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「日本昔話再生機構」ものがたり 第3話 産業医の闘い 2. 「日本昔話再生機構」の沿革

『第3話 産業医の闘い 1. 産業医の憂鬱』からつづく

月例部長会議の席で敗北を喫したエル・スリナリ産業医は、クローン・キャストたちと「日本昔話再生支援機構」のこれまでの歴史を振り返っていた。

1.並行世界:地球とラムネ星

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 銀河系の並行宇宙に、ラムネ星が存在していた。ラムネ星の景観、そこに生息する植物、動物、そしてヒト型の生き物は、すべて地球のそれに酷似していた。ラムネ星が地球の並行世界なのだから、当然の話ではある。

 宇宙の法則どおりであれば、2つの惑星はお互いの存在を知らぬまま、それぞれの時を刻み悠久の彼方に終焉を迎えるはずだった。
 しかし、ラムネ星人が宇宙の秩序を恐れぬある企てを起こしたことが、2つの惑星の運命を大きく変えてしまうことになる。

2.ラムネ星「ブラックエナジー・ジェネレーター」爆発と日本の災難

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 ラムネ星は鉱物資源ラムネリウムにエネルギーを依存していたが、ラムネ星統合暦2000年に、ラムネリウムが100年以内に枯渇するという予測が決定的になった。新エネルギー源の開発を迫られたラムネ星統合政府は、宇宙空間のブラックマターから無限のエネルギーを取り出す「ブラックエナジー計画」を開始した。ラムネ星統合歴2020年のことである。
 ブラックマターからのエネルギー抽出に対しては宇宙の秩序を破壊するものとして反対の声が強かったため、計画は極秘裏に進められた。
 
 ラムネ星統合暦2050年1月1日、運命の瞬間が訪れた。巨大な人工衛星に搭載された「ブラックエナジー・ジェネレーター」がブラックマターからエネルギーを抽出し始めたのだ。
 しかし、プロジェクトは開始後30分で破局を迎えた。ジェネレーターが大爆発を起こし、人口衛星もろとも消滅したのだ。この時、ラムネ星統合政府は、まったく未知の巨大なエネルギ―が宇宙の彼方に放出されたのを確認した。

 「ブラックエナジー計画」反対者からの責任追求を恐れたラムネ星統合政府は、計画の失敗を完全に隠ぺいした。一般のラムネ星人たちは、自分たちが宇宙に致命的な打撃を与えたかもしれないことなどつゆ知らず、従来通りの生活を続けた。

 「ブラックエナジー・ジェネレーター」の爆発により放出された巨大エネルギーは時空間を激しく歪め、並行世界の地球に殺到した。地球標準歴3050年のことである。
 地球のオゾン層がエネルギーの直撃から地表を守ったが、一カ所だけ例外があった。それは日本だ。日本は、自然の許容限界を超えた工業活動によって上空のオゾン層を極めて脆弱なものにしていた。並行宇宙から飛来したエネルギーは日本上空のオゾン層を突破し、日本人と日本の国土を直撃したのだ。
 エネルギーの衝撃波が日本の国土の50%を荒廃させた。地球上の多くの国々が日本製の工業製品に依存していたから、地球連邦政府は、日本が自然エネルギーへの転換を進めるという条件つきで、日本の復興を支援した。

 日本の経済復興への道筋がついた地球標準歴3070年、日本政府の国民精神衛生調査で、驚くべき事実が明らかになった。日本人の脳から,「日本昔話」の記憶が前回5年前の調査時に比べ平均40%減少していたのだ。「日本昔話」は、はじめは口から口へ、出版物等の情報媒体が発達してからは媒体から媒体へと伝承され、日本人の共同的無意識を構成すると同時に、日本人と日本の国土を結びつける唯一無二の絆となっていた。その記憶が、日本人の脳から失われている。


3.日本人の「日本昔話」記憶喪失


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 日本の経済復興への道筋がついた地球標準歴3070年、日本政府の国民精神衛生調査で、驚くべき事実が明らかになった。日本人の脳から,「日本昔話」の記憶が前回5年前の調査時に比べ平均40%減少していたのだ。「日本昔話」は、はじめは口から口へ、出版物等の情報媒体が発達してからは媒体から媒体へと伝承され、日本人の共同的無意識を構成すると同時に、日本人と日本の国土を結びつける唯一無二の絆となっていた。その記憶が、日本人の脳から失われている。

 この恐るべき発見を受け、日本でもトップクラスの科学者と巫女たちが集められた。この時代、人類は科学の限界に目覚め自然現象の解明と将来予測には、必ず巫女たちの力を借りるようになっていた。集められた科学者と巫女たちは、宇宙からの巨大エネルギーに直撃された日本人の脳の中で、「日本昔話」の記憶を保持する機能が損傷を受けたと結論づけた。
  

4.日本人とその国土の消滅予測

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 科学者と巫女のグループは記憶喪失の原因追究だけでなく、それがもたらす将来の結果も検討した。グループの予測は、日本政府を震撼させるものだった。
 科学者と巫女のグループは、日本人と日本の国土を結びつける唯一無二の絆である「日本昔話」の記憶が日本人の脳から失われると、日本人と日本の国土が同時に地球から消滅すると予測したのだ。科学者たちは、消滅が始まる臨界点は記憶の消滅率70パーセントと算出した。
 
 日本政府は、極秘裏に地球連邦政府に再検証を依頼した。全地球の「ベスト・アンド・ブライテスト」の科学者と巫女たちが南極の秘密基地に集められ、日本の将来予測を行った。その結論は、日本の科学者と巫女たちが出したものと同じだった。こうして、日本消滅の予測が確定した。
 南極基地に集められた「ベスト・アンドブライテスト」たちは、日本の科学者と巫女たちができなかった、巨大エネルギー発生源の特定に成功した。日本人の脳機能を低下させたエネルギーが地球の並行世界、ラムネ星から放出されたことを突き止めたのである。

5.地球連邦政府からラムネ星から統合政府への損害賠償請求


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 地球標準歴3080年地球連邦政府はラムネ星への損害賠償請求を決定した。それは、ラムネ星の植民地化も視野に入れたものだった。時空を超えてラムネ星に到達するための時空転移装置の開発が急ピッチで進められた。
 
 地球標準歴3090年、地球連邦政府は未処分のまま残されていた熱核兵器すべてと地中深く保管されていた高濃度放射性廃棄物を宇宙空間で炸裂させた。巨大エネルギーの放出で時空間を歪めラムネ星に通じる時空超越トンネルを開削しようとしたのだ。地球連邦政府の狙いは的中し、地球とラムネ星をつなぐ時空超越トンネルが開通した。

 地球標準歴3090年、ラムネ星統合歴2090年地球連邦政府の全権大使が時空転移装置でラムネ星に降り立ち、ラムネ星統合政府に対し損害賠償請求を突き付けた。その内容は、ラムネ星統合政府をパニックに陥れた。
 まず、損害賠償額が巨大だった。それは、ラムネリウムに替わるエネルギー源を開発できず経済が停滞していたラムネ星にとっては、支払い不可能な額だった。
 地球連邦政府の請求には、もっと恐ろしい内容も含まれていた。損害賠償がなされない場合、ラムネ星人が免疫を持たない地球のウイルスを送り込み、ラムネ星人を根絶させると脅迫してきたのだ。

6.ラムネ星にとっての恐怖の予測

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 ラムネ星統合政府は必死の外交努力で時間を稼ぎつつ、ラムネ星の「ベスト・アンド・ブライテスト」の科学者と巫女を集め、地球連邦政府の主張の妥当性を検証させた。
 その結果、地球連邦政府の予測が妥当であることが確認されたが、ラムネ星の「ベスト・アンド・ブライテスト」たちは、ラムネ星に関わる恐ろしい未来予測にも到達した。それは、地球上で日本人が消滅するとき、それと同じ数のラムネ星人も消滅するというものだった。


7.ラムネ星の対策案

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「ベスト・アンド・ブライテスト」たちは日本人とその国土、およぶ日本人と同数のラムネ星人の消滅を防ぐため、の、ラムネ星人が日本の「むかし、むかし、あるところに」飛び、同じ「日本昔話」を繰り返し、繰り返し再生するプランを提案した。
 
 過去において同じ昔話が出現する回数を限りなく増やす。すると、その昔話が後世に伝えられる機会も圧倒的に増え、昔話が過去の日本人の脳に深く刻まれる。
 そのことで、過去の日本人の末裔である現代日本人が昔話記憶を喪失することを防げる。そう考えたのだ。ラムネ星と地球は元々別の宇宙に存在するので、ラムネ星人が地球の過去に時空転移しても地球のタイムラインに悪影響はないと考えられた。

 しかし、ひとつ問題があった。「日本昔話」のメイン・キャラクターは人間だけではない。イヌ、ネコ、サル、クマ、キツネ、タヌキなどの動物、さらにはお地蔵さんや茶釜などの物体までが重要な役割を果たす。
 この問題への打開策として打ち出されたのが、遺伝子操作で変身能力を組み込んだラムネ星人のクローンを地球に送り込むことだった。

 

8.ラムネ星統合政府の昔話再生策と地球連邦政府の同意

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 ラムネ星統合歴2091年、地球標準歴3091年、ラムネ星の提案が地球連邦政府に伝えられた。地球の「ベスト・アンド・ブライテスト」が検証した結果は、「効果のほどは定かでないものの、悪影響もない」というものだった。
 
 地球連邦政府の一部からは、ラムネ星の提案を突っぱね直ちにラムネ星を植民地化すべきとの強硬意見も出た。日本政府はこうした強硬意見に強く反発し、地球連邦政府に対し宣戦布告する構えを見せ始めた。
 
 開戦となったら日本に勝ち目がないのは明らかだったが、この時代の地球人は、流さずに済む血は流すまいと考える程度には進歩していた。地球連邦政府は、クローン人間派遣に関わる一切の費用はラムネ星が負担するという条件つきでラムネ星の提案を受諾することにした。地球標準歴3092年、ラムネ星統合歴2092年のことである。

9.「日本昔話再生機構」活動開始

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 ラムネ星統合暦2095年、地球標準歴3095年、ラムネ星統合政府と地球連邦政府は「日本昔話再生条約」を締結した。この条約により、ラムネ星統合政府が「日本昔話再生機構」を設立することが決定された。「日本昔話再生機構」は遺伝子操作によって変身能力を付与したクローン人間を製造し、「日本昔話」を再生する演者、つまりクローン・キャストとして訓練する。そして、時空転移装置で「むかし、むかし、あるところの日本」に送り込み「日本昔話」を可能な限りの回数、再生させることとなったのである。

 ラムネ星と地球を結ぶ時空超越トンネル内に地球・ラムネ星合同の「昔話成立審査会」を設置し、昔話再生の進行を監視し、その成立・不成立を判定することも決定された。時空超越トンネルからは、地球の過去のどの時間・どの場所での出来事も観測することができたのである。

 「日本昔話再生条約」は、3年間の期限つきとされた。ラムネ星のクローン・キャストが3年間「日本昔話」の再生を続けても日本人の昔話記憶に改善が見られない場合、条約は打ち切られ、ラムネ星統合政府は直ちに地球連邦政府の損害賠償に応じることとされた。

 ラムネ星統合歴3000年、地球標準歴4000年、クローン・キャストの「むかし、むかし、あるところの日本」への派遣が始まった。
 「日本昔話再生機構」によるクローン・キャスト派遣が開始されて70年経ったラムネ星統合歴3060年、地球標準歴4060年現在、日本人の昔話記憶は改善してはいないが、下げ止まっている。


『第3話 産業医の闘い 3. ギムレット』につづく