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ボンヴイヴァン「お友達のご家庭へおよばれに伺う。そんな気分でお越しください」人生を愉しむレストランですから

「お友達のご家庭へおよばれに伺う。そんな気分でお越しください。むつかしい顔して、肩肘はらずに、もっと精一杯愉しく一日を過ごす。くよくよしたってはじまらない。温かなスープと一片のパン、それにワインが食卓に並んだだけで至福のひとときが訪れる。・・・・・」

河瀬シェフの著書「人生を愉しむレストラン」(月兎舎編)

1983年、伊勢市にこのフレンチのお店が開業した時に、シェフ河瀬毅氏の古くからの友人が作ってくれたオープンの案内状にはこう書かれていました。

まさにそこに書かれているままの素敵なお店がこの「ボンヴィヴァン」だったのです。シェフが40年近くの年月、かけがえのない仲間たちと作り上げてきた集大成のお店なのです。

伊勢神宮外宮から歩いてすぐという好ロケーションにお店はありました。
この場所にお店を移転してからもすでに24年の歳月が流れたそうです。

建物はレトロで、フランスの田舎かアジアのコロニアル建築のようです。中に入ると、古いものがインテリアとして飾られ、なんだか昔懐かしいムードです。もとは山田郵便局電話分室だった歴史ある建物なのです。

そこに現れて私たちを出迎えてくれたのが、とても優しそうなマダム。そして感じがよくてお話上手なサービス係の女性。お店のムードにぴったりくるような心安らぐホスピタリティは、一夕一朝で決して生まれることのない本物のもてなしです。

このお店はいったいどうしてこのような素晴らしい真心のサービスができるのでしょうか?

ボンヴィヴァンを語る上で大切なことは接客がすばらしいということです。いつも自然体のマダムのもとでみんな楽しく働いています。スタッフさんもこのレストランが大好きという気持ちを忘れることはありません。

「マダムの覚え書き」というのがあるそうです。ギャルソンの髪型や服装からサービスの手順まで、マダムが書いた手書きのメモのようなマニュアルです。その最初に次のようなことが書かれています。

「仕事に来るのがイヤになったら、あがって(辞めて)ください。ボンヴィヴァンはみんなの心で運営されています。・・・・(中略)・・・・この店を好きであれば全力投球でお願いします」

河瀬シェフの著書「人生を愉しむレストラン」(月兎舎

慇懃無礼なメートルドテルより、新人ギャルソンでもさり気ない会話や機転の利いた振る舞いがずっと心に残るものです。いかに真心がこもっているかどうか・・・気取った高級店では感じられない真心が、この店ではたっぷり感じられるはずです。
サービスは全力投球で・・・というのがこの店のキーワードなのです。

11月のある日の午後13:00の予約でお伺いしました。アミューズ、前菜2皿、スープにメイン、デザート、コーヒーの6000円の充実した内容です。

まずアミューズの盛り合わせです。柔らかく臭みがないパールポークのリエット、スティック状のパンである肉を使ったグリッシーニ、生ハムのムース、松阪牛のもも肉のロースト、鶏肉とピスタチオのテリーヌ、トマトソース。ひとつひとつのお肉が主張するような旨味を引き出しています。

前菜のカンパチは18kgもの大きいのが入ったので燻製にし、ミカンやきゅうりなどと爽やかなサラダ仕立て。傍らのお皿にはガス海老のポワレのタルタル仕立て。そしてアオリイカのマリネ、ムースリーヌ、甲殻類のアメリケーヌソース。文句なく美味しくワインが進みます。

そして前菜が終わりかと思ったら、もう1皿。フランス産鴨のフォアグラ。キノコのピラフとジャガイモのガレット添え。

マダムが「ピラフはお友達からいいお米をもらったので、それを使ってみました」とさり気なくおっしゃいます。なんだか家族のおすそ分けを頂戴したようで温かい気持ちに。フォアグラも香ばしく焼けていて美味しいものでした。


ここでやっとスープです。バターナッツカボチャのポタージュにミルクの泡を載せて、優しさが増しています。スープ皿のまわりにはいろいろ小さな楽しいおまけのような付け合わせが。キャロットラペ、ササミ、花びら茸、ジャガイモのパンケーキ、レーズンとクルミのパン。

パンも料理に合わせて美味しいのが3種類出されるのに、スープにまできめ細やかな心配りがあるのです。

メインは魚を選んだ私は志摩の1本釣りのアカハタで、ミネストローネの美味しいソースがかかっています。さっぱりしていて完食!

家族は松阪牛のローストに変更したら2200円アップで美味しいお肉を堪能できました。

デザートはシュークリームと青みかんのソルベ、干し柿、伊勢市の指定天然記念物である蓮台寺柿のムースと、これも気が利いていて甘すぎずちょうどいい味わいでした。

シェフの古くからの友人で、学生時代にともに苦労してきた仲間だったのが、冒頭でご紹介したお店の開業パンフの文章を書いてくれた拓殖俊彦氏。

出版関係の会社の代表取締役に昇りつめた時に、また新しいパンフレットのコピーを書いてくれたそうです。ちょうどオープンして20年目の2003年ごろでした。そこにはこんな文章が・・・

「・・・(前略)・・・・声高に作り手のこだわりを並べたて、素材の良さをアピールするより、お客様にほんの少しでも幸福な気持ちが提供できるレストランでありたい。細工職人のような技巧を誇るより、目の前の火と戯れながら料理を創造し続けたい。それは私たちが二十年の永きにわたって守り続けてきた(一番愛する人を思い料理を作りたい)姿勢へと繋がります。たかがひと皿、されどひと皿。私たちはひと皿が持つ大きな力を信じます」

河瀬シェフの著書「人生を愉しむレストラン」(月兎舎

この文章を書いた柘植氏は、本当に河瀬シェフの料理に対する情熱や姿勢を知り尽くしていたのだと感じました。
残念ながら柘植氏は2012年に病気で亡くなられたそうです。

「ひと皿の力」を信じて歩んできた河瀬シェフ。だからこそ浮き沈みの激しいレストラン業界の中で40年近くも三重のフランス料理界を牽引して来れたのでしょう。

「ボンヴィヴァン」とは人生を愉しむ人という意味。シェフこそまさにボンヴィヴァンな人なのではないでしょうか。

伊勢神宮に参拝する予定があるなら、この伊勢フレンチと呼ばれる老舗の名店「ボンヴィヴァン」を訪れてみてはいかがでしょうか?

ちょっとしたタイムスリップの気分が味わえて、そんな中で心温まる美味しいフレンチを頂けます。シェフやマダムとのお話もぜひ楽しみに行ってみてください。(本を読んでから行けば、もっと感動できるはず・・・)

もちろん「お友達のご家庭へおよばれに伺う。そんな気分でお越しください」人生を愉しむレストランなのですから。

註:柘植氏のコピーやマダムの覚え書きなどは河瀬シェフの著書「人生を愉しむレストラン」(月兎舎編)の中の言葉を引用しています。


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