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『守護神 山科アオイ』5.狂気の技術者

  アオイと幸田から「マッド・エンジニアに戻っている」と指摘された慧子には、自覚があった。アオイを人間兵器に改造するまでの慧子は、技術者としての腕を振るうことにしか関心がなかった。その本質が二年かそこらで根本的に変わることはない。
――だから、私には、今でもアオイをマシンとして見てしまう瞬間がある。

 慧子の専門は脳神経科学とブレイン・マシン・インターフェース(BMI)だ。慧子はその専門性に磨きをかける場として、アメリカ国防総省を選んだ。国防研究は予算が潤沢な一方、倫理的な制約が少なかったからだ。愛国心という動機は全くなかった。
 慧子は高校から大学の博士課程までをアメリカで学んだが、アメリカという国を愛する気持ちは微塵もない。日本人の両親から生まれ、二人が離婚した後に慧子の親権を得た母親がアメリカ人と再婚したからアメリカ人になった。慧子にとって、自分がアメリカ人であるというのは、単に、そうした行きがかり上のことに過ぎない。

 もっとも、両親が離婚せず自分が日本人のままでいても、日本に対する愛国心など持たなかっただろう。
――私は、本質的には「この私」と「私が打ち込める何か」があれば、それで事足りる人間だ。

 慧子は、米軍特殊部隊から志願してきた兵士4名を衝撃波放出型人間兵器に無事改造した。彼らは実戦に投入され、その戦果はアメリカ政府を満足させ、慧子も、自らの力量が立証されたものと、喜んだ。
 そんな慧子に、CIAが、アジア人の少女を人間兵器に改造する計画を持ち込んできた。アジア系アメリカ人ではなく、アジア現地の少女だ。
 今や、アメリカを敵視するテロリストは、世界中に広がっている。アジア地域でも相当数が暗躍している。彼らに疑われずに接近するには、同じアジア系の、それも、少女の人間兵器が好適だ。CIAは、そう考えたのだ。

 これまで、慧子は、アメリカ合衆国に身命を捧げた職業軍人、それも志願者を人間兵器に改造してきた。そのことに、慧子は、何のためらいもなかった。
 だが、アジア人少女を人間兵器に改造するとなると、話が違う。少女たちはアメリカに身命を捧げているわけではない。彼女たちには、彼女たちの人生と幸福追求の権利があるのだ。慧子は、CIAの計画に正面から反対した。

 CIAは慧子が計画に加わらないと国家反逆罪で死刑にすると脅してきた。そして、その脅しに屈した慧子は悔恨と屈辱に唇を噛み閉め、血を流した。
――私は、アメリカという国を、私の能力に磨きをかけるための道具と考えていた。ところが、私こそ、彼らの道具だった。

 その慧子の前の手術台に、山科アオイが横たえられた。不運な交通事故で両親を失った上にアメリカの国益のため兵器に改造されようとしている12歳の少女。今、まさに道具にされようとしている人間。
—―この子は、私だ。
慧子は思った。そして、アオイを絶対にアメリカの殺人兵器にはさせないと誓った。
 慧子は、故意に改造手術を失敗させ、アオイに殺傷能力を与えなかった。そして、二年前、アオイとともに日本での任務に送り込まれると、アオイを連れて脱走した。

「慧子、なに考え込んでんだ」
アオイの声が慧子を現実に引き戻す。
「『あたしをマシンとして見るな』って文句つけたから気にしてるのか? 気にすんな。あんたの本質が二年くらいで変わるとは思っちゃいない。からかっただけだ」
アオイが慧子の目をのぞきこみ、いたずらっぽく笑う。
 幸田がすまなそうに頭をかきながら、
「『マッド・エンジニアの目に戻ってる』なんて言って、すまなかった。肝心のアオイちゃんが気にしてないのに、私がとやかく言うことじゃなかった」
「そのとおりだ、幸田。あんたは、いつも、一言多い」
アオイが幸田の肩をどつく。

「いえ、考えてたのは、そんなことじゃなくて、和倉さんの警護をどうしようかと……」
慧子は、アオイと幸田の気持ちが嬉しかったが、礼を言っても二人が居心地悪いかもしれないと思い、話を切り替えた  。
「なんだ、それなら簡単な話だ」
幸田が気楽な調子で答える。

「6. シェルター」につづく


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