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「日本昔話再生機構」ものがたり 第4話 スパイたち 5. 癒着の状況証拠


『第4話 スパイたち 4. 地球連邦政府の陰謀』からつづく

 ミラ・ジョモレとチーフが男女の関係にあり、チーフがジョモレの意を受けてサタリアをオフィスに閉じ込めた。そのショックで、サタリアは床に座りこんだ。
 しかし、そのショック以上に、自分たちを守るために情報提供者を見殺しにする諜報活動の冷徹さがサタリアを打ちのめしていた

 サタリアたちは、地球連邦中央情報局がラムネ星でスカウトしたラムネ星人工作員で構成されるラムネ星浸透チームで、「昔話再生審査会」と「日本昔話再生機構」の癒着を暴こうとしていた
 その活動の一環として、ジョモレは色仕掛けで機構の産業医エル・スリナリ医師を情報提供者にした。そのスリナリ医師が今しも自殺しようとしているのに、チーフとジョモレはスリナリ医師を見殺しにすることを決め、サタリアはオフィスに閉じ込められ、スリナリ医師を救いに駆け付けることができない

 どのくらい時間が経っただろうか。サタリアはふらふらと立ち上がった。ドアに手をつき強く息を吐きだし、姿勢を正した。
 自分の務めは、第二のスリナリ産業医を出さないため、与えられた仕事を一時間でも一分でも早く完了させることだ。サタリアはそう思い定めたのだ。

 情報分析官であるサタリアの仕事は「昔話成立審査会」が「日本昔話再生機構」に有利な判定をしている証拠となるデータを掴むことだったが、これには2つの大きな困難が伴っていた。

 第一の困難は、サタリアが現在使われている判定基準を知ることができないことだった。昔話再生の成立判定基準は「成立審査会」の部外秘であり、しかも、毎年小幅な改訂が加えられているからだ。

 10年前までの判定基準は地球連邦政府内で公開されているので、それらと照らした検証は、すでに連邦警察が行っていた。
 審査会所属の巫女たちには特別な記憶能力があり、自分たちが透視した昔話再生をすべて覚えているので、彼女たちの記憶と10年前の審査基準を照合したのだ。
 すると、直近5年間に成立判定された昔話再生の2割は、10年前までの基準に照らしたら不成立であるという検証結果が出た。しかも、そのような判定は審査会のAチーム、Bチームに集中していて、Cチームには全く見られなかった。

 だが、この検証結果を突きつけても、疑惑の審査委員は「最近の9年間で判定基準が改訂された」と言い抜けられる。Cチームは昨年追加されたチームだから、Cチームこそ経験不足から判定に誤りが多いと主張するに違いない。

 第二の困難は、1週間前に「再生機構」がデータを暗号化するプロトコルを変更したことだった。このため、ハッキングで現行の判定基準を盗みだすことも困難を極めていた。

――なにか、手はないのか?
カレリアはニューラルコンピュータを操作する手を止め、頭を抱えた。その時、ヘルプデスクと現場との交信記録を閲覧したときに覚えた違和感がよみがえってきた。
――なぜ、『鶴の恩返し』でも、『花咲か爺さん』でも、「審査会」はもっと早く不成立判定をしなかったのか?
 どちらの昔話再生でもクローン・キャストが送り込まれた環境が昔話再生に完全に不適合だった。可及的速やかにクローン・キャストを回収して別のチャンスを狙う方が「再生機構」にとって有利なはずだ。それなのに、「審査会」は判定を延々と伸ばし続けた。なぜだ?

【『鶴の恩返し』で不成立判定がなかなか下されなかった状況はこちら】

【『花咲か爺さん』で不成立判定がなかなか下されなかった状況はこちら】


 カレリアの頭にひとつの可能性が浮かんだ。
――『再生機構』に、《あのワンチャンス》しかなかったからではないか?
カレリアは、「機構」のシステムから盗み出した年間再生目標と配員計画をコンピュータに呼び出した。
 日本昔話再生支援機構」の再生目標は2種類ある。第一は再生成立目標。これは地球連邦政府と契約した目標で、これを超えれば地球連邦政府から報奨金が得られるが、未達だと地球連邦政府からの拠出金が減額される。
 第二は再生試行目標。再生はつねに成功するわけではない。当該する昔話の過去の成立率から成立目標を達成するため必要と考えられる試行回数を割り出したものだ。

 『鶴の恩返し』の年度の試行目標は4回だったのに、M1878(沙知)は5回目の試行に派遣されていた。なぜだ? カレリアは、『鶴の恩返し』が年度初めから4回試行され、1回しか成立していなかったことに気づいた。もう1回成立させないと、年2回という成立目標を割ってしまい、拠出金を削られる。だから、5回目の再生を行った。

 配員計画を見る。鶴役を演じられるクローン・キャストは5体あるが、そのうち3体が年度前半から私傷病で休職に入っていた。残り2体のうち、まず年齢の若いM2119(通称:サユリ)が鶴役にアサインされた。
 
 しかし、M2119は始業前点検で細胞再生能力が5日しか持続しないことが判明し、代わりに35歳のM1878(通称:沙知)がアサインされた。始業前点検でM1878(沙知)の細胞再生能力は15日間と判定された。標準ストーリー通りに展開すれば、この範囲で収まるはずだった。
 
 ところが、M1878(沙知)は再生が極めて困難な状況に放り込まれ、15日間で再生成立させることができなかった。それでも、「再生審査会」は不成立と判定をせず、「再生機構」はM1878(沙知)に再生を続行させた。

 「機構」は、年齢的に『鶴の恩返し』再生は厳しいM1878(沙知)にダメ元で再生続行させ、「審査会」はそれに加担した。彼女で成立すれば儲けもの。成立しなくても若手のM2119(サユリ)が細胞再生力を回復する時間を稼げる。それが、「機構」の思惑だった。

 M1878(沙知)は、ヘルプデスクの離れ業で救出されるまで、成立不可能な状況で30日間頑張り続けた。成立判定が出たのは、動機が何であれ男が機織り場をのぞいたからだけでなく、それによって「機構」がM2119(サユリ)を再投入せずに済むことになり、「機構」にありがたいことだったからだ。

『花咲か爺さん』の場合も事情は同じだった。《5回試行で3回成立》という年度目標に対して、M2105(通称:ハヤト)を派遣する時点では《7回試行済で2回成立》の状況だった。犬役を演じられるクローン・キャストでM2105より年長で経験豊富なキャストが3体残っていたが、「機構」はこの3体をより難度の高い昔話再生のために温存したかったに違いない。

――ついに、「審査会」と「機構」の癒着を証明する糸口がつかめた。
カレリアは端末の前で小さくガッツポーズを取った。
 「審査会」の判定と「機構」の《再生目標・配員計画》を対比すれば、「審査会」と「機構」の癒着の実態をにたどり着ける。《再生目標・配員計画》に都合の良い判定が下されるパターンを明らかにすることができれば、「審査会」と「機構」の癒着を示すのに十分な状況証拠になるはずだ。 
 カレリアはジョモレから受けた打撃を乗り越え、自分の作業に打ち込み始めた。