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「日本昔話再生機構」ものがたり 第5話 浦島太郎の苦悩 5. 責められる乙姫

『第5話 浦島太郎の苦悩 4. 老人にならなかった浦島太郎』からつづく

 『浦島太郎』を演じたクローン・キャストたちは、変身のまま竜宮城内で「昔話成立審査会」からの成立・不成立判定を待っていた。全員の脳内で時空超越通信装置が起動した。
「『昔話再生審査会』から通達。『浦島太郎』は不成立。不成立理由は浦島太郎役のサボタージュ」
冷たい声が流れ出した。

 キャストたちが一斉にどよめいた。
「サボタージュだって!」
「タローの奴、なにやったんだ!」
「信じらんない!」
キャストたちの間でテレパシーが飛び交う。
「くそっ、俺たちの苦労が水の泡じゃないか」
毒づいて魚への変身を解いてしまうキャストもいる

 乙姫は自分の顔から血の気が引いていくのがわかった。不成立理由は通常翌日に伝えられるもので、即座に届くのは例外だ。それだけ「成立審査会」が怒っているということだ。

 乙姫の侍女のひとりが変身を解いて近づいてきた。病欠したキャストの代役として遊軍チームから来てくれた応援キャストだ。
 『浦島太郎』を演じるクローン・キャストは固定していてA、Bの2チームがある。乙姫(M1958、愛称キキョウ)はAチームの乙姫だ。チームに病欠者が出たときは、相方のチームからではなく、色々な昔話の欠員補充を担当する遊軍チームから応援が入る。

「乙姫さん、あんた、タローが『昔話審査会』から見えにくいように小細工してたよね。タローから、なんか聞いてたんじゃないの?」
応援キャストがキキョウに詰め寄って来た。
「いいえ、何も聞いていません」
というより、キキョウがタローの具合をいくど尋ねても、タローは口を閉ざして何も言わなかったのだ。
 
 応援キャストが険悪な目で茜をにらんだ。
「あたしが見たところ、タローは顔色が悪くて、まるで生気がなかった。あんたがヘルプデスクに緊急回収を要請してれば、あたしたちが最後まで演じた挙句に『不成立』なんて破目にならないで済んだはずよ
キキョウは、応援キャストがテレパシーをその場にいるキャスト全員向けにオープンで送っていることに気づいた。全員の目がキキョウに集まる。

 ウミガメが
「乙姫は『浦島太郎』を始める前にヘルプデスクに相談しましたよ」
と、とりなすように割って入った。
「始める前に相談されて中止にするヘルプデスクはいないわ!」
応援キャストがウミガメに厳しい視線を向けて一喝し、キキョウに向き直る。
「ヘルプデスクは再生が始まった後に不調の連絡を受けて、初めて動くんだ。あんた、『浦島太郎』が始まってから、ヘルプデスクに連絡したか?
 キキョウは黙って首を横に振った。総勢50人近いキャストでスタートした「浦島太郎」の再生を中止にする度胸はなかった。タローが普通でないことには気づいていたが、何とか最後まで持ちこたえてもらいたいと思っていた

あんたは、乙姫失格だよ
応援キャストが吐き出すように言った。
「乙姫は『浦島太郎』という芝居の座長だ。座長にはキャストみなに目を配り芝居を円滑に進める務めがある。それだけじゃない。最近のようにキャストみんなが疲れ果てるときは、キャストにムダ働きさせないことも、座長の大事な仕事だ
 応援キャストが言うことは正しかった。少数のキャストで再生する昔話ではリーダー役を定める必要はないが、「浦島太郎」のように多数のキャストが参加する昔話ではリーダーが必要で、それは主演キャストなのだ。
「あんた、自分の経歴に傷をつけたくないと思って、再生を強行したんだろ。そのおかげで、みんながムダ働きさせられた」
応援キャストがキキョウの衣の胸倉をつかんだ。

「私は、このあと、休みなしに『舌切り雀』が入ってるんだけどなぁ」
同じAチームでキキョウとは馴染みの侍女、モモがぼやいた。同じく侍女役のツツジが
「小梅チームがしくじったから?」
と尋ね、モモがため息をつきながら答える。
「小梅がしくじってなきゃ、今年はもう再生しなくて良かったのに」
「俺は、明日『猿の尾はなぜ短い』だよ」
魚役のトモが言う。
「あれか? ケンタが余計なことして不成立になったやつか?」
同じく魚役のキチが尋ね、
「あぁ」
とトモが答える。

 応援キャストが
「わかったろ、みんな、スケジュールが詰まってんだ。出だしから調子の悪い再生はサッサと中止して、少しでも休みたいってのが、みんなのホンネなんだよ
と言ってキキョウを突き飛ばしながら、キキョウの胸倉をつかんだ手を離した。
 キキョウはうなだれ、オープン・テレパシーで
「みんな、ごめんなさい。私の判断ミスでした」
と謝るしかなかった。

『第5話 浦島太郎の苦悩 6. 審問』につづく