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モテたくて頑張ったこと

心の中で「モテたい!」と「モテなくてもいいよな」がルームシェアをしている。正直どちらかには出ていってもらいたい。早くルームシェア解消しろよと思う。だって大人になってまで一緒に住んでるの、恥ずかしいでしょ。


中学生の時は剣道で頭がいっぱいだった。授業中も休み時間も、どうやったら上達できるかしか考えていなかった。

でも脳の割合が剣道100%だとしんどいから、星野源のことを考えていた。偶然聞くことができた「SUN」が胸に響いてハマったのを覚えている。逃げ恥の恋より先に星野源にハマった自分のセンスには、少しだけ信用できる。

中学生にもなると大人ぶりたい14歳が大勢いた。みんな誰かを好きになって、告白を経て付き合っていた。女心とか誰かを好きになるとか、正直よくわからなかった。告白をされても興味はないから振ってしまっていた。何が正解かもわからないまま、やっぱり剣道のことを考えていた。

モテるかモテないかだったら、モテたほうがいいということぐらいわかっている。でもかなり勝手だけど、自分が好きになった人にだけモテたいと思っていた。だって好きになれない人にモテたとしても、それ以上の発展は望めなかったから。失礼だし、良くない考え方だと今になって思う。まあ自分が好きになることがなかったので、そもそも成立しなかったものだけど。

でもやっぱりモテてみたいと思う気持ちは少しあって。なんとなくモテるということを体験してみたかった。こんな感じなんだと理解ができれば、これからの人生のスタンスを明確にできそうだったから。

モテるってなんだろうと考えた時に、ピアノを弾ける男ってかっこいいのではと辿り着いた。上手とかすごいとか、意外なギャップとかマイナーな輝きを持っていたりだとか。つまり、予想を裏切ることがモテることに通ずるのかなと思っていた。

素人なりにピアノの曲を勉強し練習した。モーツァルトとか久石譲とか弾けたらかっこいいけど、ハイレベルな演奏は難しかった。短期間でモテるという体験をしてみたかった僕にとって、彼らの曲を練習することは総合的に考えてみると割りに合っていなかった。

色々考えた結果、右手だけで星野源の曲のサビをマスターしようと決めた。片方だと両手よりも覚えることが少なく、そこまで時間が掛からなかったのですぐにできるようになった。

音楽の授業が始まる前に誰よりも早く音楽室に行った。そして、音楽室の端にある授業で使わないピアノを右手だけで演奏した。左手はだるそうに頬杖をついて、時間を潰していますよという雰囲気を纏いながらピアノを弾いていた。

恋やSUNを右手だけで演奏していると、女の子が数人集まってきた。

「ピアノ弾けるのすごいね」
「そんなイメージなかったよー」
「ギャップあっていいね、素敵だね」

心の中ではガッツポーズをしていた。予想通りの展開すぎて、正直、自分に驚いていた。まあそんな表情は顔にも出さず、ちょっとだけ弾けるんだとスカしていた。

両手で弾いてよー、◯◯って曲とか弾けるの?とか言われたけど、勿論無理だ。幼稚園からピアノを習っていた訳でもないし、絶対音感も持っていない。

「そろそろ授業始まるからまた今度ね」
そんな感じで切り上げて、授業を受けていた。

これがモテるってことなのかもな、ポジティブな裏切り要素がいっぱいあればもっとモテるのかもしれない。次はどんなギャップでいこうかな。作戦を脳内で考えている時間は、すごく楽しかった。

一週間後の音楽の授業前、またピアノを片手で弾こうかななんて思いながら音楽室に着くと、同じクラスの女の子がピアノの前にいた。

あの子こんなに早く来るんだっけ、なんて思いながら自分の席に座ると、彼女は両手でピアノを弾き始めた。

圧巻だった。なんの曲かはわからなかったけど、絶対に聞いたことがある曲だった。ぞろぞろとクラスメイトがやってくる。みんな彼女のピアノの虜だ。

「◯◯ちゃんすごーい!」
「嵐の曲とかも弾けたりする?」

次々とリクエストに応え、いろんな曲を奏でていく。ああ、これは本物だ。2週間程度の努力しかしてない自分じゃ勝てっこない。感動、諦念、羨望。僕の心はさまざまな感情が入り混じっていた。

結局モテてはない。片手ピアノなんて、本物の凄さにかき消されていった。でも、女子に褒められた時はすごく嬉しかった。モテるというよりは、無意識な承認欲求が満たされただけなのかもしれない。インスタ女子かよ。


作為的な行動はやっぱり少しだけ不純なんだと思う。多分あの子は幼稚園から一生懸命にピアノを頑張ってきたからこそ、人の心を震わせる音色で弾けたに違いない。

モテるって意識した瞬間に、何かが偽物になるのかもしれない。女子の前でカッコつけたサッカー部がシュートを外すみたいなものなんだ。やっぱり無我夢中な姿が一番魅力に見えるものなんだ。背伸びと一緒。本来の自分から一回り離れてしまうから。

こうして僕の心に、「モテなくてもいいよな」が入居してきた。モテたいが引越しする前に入居したから、まだ一緒に暮らしている。たぶん「モテたい!」が心の中からいなくなったら、男と女という性別で分けなくていいはず。やっぱり男女という2つの種類が現存しているのには何かしらの意味がやっぱりあったんだと思った。

自然体がやっぱりその人本来だし、カッコつけてないし、スカしていない。僕は諦めて素直に自然体で生きていこうと誓った。14歳にしては落ち着きすぎていたのかもしれない。変におとなしい中学生時代を過ごしていた。

「四月は君の嘘」という漫画が大好きだ。こんな恋をしてみたかったな。ピアノを弾けたらいいなって思っていたけど、この漫画を読んで無理だと思った。そこからはもう剣道だけをひたすらに取り組んだ。あの時頑張って良かった。

もう剣道やってないけど。





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