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急成長の落とし穴?じっくり路線&引き算で再考する成長戦略

成長の尺度

僕は養殖の生産管理サービス(業務システム)を作っています。物凄く簡単にいうと、タイやブリを育てる生産者さんに給餌量や水温を記録してもらい、データをもとにした意思決定ができるよう支援するソフトウェアです。

サービス設計や事業運営を考える中で、「一般的に魚はどう成長するのか」「事業は今の成長スピードで大丈夫なのか」など「成長」というものについて考える時間が最近特に増えてきました。

成長を評価する軸として考えやすい指標は「成長速度」です。たとえば養殖でもそうです。魚が速く成長すれば速く出荷することができます。漁場の広さには当然限りがありますので、早期出荷によって漁場の回転率があがれば、収益性も向上するということになります。

ただ好ましい成長とは何かを定義しようとしたとき、「成長の評価軸が速度だけで本当にいいのか」というのはどこか引っ掛かるものがありました。

木を成長を思考する装置として捉える

このモヤモヤに答えたくて「植物はどう成長するのか」について考え始めました。魚の枠組みの外側で学びを得ることで、なにかヒントが得られるのではないかと思いました。

できるだけ成長という概念をシンプルに捉えようと思うと、動物より植物を理解した方がよさそうな気がしたというのも理由です。動物は個体差が大きいし、運動による代謝や摂餌量、遺伝、飼育環境など成長に影響を及ぼしそうな変数も多いので、どうしても複雑になりそうです。

ということで、成長という概念を思考するにあたり、思考の道具として木という題材を扱ってみることにしました。木の成長をアナロジーとして捉えることで、成長という概念の解像度を上げてみようというわけです。

木の成長を刻む仕組み「年輪」

切り倒した木の横断面を見ると、同心円状の輪があるのが分かります。そう、年輪です。この年輪の数を数えると、木の樹齢がわかります。つまり木の成長速度がわかります。木の成長について考えるためには、この年輪というものを理解する必要があります。

そもそもなぜ木には年輪ができるのでしょうか。

年輪ができるのは、季節によって木の成長速度が異なるからです。木は春から夏にかけて大きく成長し、夏の終わりから秋にかけて成長が止まり緻密になります。これが輪のように見えるのです。

春から夏にかけてできるのが色が淡い部分(早材)で、夏の終わりから秋にかけてできるのが色が濃い部分(晩材)です。

速い成長は強度を犠牲にする

早材と晩材は成長速度が違うので、密度や柔らかさ、強度に違いが生じます。速く成長する早材は密度が低く、ゆっくり成長する晩材は密度が高くなります。この密度の違いが、強度や柔らかさの違いを生み出すわけです。

早材と晩材の違い

成長速度の速い木は年輪幅が広くなり、早材の占める割合が多くなります。結果太くなるのは速いですが、強度は弱くなります。つまり急激な成長を求めすぎると強度が損なわれます。いってみれば、成長と強度はトレードオフの関係にあるということです。

木の成長を数式で表現する

では早材の厚み、つまり成長速度は木の太さにはどう影響するのでしょうか。ごくごく簡単なモデルで計算をしてみます。なお、文系の人間なのであんまり専門的な数式は組めません。シンプルに考えます。

数学が苦手な方へ
僕も文系出身なので大して難しい計算はしませんが、ちょっとだけ数式を使います。数学が苦手な人は次の見出しまでスキップしてください。

ここでは晩材は一定として考え、0mmとして捨象します。早材の成長量gに晩材の成長量も含まれていると単純化して考えるということです。時間tにおける木の半径は以下のような式で表現できます。

まず半径から考える

次に面積を考えます。この面積は木の横断面の広さです。面積Sが大きければ大きいほど、伐採時の収量が多くなります。式は以下の通りです。

ちょっとごちゃごちゃしてますが、tの2次関数になってますね

最後に上記の面積の式を微分します。tを極限まで小さくしていくというのが微分です。面積を表現する上記の式の接線の傾きを表現したものです。いってみれば面積を微分した以下の式は増面積量の変化を表現する式ということになります。

微分とかなつかしい笑

年輪の成長は時間tの2次関数

さて、年輪の成長を数式で表現できたところ(数学が苦手な皆さまはおかえりなさい笑)で、結局この式が何なのかという話を考えましょう。シンプルに考えるため、初期半径rは便宜上0であるものとみなします。

まず木の横断面積は時間tの二次関数です。そしてtの2次関数であるStの式には変数gが入っています。つまりgの値が変わるとグラフの形が変わるよ!ということです。「なに言ってるのかわからん」と言われそうなので、g=2のときとg=5の時でグラフがどう変わるかを見てみます。

じゃじゃじゃじゃーん!

横断面の面積グラフ。g=5の方が急成長している感ある。

おー、結構違いますね。Stを微分した関数(これはtの1次関数になります)もグラフにしておきましょう。

時間が経てば経つほど単年の増面積量は増えます

グラフ化するとだいぶ捉えやすくなったのではないでしょうか。せっかくなので、もう少し一般化しておきます。

●木が成長するプロセスは時間tの2次関数になる
●成長量gがa倍になると、横断面積の増え方(傾き)はa^2倍になる
●成長量gがa倍になると、特定の面積まで成長するための時間は1/a倍になる

もう少しわかりやすく書くと、時間が経てば経つほど、木はより早くより大きく成長するということです。そして早材の量、つまり成長量が増えれば増えるほど、グラフの傾きが急になります。1年の成長量が2倍になると横断面積の増加量は4倍になりますし、1年の成長量が3倍になると横断面積の増加量は9倍になります。またある太さの木に育つまでの時間は成長量が2倍になると1/2に、成長量が3倍になると1/3に短縮されます。

よい木材の条件は成長速度だけではない

だいぶ木の成長というものの解像度が上がってきた気がするので、視点を変えて別の側面からも木の成長というものを捉えてみましょう。事業も魚も人が育てるのは人です。育てやすい、成長させやすい、売りやすいという要素は林業においても必要な視点なのだろうということはすぐ想像できます。

ということで、ここからは林業について考えてみます。

林業以外の仕事もそうだと思いますが、仕事には顧客が必要です。顧客に価値を提供し、その価値に対して報酬を頂く、つまりお金を頂くというのがビジネスの基本形です。

林業の場合、顧客は木材を使う人たちです。土木・建築・家具メーカーなどですね。よい品質の木材をたくさん供給すれば売上が上がる(需要と供給の関係は一旦無視)し、彼らにとって高い価値がある木材を売れれば単価が上がります。たとえば、ぐにゃぐにゃと曲がっている木は扱いづらいので、価値は下がりそうですよね。

そう考えてみると、林業で働く人たちにとって都合のよい木の条件がなんなのかが見えてくる気がします。たとえばこんな感じ。

●加工しやすい=やわらかい・軽い
●まっすぐに伸びる
●はやく育つ
●見た目が美しい
=節がない・年輪が等間隔
…etc

かくして育ちが早く、まっすぐに伸びるスギやヒノキが植林される構造が生まれます。スギやヒノキは太さの割には背丈が高く、まっすぐ育つので、一定面積にたくさんの木を育てることができます。

引き算によって成長をデザインする

林業の仕事を調べていて面白かったのが枝打ちと間伐です。

一般的にスギ、ヒノキは40~50年程度で伐採して木材として利用するようです。それまでに10年~20年くらいで枝打ち、20~30年くらいで間伐という作業を行います。どちらも林内に光を入れ、林床や林内に生育する生物の種類を増やし、その成長を助けることが目的です。

枝打ちとは、木の下の方にある枝を取り払う作業です。こうすることで節のない(無節)優良材 を生産することができます。無節材は美観面や強度面で優れていて、加工もしやすいので、高価格で取り引きされます。

間伐とは、森林の成長に応じて樹木の一部を伐採し、過密となった林内密度を調整する作業です。

間伐とは?(林野庁)

間伐を行わず過密なままにすると、樹木はお互いの成長を阻害し、形質不良になります。また、残った樹木が健全に成長することにより木材の価値も高まるため、間伐は大変重要な作業となります。

林野庁「間伐とは?」から引用

これは抽象的に考えると、理想的な成長をデザインするための捨てる作業です。つまり人は引き算によって成長をデザインできるということです。

特に枝打ちは木の光合成量を減らす作業なので、成長速度を抑制するための作業であるとも捉えられます。速く育つことよりも、節をなくし、年輪の増える幅を抑えることで、美しく、強度の強い木材を得ることを優先しているということは僕にとって興味深い発見でした。

成長速度は大事ですが、成長速度だけをKPIにすると、価値の高い木材を得ることはできないんですね。成長しやすい若い時こそ、意図的に成長を抑制することが大事なのかもしれません。

変化する森林のダイナミクス

日本は国土の3分の2が森林です。そのうち約6割は天然林、約4割が人工林です。人工林の内訳はスギ44%、ヒノキ25%、カラマツ10%、その他21%だそうです。約7割がスギ・ヒノキですね。

日本では戦中~戦後の復興時に、森林が大量に伐採されました。 森林には、土砂くずれなどの災害を防ぐはたらきがあります。森林内の樹木をはじめとする植物の根が、土壌をつなぎとめているからです。裸山が目立つようになると、土砂崩れも増えてきます。高度経済成長期は住宅建築に使う木材の需要も高まりました。

そんなわけで成長の早いスギやヒノキといった針葉樹が広葉樹林に代わって多く植林されるようになり、日本の森林はいまや半分近くが人工林になりました。

ところが海外から安い木材が輸入されるようになり、林業従事者も激減

林業従事者の数は長期的に減少傾向で推移。令和2年には4万4千人まで激減

60年前に植林した大量の木が収穫期を迎えていても、山が管理されずに放置状態となっている山林が今度は問題になるようになりました。人工林は人が手入れをする前提の上で成り立っています。手入れを行わなければ、植林した木は細く長く成長し、台風や雪で折れたり、大雨の際に土砂災害を引きおこしたりする危険性が高まります。

成長と効率に対する代償「花粉症」

花粉症は現代になって誕生した病名です。病名がつくということはそれだけ症状が発生する人が増えたということです。日本では1961年にブタクサ花粉症が、1963年にスギ花粉症が初めて報告されています。

いまや日本人の約38.8%がスギ花粉症です。僕は花粉症には悩んだことがないですが、相棒のCTOのエンジニアの新くんなんて春先は花粉症がひどすぎて沖縄に避粉しているくらい重症です。

戦後に大量に植えられたスギやヒノキの木が花粉症の要因となっているということは否定しがたいと思います。成長と利益を追い求めて過度に森林を管理・効率化してきた60年前の代償を我々はいま、花粉症という形で払っているわけです。花粉症は言ってみれば、現代の我々が生み出した原罪そのものなわけですね。

成長の5原則

だいぶ木や森について考えてきたので、最後はアナロジーとしての木から離れて元の題材に戻ります。魚の飼育や経営でも扱いやすいよう成長という概念を一般化します。結論としては、以下がエッセンスかなと考えています。

成長の5原則

響きが良いかなと思ってノリで「成長の5原則」という名前もついでにつけてみました(なんかそれっぽくなる笑)

1.成長は時間の経過に伴って加速する

スタートアップの事業計画はたいてい右肩上がり&急成長になっています。例にもれず僕の計画もそうです。ここには投資や融資を引っ張りたいという意図や、起業家としてここまでは事業を大きくしたいという願望なんかが文脈や数字の中に織り込まれています。

後半の急拡大・急成長を見ながら事業の舵取りをしていると、シード・アーリーの創業初期の起業家は理想と現実のギャップに頭を悩ませる瞬間が多くなりがちなのではないかと思います(僕だけだったら悲しいなぁ笑)。

こういうとき、実は成長には時間がレバレッジとして効いてくるということを念頭においておけるともう少し穏やかな気持ちで日々を過ごせるのかなと思います。

他方で魚については時間経過に伴って無限に成長が加速するとは考えづらいです。運動や代謝、摂食量の限界、骨格構造、寿命などから成長には上限があると考えるのが妥当です。おそらく、時間の経過とともに成長を減衰させる別の関数がより強く作用する構造になっているのだろうと思います。


2.毎年の成長量を𝑿^(𝟏/𝟐)倍に増やすか𝑿^(𝟏/𝟐)倍時間をかけるだけでX倍に成長できる

ちょっとわかりづらいですが、要するに成長を実現するためのオプションは2つあって、必要とされる変化量も実は意外と小さいよというのがここで言いたいことです。たとえば売上を10倍にしたいなら、
・今の成長ペースで3.2倍の時間をかける
・成長ペースを上げ方を今の3.2倍に上げる
上記のいずれでも達成が可能です。

直感的には今の10倍に会社を大きくしようと思うと、成長ペースも10倍にしないといけないんじゃないかと思いがちなのですが、その成長を実現するために必要な力は実は直感よりもかなり小さいのです。

時間と速度を組み合わせるとハードルはもっと下がります。たとえば、2倍の時間をかけてもいいなら、成長ペースの上げ方を1.6倍にするだけで10倍以上の成長を実現できるのです。なんかそれならできそうですよね笑


3.成長は強度を犠牲にする

長野県の伊那食品工業という会社が「年輪経営」という経営理念を掲げているのですが、考え方が素敵だなと思って参考にさせていただいています。

当社の経営のやり方を「年輪経営」と呼んでいます。年輪は、たとえ雨が少ない年であっても、寒くても、暑くても、毎年必ず一つ増えます。毎年の成長度合いは同じでなくてもよく、前の年よりも大きくなっていることが大切です。
樹木の年輪の幅というのは若い樹木ほど大きく、年数を経るほどに小さくなっていくということが、自然の摂理です。しかし、樹木全体の容積は年々大きくなっているはずなので、成長の絶対量は大きくなっているということも忘れてはいけません。
会社経営をしていれば、いいときも悪いときもあります。悪いときでも、少しでも成長を続けることです。むしろ、いいときに市場の影響を受けて急激に成長してしまうことに気をつけなければいけません。確実で安定した成長が、自分たちだけでなく会社を取り巻くすべての人々の幸せにつながることを実感しています。

年輪経営 伊那食品工業株式会社

急激な成長に経営として「待った」を掛けるというのはユニークだし、本質的だよなと思います。先ほどのところとも重なりますが、成長はすでに時間によるレバレッジがかかっています。成長ペースの上げ方はゆっくりじっくりでいいのです。


4.成長は引き算によってデザインできる

魚の養殖では絶食後に再び餌を与えると通常より急激な成長を示す「補償成長」という考え方がよく知られています。たとえば高知県の養殖技術向上化試験の結果を読み解くと飼料の量を減らす引き算の発想により望ましい成長をデザインできる可能性がうかがい知れます。

養殖技術向上化試験の資料ではマダイ1歳魚の実験もありますが、ここではカンパチ0歳魚の夏季(高水温期)での実験結果のみ簡単に触れておきます。1区は通常給餌、2~5区は無給餌期間ありです。2~5区は無給餌期間を7日単位で増やしています。平均体重の推移は以下の通りです。

平均体重の推移

1~4 週間絶食しても平均体重は 10 週目までに通常給餌した場合(1区)と同等の水準まで追いついていることがわかります。2~4 区は飼料効率も90%弱と通常区より優れていて、中でも4区は通常区の1区と同等の成長及び生残率を示したにもかかわらず、総給餌量は24%も少なくなったそうです。


5.成長一辺倒な戦略は原罪を生み出す

組織の人数を急激に増やせば、組織の連帯感は薄れます。顔と名前が一致しない人が増えれば、仕事の中でのちょっとした気遣いや雑談の量も減っていきます。表面的・形式的なやりとりが増え、会議が増え、意思決定が遅くなります。ビジョンの浸透や企業としての文化醸成に問題が生じます。厳格なノルマの運用だけが残り、これが不正の温床になります。これらはすべて急成長を志向しすぎることの代償です。

魚の養殖でも成長だけを追及する戦略は原罪を生み出します。たとえば世界第二位のサケ養殖生産量をほこるチリでは2016年2月から3月にかけて赤潮が発生し、45カ所の養殖場で2500万匹のサケが死亡し、話題になりました。この赤潮の発生はチリでの過度なサーモン養殖による自家汚染が原因だったのではないかと言われています。

自家汚染とは、永い間、同じ場所で過密な養殖生産をくり返すことで引き起こされる海洋汚染のことです。過密養殖になると栄養不足や餌不足によって魚の成長が悪くなり、品質の低下や疾病の発生を招きます。さらに、残餌や糞尿が汚泥として海底に蓄積されると、水質の悪化も招きます。汚泥の分解に酸素が消費されると海は低酸素状態になってしまいます。かくして自家汚染は赤潮が発生しやすい海を作り出してしまうわけです。

マダイ養殖がさかんな愛媛県では飼育密度のガイドラインを策定して生産量を制限したり、自主的に水質改善剤を散布している生産者さんがいらっしゃたりします。短期的な成長の追及に偏りすぎないための仕組みや視野がちゃんと持てているからこそ、産業が維持できているのです。

まとめ

「あるべき成長とは何か」を考える上で必要な視点や観点を手に入れるため、木の成長の構造を考え、数式化し、その構造をアナロジーとして借用することを試みてきました。「成長」という概念の理解度を深めることでたどり着いたのが、以下の「成長の5原則」でした。

いかがでしたか。あなたの業種・業界でも同じような構造は見つかりそうでしたか?最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。長いのに読了いただき、感無量です。

もし記事が面白かったら「スキ」をぽちっとしていただけると嬉しいです笑

おしまい。

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