専権事項だ」
「いいえ、違ぉてます。サボタージュとして処罰するには、キャストの故障による再生破綻ではない言ぅことを、まず確認せないけません」
「待て、ここで話すことではない。そちらに行く」
プロジェクト管理部長が席を立ち、審問室を出た。審問室の隣の審問オブザーブ室に入り、クローン・キャスト育成部長と向き合う。

 まず口火を開いたのは育成部長だった。
「管理部長のなさっていることは、『機構』の規則に反しとります」
「規則だと?」
「再生の破綻がクローン・キャストの故障による場合、それは、サボタージュではありまへん」
「何を言っている。あのクズは、『機構』に深刻な損害を与える意図をもって、5000万ラムネ―ドの巨費を投じたプロジェクトを最後の最後で失敗させたのだ」
「審問をオブザーブしとりましたが、あの者はそのように自供しとりません」
「それが、奴が確信犯である何よりの証拠だ」
プロジェクト管理部長が目を怒らせて育成部長をにらんだ。

「今さら、私ごときが申し上げることではおまへんと思いますが、一応、確認させていただきます。『機構』の規則では、不作為により再生を破綻させたクローン・キャストは、故障が原因でなかったことを確認してから、サボタージュの審問にかけることになっとります」
「それで?」
管理部長が怒りを押し殺した声で尋ねる。

「当該キャストには、まず終業時点検を受けさせ身体機能のデータを取ります。次に、そのデータを基に、技術部長、産業医、育成部長の3者が故障が原因だった可能性を検討します。その際、産業医が外部の医療機関での診察が必要いぅ判断をしたら、診察を受けさせ、診断書を取り寄せなあきまへん」
「それがダメだのだ。それを避けるため、私はこうして審問を急いでいる」
管理部長が怒声を張り上げた。

「この1年間に、明らかにサボタージュとみられる事案が10回発生したが、毎回、スリナリの判断で被疑者キャストが医療機関に回され故障を発見された。だが、身体機能の故障は2件しかない。8件がメンタルだ。で、そいつらは処罰を受けるどころか、休職になった」
「そぉどした」
「『そぉどした』じゃないんだよ!」
管理部長が壁を蹴りつけた。

「あんた、現場のキャストどもが『メンタルつぶれ早いもん勝ち』と言っているのを知らないのか?」
「知っとります」
「どういう意味か、言ってみろ」
「誰かがメンタルで休職になると、そのしわ寄せで誰かの負担が増す。で、そのキャストがまたメンタルやられ、2人分の負担が誰かに回る。結局、最後まで頑張ったもんがエライぎょうさん仕事を押し付けられ損する。だから、メンタルつぶれは『早いもん勝ち』。そういう意味です」
「わかっているのではないか。そんなことを言わせておいて、いいのか! それで現場の秩序が保てると思っているのか」
「それは、エエ雰囲気ではない思ぅとります」

「だったら、なぜ、私の邪魔をする。今度の件だって、スリナリが絡んできたら、またメンタルが理由で休職になるのは目に見えている。それじゃダメなんだ。現場への示しがつかない」
「部長、お言葉を返すようですが、休職したキャストは戻ってきます。最近の復帰率は8割です。そやけど、ラムネリウム鉱山に送ってしもぅたもんは、戻って来よりません」
「それが、どうした。組織では『ケジメ』と秩序が最優先だ」

「キャストの要員管理は、育成部長の私の仕事です。キャストに一時的な欠員が出るのも困りますが、永久欠員になられると、もっと困るんです。クローン・キャスト一体を一人前にするまでに1億ラムネ―ドかかります。直せる故障で廃棄するわけには、いきません」
 管理部長の目に残忍な光が浮かんだ。管理部長が育成部長に詰め寄る。
「育成部長さん、あんた、そんな強気に出ていいのか。確かあと半年で退職だったな。そこまで勤めおおせれば年金を全額受給できるが、1日でも早く退職したら年金は半額に減る。ちゃんと計算は出来ているのか?」
育成部長の目にも険しい光が宿った。
「退職まで『機構』に置いていただけなんだら、今回の部長の規則違反を告発します」

〈『第5話 浦島太郎の苦悩 8. 鬼部長たち』につづく〉