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「日本昔話再生機構」ものがたり 第5話 浦島太郎の苦悩 9. タロー、突然死?

『第5話 浦島太郎の苦悩 8. 鬼部長たち』からつづく

『第4話 スパイたち 6. けがれたビジネス』からつづく

 審問室の中。部屋を出て行ったプロジェクト管理部長は、なかなか戻ってこなかった。独り残されたタローは、全身の筋肉が緩み脱力してきた。イスの上で身体を支えていることが難しくなり、ついに身体の芯が抜けイスから落ちた。床にぶつかっても痛みは感じなかった。

 全身がトロトロ溶け出し床に沁み込んでいく気がする。
――自分は床のシミになる……もう、なにも、しなくていいんだ……
タローは眠りに落ちて行った。


 審問オブザーブ室にタローの異変を告げる警告音が鳴った。地球連邦政府の追及回避策に熱中していた部長たちは、驚いてモニター画面に目を向けた。
「イカン!」
育成部長が声を上げた。
「身体に異常が起きているようです。このまま死なれたりしたら、私たちが証人を殺したのではないかと疑われます」
技術部長が切迫した声を出す。
「たわけたことを言うな」
管理部長が技術部長を叱責した。
「このまま死んでくれれば、好都合ではないか。我々が何も手を下していないことは、審問室のカメラが記録している」
管理部長は、いつもの威圧感のある落ち着きを取り戻していた。

「そやけど、変死したクローン・キャストは病理解剖に回されまっせ
育成部長が言った。
「それが、どうした。クローン・キャストの間でも原因不明の突然死は珍しくない」
管理部長が答える。
「M1837は、3日間、酸素生成能力を使って水中生活していました」
技術部長が言う。
「それが、どうした」
技術部長が上ずった声で答える。
酸素生成は身体に大きな負担がかかります。それが突然死の原因だと判断されたら労災ということになり、労働基準監督官の監察が入ります
「労働基準監督官の管轄はラムネ星人の職場で、クローン・キャストは連中の管轄外だ」
と応じる管理部長に、育成部長が
昨年の法改正で、クローン・キャストの労災も労働基準監督官が調査することになってます
と伝えた。
「くそっ、そうだった。人権団体どもが統合政府に圧力をかけたのだった。人間ではないクローン・キャストどもに人権などあり得ないのに、余計なことをしてくれる連中だ。それなら、病理解剖を担当する医者に鼻薬をかがせ原因不明の突然死にさせる」
管理部長がイラついた声で言った。
「病理解剖には、スリナリ産業医が立ち会います。彼は買収できません」
技術部長が青ざめた顔で言った。
「スリナリ!くそっ、また奴か。仕方ない。医療班を呼べ」
育成部長がポケットから携帯端末を取り出したとき、審問室に飛び込んできた人影があった。
「誰だ! 勝手に審問室に入ってきて」
管理部長は生体認証で審問室に入室できるメンバーをひとり、忘れていた。
「タローさん、どうしました」
タローに駆け寄った男性は、エル・スリナリ産業医だった

『第5話 浦島太郎の苦悩 10. 反省』につづく