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「日本昔話再生機構」ものがたり 第5話 浦島太郎の苦悩 13. 心 棒

『第5話 浦島太郎の苦悩 12. 存在価値』からつづく

 目を丸くしているキキョウに茜が言った。
「ごめんなさい。熱く語り過ぎたわね。ラムネ星人や地球人――いえ、それだけでなく仲間のクローン・キャストにだって――私の価値を決めさせないという気持ちは、私の心棒みたいなものだから、つい熱くなってしまった」
「でも、茜さんは誰からも優秀なキャストとして評価されています。私も、私が知っているキャストの中で、一番だと思っています」
「評価は他人が勝手にすること。私は、自分の仕事が楽しければ、それでいいの」

「評価されるより、仕事が楽しい方が大事……ということですか?」
怪訝な顔で尋ねるキキョウに茜が微笑んで返した。
「昔話を演じに送り込まれた先がその話と全然合っていないことが、たくさんあるでしょ」
キキョウはうなずく。それは、キキョウも散々経験してきた。
「そういう環境でも、なんとか昔話を成り立たせようと、知恵と工夫と根性で頑張る。でも、それ以上頑張ったら自分が壊れてしまう限界もある。どこまで頑張って、どこでギブアップするかを自分で決め、仕事と自分を守ることのバランスを取っていく。これが、私にとってはゾクゾクする冒険なの
「冒険……ですか?」
「そう、冒険。自分が生きているんだって、全身で感じられる体験」
そう言って、茜が目を輝かせた。
「茜さんは、そういう風に思って働いてこられたのですね」
そう言うキキョウには、心に感じるものがあるようだった。

【茜は、彼女にとって昔話再生は冒険だと、小梅にも語っている】

 キキョウが改まった口調になった。
「茜さん、今のお話をタロー君にしてあげてもらえませんか? 特に、『自分の価値は自分が決める』という考え方を」
「キキョウさん、ごめんなさい。今の話は、キキョウさんのヒントになればと思って、したの。キキョウさんが、昔話再生にしくじったら存在価値がないように感じることがあると言ったから、つい心配になってお節介を焼いてしまった。でも、これが今のタロー君に役立つとは、私は思わない」

「どうしてですか?タロー君はすごく偏った狭い見方で自分を見て、それで苦しんでいると思うんです。茜さんの話を聞いたら、違った目で自分を見ることができると思います」
「そういうことが起こるとしても、それは、今ではないと思う。タロー君は、きっと疲れていたのよ。『浦島太郎』の主役は、自分がしくじったら50人近い仲間の努力がムダになると思ってしまうから、すごいストレスを感じる。あなたも乙姫役だから、わかるでしょ」
キキョウは今回の再生失敗の後に仲間から責められたこと、そのことで自分が打ちひしがれたことを思い出し、うなずいた。
「今のタロー君には、『浦島太郎』のことなんか完全に忘れてひたすら休むのが一番だと思う」

 キキョウの顔が曇った。
「では、私も……会わない方が……」
「そうね。キキョウさんの顔を見ると、どうしても『浦島太郎』を思い出すでしょうし、それだけじゃなくてキキョウさんに申し訳ないことをしたと思って、また自分を責めてしまうかもしれない。タロー君の疲れが取れるまでは、会いに行かない方が良いと思う」

 キキョウが肩を落とした。茜は立ち上がり、キキョウの後ろに回って、彼女の肩に優しく手をのせた。
「今は、離れたところから見守ってあげるのが一番だわ。お見舞いに行けたということは、病院の先生からタロー君の様子を聞くことはできるのでしょ?」
「はい、タロー君を診てくださっているラムネ星人のお医者さんは『機構』の産業医スリナリ先生と親しくて、クローン・キャストが仲間のキャストの見舞いに行っても受け入れてくれますし、容態も教えてくれます」
「それは良かった。その先生と相談して、タロー君の疲れが癒えてから会いにいけばいい」
「そのときは、茜さんも一緒に来てください」

「いいえ。私が今日キキョウさんに話したことは、多分、タロー君にとっては異次元の話で、彼がいっぺんにそこまで飛ぶことはできないと思う。また、その必要もない。自分の心棒は自分で立てるものだから
「そうなのですか?」
「そうよ。キキョウさんも、キキョウさんの心棒を自分で立ててね。ところで、地球産のココアを手に入れたの。美味しいわよ。一緒に飲まない?」
「はい。ご一緒させてください」
「じゃ、今、作るわね」
そう言って台所に立つ茜を、キキョウは眩しいものを見るような目で見つめるのだった。

『第5話 浦島太郎の苦悩 14. (最終回)光 点』につづく