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#2 君の香りとピクルスと、


特に何かがあったわけではないのだけれど、何故だか文章を紡ぎたくなる時がある。
そんな時は、よく過去のエピソードを自分の言葉に直してみるということをよくしていた。
家族のこと、学生時代、恋人のこと、猫のこと。
しかし今日はそんな気分でもないようだ。
なので、特に何もなかったことを特に何もなかったまま綴っていく。

今日はアルバイトがある日だった。自己紹介で話したが、私は酒の小売店でアルバイトをしている。祝日にしては緩やかな人入りで、とても働きやすい環境だった。
今日は疲れ過ぎないで済むな、と思う反面、店の売り上げが多少心配になる。間違いなく杞憂なのだが。
業務は主にレジ打ちや商品の棚出し。お客さんからの質問や要望に応えながらの業務となるので、割と気力を使う。やろうとしたことを無害な存在に足止めされる感覚は、育児に似ている気がする。世の中の親御さん、ほんとにすごい。

だが、お客さんの少ない時は暇な時間も多い。
商品を棚に出しながら考え事をしていることもしばしばだ。私は、昨晩インターネットサイトで見つけたANNA SUIのクリスマスコフレについて考えていた。ユニコーンをモチーフにした香水で、モチーフもパッケージも最高に可愛い。しかし、私は生憎香りものが苦手なので購入はないな、なんて考える。家の線香や寺院のお香は好きだが、人工的な甘い香りがあまり好きではない。iQOSに変えた父親のブルーベリーフレーバーの香りで気持ちが悪くなり、タバコに戻せと憤慨したほどだ。
普通、逆であろう。

この一件から、ブルーベリーの香りを嗅ぐと父のことを思い出すようになった。思えば、実家でもブルーベリージャムを好んで食べていた。香りから呼び起こされる記憶の表現が好きだ。香水の香り、煙草の香り、柔軟剤の香り。嗅覚は一瞬で記憶を呼び起こしてくれる。私はまだ父親を想起したことくらいしかないが、これから人生経験を重ねたらいつかの恋人の匂いを何かしらで思い起こす、なんて経験もするかもしれない。

そんな淡い期待を胸にしながらピクルスの陳列を始めた瞬間、ある感情が脳を支配する。
「マクドナルド食べたい。」
え?と思われるかもしれない。さっきまで考えていたこととの落差がすごい。しかし、ピクルスの陳列を始めてから、脳と嗅覚がハンバーガーの間に挟まるピクルスや、ビッグマックに華を添えるあの刻んだピクルスたっぷりのソースに記憶の再生を全集中させてしまったのだ。香りによって思い起こされた記憶のなかでは最も欲望に忠実である。エモーショナルのエの字もない自分の思考回路に失笑。まだまだ私は色気より食い気ということか。ぽつりと呟き、ピクルスを棚に並べきった。

アルバイトも終わり、私の思考はマクドナルド一色に染まりきっていた。浮き足立ちながらマクドナルドに向かうと、月見系列の商品が充実していた。月見バーガー、月見パイ、月見シェイク。そういえば月見シリーズ食べたことないな、とこの3点を選んでお持ち帰りした。
女心と秋の空は変わりやすい。月見シリーズがピクルスとなんの関係もないことに気付いたのは、全てを食べ終えたあとだった。

令和3年、9月20日の手記である。

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