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『なにがたりない』 上演台本

はじめに(この作品について)

演劇企画 どうにもならない毎日に光を。vol.1
『なにがたりない』

初めて自分の団体(かるがも団地)以外で、舞台の台本を書かせていただきました。2019年に王子スタジオ1にて行った第2回公演を見に来てくださった演出の方にお声がけいただきました。本当にありがたいお話です。ご縁とはこのことです。

大人になるにつれて純真無垢な恋心だけでは恋愛できなくなってしまう、そんなことをモチーフにした恋愛ものを!というオーダーをいただきました。かるがも団地では”まともな恋愛もの”は少々やりづらいので(団体のカラーとあまり合致しない。そして劇団員も口を揃えて言うでしょう、「私たちの手にはおえない」と。)、挑戦できるまたとない機会だなと思いました。

僕一人の恋愛経験では取り出せるものが少なすぎて、少なすぎて、周囲の方に話を聞いたり、何本か映画やドラマも見てみたり、しかし参照しすぎても単なるトレースになってしまうしetc...… 丁度緊急事態宣言下で、お家やネットカフェにこもってごにょごにょしながら書き進めました。制作の傍らコーヒーを豆から入れることにはまり、飲みすぎてカフェインの利尿作用で膀胱の調子が悪くなるなど、様々な自業自得を積み重ねながらなんとか書き上げました。

(※以下はただの自分語りです。忙しい人は★まで飛んでください。)
いつも物語を立ち上げる時にこだわりたくなっちゃうのが「テーマ」「場所」「ムード・雰囲気」です。「テーマ」については上述した通り。
以下は「場所」と「ムード・雰囲気」について少々戯言です。

物語の舞台は横浜市保土ヶ谷区です。大都会!港町!な横浜ですが、市の半分以上はそら普通の住宅街ですし、今回モデルにした大学はむしろ山の中にあります。相鉄の和田町駅を出て、駅前商店街を抜け、勘弁してくれと言いたくなるほどの長い坂道を上ると今回モデルにした某国立大学があります。

ここを舞台に物語をつくってみたい、そう最初に思ったのは、実は7年前。
僕はこの某大学のオープンキャンパスに行くため、高3の夏、秋田から一人都会にやってきておりました。で、汗だくになりながら、この長い坂を歩いているときに丁度聴いていたのが、サニーデイ・サービスの「さよなら!街の恋人たち」という曲です。

気が付けば何度も何度も繰り返し聴いていました。他の何にも例え難い哀愁を引っ提げて疾走していく5分間。今作の制作中もBGMにしていました。

初めてこの曲を聴いた時から、僕はなぜだか『灰色の苦い恋愛の渦中にいる若者たち』というイメージを強~く感じていたのでした。それもなかなか愛憎入り混じるドロドロとした関係性。あるいは、もう"終わっている"に等しいのに、必死に相手にすがってしまっているような関係性。
所詮は高3、まだろくに恋も知らなかったのに、なんだってそんな暗い想像をしていたのか……。今となってはよく覚えていません。

ともあれ、この曲とあの坂道と苦い恋というモチーフの掛け算ができたら、何か良い物語が生まれそうな気がする、そんな予感だけは、高3の頃からずっと頭の片隅にありました。
当時は人生経験も筆の力もあまりにも無かったけど、多少は恋愛というものを経験して、酸いも甘いも知った今なら、あの時感じた漠然としたムード・空気感を形にできるのではないかと思ったのでした。

あ、某大学は何も悪くないです。これはほんとうに。
キャンパスに何度かお邪魔しましたがいい大学です。



さいごに、依頼をしてくれた演出のいち。さん、キャスト・スタッフの皆さま、ご来場いただいたお客様、取材と称しながら結局宮野と3人で普通の呑み会になっちゃったけど付き合ってくれた助川さん、アドバイスをくれた松本君と三輪さん、快適な作業環境をくれた渋谷と自由が丘のネットカフェ、そしてこの拙作を購入いただいた皆様、本当にありがとうございました。

よろしければどこかで感想を聞かせてもらえると嬉しいです。
藤田恭輔


『なにがたりない』上演台本

作:藤田恭輔

【登場人物】
三船悠作 (みふね ゆうさく・21)
日比野かなえ (ひびの かなえ・21)
笠松玖海 (かさまつ くみ・20)
守利梢 (もうり こずえ・21)
浅香紘明 (あさか ひろあき・24)
緒川璃美佳 (おがわ りみか・24)
矢吹瑛介 (やぶき えいすけ・21)

梢の上司
斎藤
店員
撮影現場の人

第1幕

○横浜の繁華街・2020年9月下旬(夜)

 暗転の中、デジタルカメラで写された写真が舞台上に映し出される。
 横浜駅西口五番街、元町など。横浜の街並み。
 ところどころに梢が写っている。
 三船悠作(21)と、恋人の守利梢(21)が写真を見ながら話している声が聞こえてくる。
 夜の常磐公園の写真。手持ち花火を持つ梢の写真。

梢の声 持ちすぎ(笑)
悠作の声 こんなのボヤだよボヤ(笑)
梢の声 よく怒られなかったよね

 などと思い出を話しながら、
 9月、8月、7月、と、写真を撮影した時期はさかのぼっていく。
 遠くに見える海、相鉄の電車、夜のコンビニ、アイスを食べる梢、
 向日葵の花、和田町駅前、悠作のアパート、悠作の部屋でくつろぐ梢。

梢の声 何これ半目じゃん(笑)消してよね

 やがて、6月に撮影した青いあじさいの花の写真が映る。

梢の声 ?これどこ
悠作の声 あー、鎌倉
梢の声 え、行ったっけ?
悠作の声 いや、一人で散歩しに行ったんだ
   
 会話の裏で、ゆっくりと舞台が明るくなる。
 横浜の街を歩く悠作と梢。
 梢、悠作のカメラを持ち、過去に撮影した写真を見ている。

 (花)綺麗だね
悠作 うん、なんか名所なんだって、ググったら書いてあった
 鎌倉でぼっちは寂しいでしょ
悠作 撮る時は一人の方が集中できるし
 わかってないな、私もつれてけよってことだよ(カメラぐりぐり)おらおらおら
悠作 ごめんて
 じゃ来年連れてってね

 梢、悠作にカメラを返す。

悠作 はいはい
 どこ行く?あ、○○(目線の先に見えた高い飲食店)もいいですねぇ
悠作 勘弁してよ、今月の家賃ふっとんじゃうよ
 むー、じゃ私出す、今日は食欲MAXなのだ
悠作 ええっ
 たまにはこういうところも行ってみたいの。それに学生ちゃんは甘えられるうちに甘えときなさい、残り少ない人生の夏休みを謳歌してればよし
悠作 馬鹿にされてんなぁ。あとで返すよ
 出世払いでいいよ
悠作 いつ返せるか分からないよ
 ねえ、ぶっちゃけカメラマンのアシスタントって給料いいの
悠作 この前内定者の集まりで雀の涙だって言われた
 えー、つら(笑) 席空いてるかみてくるね

 梢、退場。

悠作 大学最後の夏。僕は21年の人生で一番幸せな夏を過ごしていました。僕には、梢という恋人がいました。出版社で毎日忙しなく働く彼女と僕は、同じ高校の同級生でした。

 電車が走りすぎる音。
 横浜市保土ヶ谷区。相鉄和田町駅近辺の写真が数枚映る。
 派手な建物はなく、ごくごく普通の街並み。

悠作 横浜から相鉄線に乗って5駅。「和田町」という駅が、僕が通う大学の最寄りです。最寄りと言っても、大学から駅までは徒歩17分。キャンパスは、華やかな港町からは遠く離れた山の上で、海の気配なんてこれっぽっちもありません。みなとみらいとか中華街を期待して田舎から出てきた僕のような学生は、大抵受験で訪れた時に愕然とします。大学を出て徒歩5分、7畳1Rのアパートで一人暮らし。そこからさらに駅の方へ徒歩10分。古びた商店街にあるカメラ屋が、僕のバイト先です。

 シャッター音。

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