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サワラとおとなしい寄生虫

春を告げる魚として有名なサワラですが、昨年末に急遽行くことになった京都府宮津市の漁港で仕入れたサワラがとても美味しかったので、サワラについて色々と調べてみました。最終的には寄生虫について調べていましたが…。

和名:サワラ
学名:Scomberomorus niphonius
分類:スズキ目サバ科サワラ属
生息:北海道南部・沿海地方から東シナ海まで、東アジアの亜熱帯域・温帯域

京都府宮津市の漁港で購入したサワラです。とても大きくてみきれていますが、500円です。

一番美味しいのはいつ?

私は兵庫県南部に住んでいることから、サワラは春になると食卓にならぶメジャーな魚です。しかし、知人の話によると関東出身の人からすると聞きなれない魚だそうです。とはいうものの、正直に言うと私はサワラをあまり好きではありませんでした。理由としては、身崩れしやすいことと、味も薄いという印象があったためです。これにはいくつか原因があると思われます。1つは、仕出し弁当や加工食品に使われているサワラは、輸入されたもの近縁種のオキサワラなどであるためです。もう1つの理由としては、食卓にならぶ時期が悪かった可能性もあるのではないかと。魚へんに春と書くだけあって春によくとれるのですが、これはサワラが春になると産卵のために沿岸に近づくためです。ただ、産卵前後の魚は、栄養が卵に行ってしまっているので、身の脂が減っていることが多いです。春過ぎのマダイがあまり美味しくないのに近いかと。実は、サワラに一番脂がのっているのは冬です。このたび、冬のサワラを食べたのですが、別物の魚かと思いました(これまで食べていたサワラが輸入ものだった場合、本当に別物だった可能性もありますが)。

私が寄生虫の有無を調べている間に、知人が調理してくれました。これまで、塩焼きか西京焼きでしか食べたことなかったので、脂ののったサワラは感動ものでした。

検査したかった魚

このサワラという魚はずっと寄生虫の検査をしてみたいと思っていました。このサワラには、Gotocotyla acanthuraという魚類の寄生虫業界では有名な単生類が寄生しています。魚類に寄生している単生類(他の寄生虫も含む)は、あまり分類学的な研究がされておらずわかっていないことが多いとよく言われますが、日本人は魚をよく食べるためか、有名な魚類の寄生虫のことはけっこう研究されています。このサワラの単生類は、1936年に石井信太郎博士によってGotocotyla sawaraという名前で新種報告がなされています。日本人が見つけた単生類は宿主の魚の名前を学名に使うことがあります。Microcotyle suzuki, Bivagina tai, Neoheterobothrium hirameなどなど。
石井博士が発見したGotocotyla sawaraですが、この学名は現在使われていません。ParonaとPerugiaが1896年に発見したG. acanthuraと体の構造が同じであることを、Frank Grose Meserve(多分アメリカ人)が指摘したことで、G. sawaraはG. acanthuraとなりました。検査技術が低く、インターネットもなかった時代には、このように同種にも関わらず別種として登録されることがよくありました。特に、G. sawaraの新種発見の論文は日本語でしたので(戦前の文語調の論文で、第一人称として “余”が使われています)、なおのこと情報が共有されていなかったのかもしれません。
また、このように後々ある2種の生物が同種であることがわかった場合、先に登録された学名が有効になります。そして、後でつけられた学名(今回はG. sawara)はシノニムとして残ります。

実際にみつけたG. acanthuraです。3mm超あり、単生類の中でも大型です。

知り合ったきっかけ

先述したように、昔は別の地域で見つかった同種の生物が、別種として扱われることがありました。しかし、現在はそのような事例は少なくなっています。理由としては、インターネットの発達によって、生物の塩基配列情報が共有されていることが挙げられます。私も新しい寄生虫を手に入れたら、DNA解析を行い、同じ塩基配列情報が登録されていないか確かめます。
そして、私がこの単生類に興味を持った理由が、このサワラの単生類の塩基配列の登録数はとても多いことです。寄生虫、しかも魚の鰓に寄生する単生類が、ここまでたくさん塩基配列が登録されていることは珍しいので、少し論文に目を通してみました。その論文は中国のもので、氷河期の前後で海の生物の分布がどのように変化したのかを調べる題材として使われていました。魚類や哺乳類が題材とすることはありますが、よく寄生虫を題材にしたと感心しました。ただ、G. sawaraと学名を間違えたままだったのが気になりました…。
この単生類は、日本人の石井博士だけでなくアメリカ人なども発見していることから、主に太平洋に広範囲に生息していると考えられます。しかも、サワラをはじめとしたサバ科魚類に寄生しているため、多くの国で調べられたようですが、病原性の報告がありませんでした。魚病研究の対象となるのは、狭い空間で大量に飼育される養殖魚がほとんどです。サワラの養殖はほぼされておらず、卵から稚魚になるまで育てたのち放流する栽培漁業の方が有名だからかもしれません。

その一方で、地中海ではまた別の側面からG. acanthuraが研究されています。地中海はスエズ運河ができてから、外来の海産魚の侵入がみられるようになっています。その外来種の中にヨコシマサワラがおり、このサワラにはG. acanthuraが寄生していたことから、外来の寄生虫として報告されていました。ただ、この論文でも最終的には形態学的な分類結果とDNA解析の結果の違いについて述べられているだけでした。G. acanthuraは、かなりおとなしいやつなのかもしれません。

【参考文献】

Shi, S. F., Li, M., Yan, S., Wang, M., Yang, C. P., Lun, Z. R., ... & Yang, T. B. (2014). Phylogeography and demographic history of Gotocotyla sawara (Monogenea: Gotocotylidae) on Japanese Spanish mackerel (Scomberomorus niphonius) along the coast of China. Journal of Parasitology, 100(1), 85-92.
石井信太郎. (1936). 海水魚の外部寄生性新吸蟲數種. 動物学雑誌, 48(8), 781-790.
Rothman, S., Diamant, A., & Goren, M. (2022). Under the radar: co-introduced monogeneans (Polyopisthocotylea: Gastrocotylinea) of the invasive fish Scomberomorus commerson in the Mediterranean Sea. Parasitology Research, 121(8), 2275-2293.

Twitterでも情報を上げていこうと思っています。よろしくお願いします。


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