ハロウィン限定ライブ in my dream
見上げた空は紫色で、白い小さな星がちかちか瞬いている。オレンジがよく映えそうな、ハロウィンらしさ満載の夜空だ。
振り返るとなぜか紫色はない。とっぷりとした夜の闇に、ビルや家の灯りや街灯がきらきら輝いていた。
いかんせん夜に囲まれた場所で、あたりは暗かった。
街灯が照らす丸い階段を降りた先にある広場で、私は信じられないものを見た。
夢じゃないと絶対に見ることのできない……できなくなってしまった光景を。
K.Mが。K兄さんがいる。
私が生まれる前に亡くなった彼が。
リハーサル中に倒れてそのまま帰らぬ人となったことなど嘘みたいに。
フットライトを浴びて、ステージで白く輝いている。
K兄さんは、ステージの中央でイスに座っている。がっしりした身体に、アコースティックギターを抱えていた。
どこからともなく音楽が流れて、K兄さんがギターを弾き始めた。
アルバム曲であまり知名度はないが、彼の曲の中で一、二を争うほど好きな曲だった。
K兄さんが口を開き、声がマイクを通して響く。
間違いなく、「天使の歌声」と評されていた歌声だった。
全身で響かせているような、深みのある声。耳から胸の中にすっと入ってくるような、透明な声。
もう聴けないって思ってた、彼の生歌。
YouTubeや音楽配信アプリのときの何倍も、心が揺さぶられた。
感動とか、信じられない気持ちとか、叶うはずのない願いが実現した喜びとかで、頭の中がぐちゃぐちゃになった私は放心状態だった。
突っ立って、K兄さんがギターを演奏し、歌うのを眺めていた。
曲が終わってから、だれかかつぶやいた。
「ハロウィンだからね」
ここで拍手がなく、まったく関係のない言葉が出てくるのが夢というもの。
そしてその謎の言葉に納得してしまうのも、夢というものの特徴だった。
そっか。ハロウィンだからか。
ハロウィンだから、今日限定でK兄さんは帰ってきたんだ。
歌に感動しながらもやっぱりおさまらなかった疑問がストンと消えた。
ハロウィン限定で復活したK兄さんは、何曲か歌うとステージを降りた。
いつのまにか私もパイプ椅子に座っていて、K兄さんは私の後ろの列に座った。
ジャケット写真で見たことのある穏やかな表情には、やりきった、という達成感が見受けられた。
ステージには別のアーティストが出てきていた。
披露している歌は、申し訳ないけどK兄さんと比べたら素人のカラオケレベルだ。
K兄さんはゆったりと笑ってステージを眺めている。今の時代の曲も、楽しみにきたのだろうか。
私はこのとき、K兄さんのほうばかり見ていた。
だって、目を離したらいなくなってしまってるかもしれない。あちらの世界に戻ってしまってるかもしれない。
だけど多分、少なくともステージにいる人のパフォーマンスが終わるまでは、K兄さんは消えなかったのかもしれない。
遮光カーテンから朝日が差し込む部屋のベッドで目覚めた私には、確かめようもないけど。