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「日本昔話再生機構」ものがたり 第5話 浦島太郎の苦悩 8. 鬼部長たち

『第5話 浦島太郎の苦悩 7. 部長対決』からつづく

 管理部長と育成部長は無言でにらみ合いを続けていた。管理部長の最大の関心事はクローン・キャストたちに示しをつけることだが、育成部長から規則違反を指摘され、迷いが生まれていた。
 そこに、技術部長が思いがけない情報を持ってやってきた。
「玉手箱から白い煙が出なかったようです」
「なんやて?」と、育成部長が驚く。
うちの巫女は、玉手箱から白い煙が出るのを見ませんでした
技術部長が言った。
「うちの巫女」とは、「昔話成立審査会」に審査員の目として配属されているラムネ星人の巫女のことだ。

「昔話成立審査会」は、ラムネ星と地球を結ぶ時空トンネルに設置された観察ポストから昔話再生を観察している。「審査会」は地球人審査員4名・ラムネ星人審査員3名の合計7名で構成され、審査員長は地球人審査員が務める。 
 だが、審査員には時空の彼方の状況を肉眼で見る能力はない。代わりに巫女の超能力が審査員の「眼」となる。 
「審査会」には地球人とラムネ星人の巫女が各1名ずつ配属され、彼女たちが昔話再生を霊視する。彼女たちが霊視した状況が審査員室のメインスクリーンに映され、審査員たちはこの映像を見て成立可否を判定する。
 
 ただし、メインスクリーンに現れるのは2人の巫女が共通して見た状況だけで、どちらか1方だけが見た状況は参考映像としてサブスクリーンに映される。参考映像は成立可否の判定には使われないが、不成立の原因特定には使われる。だから、通常は不成立判定の通告に遅れて不成立原因が通告されるのだ。

「日本昔話再生機構」の幹部職員たちは「再生審査会」づきのラムネ星人巫女を身内扱いして「うちの巫女」と呼ぶ。巫女も、本来は中立な「眼」に徹すべきだが、ラムネ星の利害を強く意識している。ラムネ星人巫女と「機構」の間には地球連邦政府から秘匿した極秘通信回路があり、今回の情報もその回路を通してもたらされたものだった。

「白い煙が出えへぇんかった状況は、参考用映像になったっちゅうことか」
「ええ」
「『審査会』はM1837のサボタージュが不成立の原因だと即決している。煙が出るかどうかは、『浦島太郎』の成立要件ではないのだろう
と管理部長が言った。M1837は浦島太郎を演じたクローン・キャストの登録番号だ。
「そうとも限らないのです」
と、技術部長が返す。
「なぜだ?」
地球人審査員のうち2人が参考映像を見ていて、判定理由の再考を求めているのです」
技術部長の言葉に管理部長が激高した。
そんな要求、審査員長が一蹴すればいい。まともに取り合ったら、審査員長の権威が地に堕ちる

「管理部長、今回の『審査会』はCチームです」
技術部長が冷静な声で言った。
「なに、Cチーム……」
管理部長が絶句した。
「昔話成立審査会」にはA、B、Cの3チームがあり、A、Bの2チームは管理部長が言いなりに操れるが、昨年新設されたCチームはまだ攻略できていなかった。

 技術部長が説明を続ける。
うちの審査員の一人が参考映像に気づいて『サボタージュ!』と叫び、それにつられて審査員長は『サボタージュ』と宣言してしまった。それが審査員室の状況だった。そう、うちの巫女が言っています」
「機構」幹部にとっては、「審査会」のラムネ星人審査員も「うちの審査員」だ。
うちの審査員は、玉手箱の不調から審査員長の目をそらしたんやな。大したもんや」と、育成部長がうなる。

「Cチームの審査員長は若くて経験不足だそうです。だから、うちの審査員の言葉につられてしまったのだと思います。ですが、経験不足だけに、他の審査員の意見には謙虚に耳を傾けると、うちの巫女が言っています」
「そんなのは、単なる弱腰だ。審査員長を務める資格がない!」
「管理部長がそない言わはっても、審査員長は地球連邦政府が決めるもんやさかい、ねぇ」
と言って育成部長が技術部長を見る。管理部長が憤怒の表情で育成部長をにらみつけた。

「技術部の備品課に地球連邦政府の監察が入る可能性があります」
それまで冷静かつ無表情に語っていた技術部長の顔が、初めて曇った。
3人の部長は、お互いに顔を見合わせ、室内に沈黙が訪れた。

 最初に沈黙を破ったのは管理部長だった。
技術部長、君は玉手箱に技術的不良がなかったか調べ、もしあったなら、全ての証拠を隠滅するのだ
「M1837は、どうします? 地球連邦政府の監察官はM1837からも聴取する可能性があります」
技術部長が尋ねる。
M1837は、私の当初決定どおりラムネリウム鉱山に送る。その途中で、奴を乗せたLVが不幸な事故に遭う
管理部長が冷え冷えした声で答えた。LVとは、Levitation Vehicle(空中浮遊車)の略で、ラムネ星内の主要な移動手段だ。

「管理部長、それはいけません」
育成部長が反論した。
M1837を殺したりしたら、証拠隠滅を疑われます
「誰が、殺すと言った! 奴は不幸な事故に遭うんだ」
管理部長がツバを飛ばす。
「管理部長、LVの事故率は0.5パーセントです。このタイミングでM1837を乗せたLVが事故に遭ったら、監察官の疑いを招くのは確実です」
今度は技術部長が反論した。
M1837が煙は出なかったと証言したら、君が追及されるんだぞ。それでいいのか!
管理部長が技術部長に詰め寄り、技術部長は「それは……」と消え入るような声で言い、うなだれた。

「もし、煙が出ておらんかったら、M1837を生かしたまま口止めするしかおまへんな」
育成部長が飄々と言った。
「口止め? どうやって?」
管理部長が訊き返す。
『ラムネリウム鉱山での強制労働とクローン・キャストを続けるのと、どっちがえぇ?』と迫ったら、クローン・キャストを続けたい言ぅと思いまへんか?」
「言わなかったら?」
「その時は、致し方ありまへんなぁ」
技術部長が顔を上げ、二人の先輩部長の顔を見た。
――この人たちは、鬼だ。
技術部長はそう思ったが、その鬼のおかげで自分の首がつながることも確かだった。

『第5話 浦島太郎の苦悩 9. タロー、突然死?』につづく