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鯨の轍〜新入り埋文調査員の日々〜 第3話

 金曜の夜、とある居酒屋で職場の歓送迎会が行われた。
 メンバーは久能課長、三輪先輩、事務員の鈴木さん、そして定年退職なさる前課長と僕の五人だ。居酒屋のコース料理を肴にひたすら呑み、考古学談義をおこなう。
 社交的でなく華やかな場が好きでない僕は、ただ人が話すのを眺めながら静かに呑むのがいい。
「おい、葛城君。見てみろ。鯨肉があるぞ」
 すこしばかり酔いのまわる三輪先輩が、日替わりメニューに書かれた黒板を指さした。
――なつかしの鯨の竜田揚げ。
 鯨の骨つながりか。先輩の茶目っ気に苦笑いする。
 鯨肉の存在は知っている。でも実際に店のメニューにあるのは初めて目にした。
「懐かしいなあ、僕が小学生の頃はよく給食に出たもんだよ」
「えっー」
 前課長、吉野さんの言葉に一同驚きの声をあげた。正確に言うと、久能課長は頷いているので共感しているのだろう。
「学校給食ですか。本当に?」
 今でこそ珍しいが、昔は食卓に上がるほど庶民の味だったと吉野さんは説明した。
「驚くかもしれないけど、和歌山や下関では学校給食に鯨肉が出てくるそうよ」
「そうなんですか」
 久能課長によると2019年に商業捕鯨が再開されて、年間捕獲枠を設定したうえで捕鯨がなされているということだった。
「日本は海に囲まれているでしょう。縄文時代から鯨は貴重な食糧だったわけよ。だけど縄文時代は捕鯨をしていたわけではなく――」
 課長以外のメンバーは「出た」とばかりに目を見合わせた。課長は興に乗ると、縄文時代の話に花を咲かせる縄文オタクらしい。
 課長に花を持たせつつ、メンバーは各々勝手に呑みだした。でも僕は課長の話に耳を傾けた。なぜなら課長は父と同年代だ。流暢に話す女性課長と父は似ても似つかないが、同じような時代を生きてきたと思えば親近感もわくものだ。
「課長。東北の山で以前、鯨の骨が発掘されましたよね」
「骨ね……たしか青森だったわね。大昔はあの辺りも海だったからね」
 僕は課長の言葉に大きく頷いた。海だった場所も隆起して山になるのだ。
 実際に注文して出てきた竜田揚げを口にしてみると、かなり噛み応えがあった。柔らかい肉に慣れた僕らの世代より、懐かしく感じる課長世代にうけるのだろう。酔いがまわる頭でそう考えた。
 
 スマホに伯父からの着信があった。現場の休憩時に折り返すと、また遺品を引き取ってくれと言うことだった。会社帰りに寄ることにする。
「何度もすまんな。ほら、祐樹は発掘をやるだろう。この本は役立つかなと思ってな」
 渡されたのは『山の化石たち』という専門書だった。本は小ぶりの旅行ガイドといった大きさで、厚さは2センチ弱、山から発掘された化石に思いをはせる本だ。受けとってパラパラ頁をめくってみた。面白そうな内容だし、なにより父の遺品なので貰うことにした。
 家に戻ってさっそく一頁ずつ読み進めると、何やら小さな文字で書き込みがあった。父が書いたものだろうか。
 
――鯨魚取り 海や死にする山や死にする 死ぬれこそ海は潮干て山は枯れすれ――
 
 調べてみると万葉集の歌のようだった。鯨魚は季語で、鯨のことらしい。
 
――海は死ぬだろうか、いや死にはしない。山は死ぬだろうか、いや死にはしない。死ぬことがあればこそ海は干上がり、山では草木が枯れる――という訳だった。
 
 父は読書家だった。万葉集を愛読していたのかもしれない。僕自身、万葉集は詳しくないが、でも感じるものはあった。
 まず環境破壊が頭をよぎった。歌は読み手の想像によってこそ生きてくるものだが、はたして大昔、温暖化など詠み人の念頭にあっただろうか。
 僕は深読みを試みた。
 鯨を季語にするところを鑑みると、詠み人は鯨が取れるのを間近にみる場所にいた。海で捕鯨を生業とする人々が命を落とし、その死と、命さえ呑みこむ海の深さを対比させたのだとしたら――。
 それとも海を擬人化したのか。親しい人を亡くして打ちひしがれ、命の重みを海の命に置きかえたのかも知れない。
 父は何かを失くして悩んでいたのかもしれないと思った。
 実家に遺された本。結婚前か、それとも離婚後に本を実家に運んだのか。発行年を見ると2006年。母と離婚する5年前――僕が7歳のときだ。父が僕を連れて遺跡や博物館、渓谷に行った頃になる。
 僕は記憶を手繰り寄せた。二人で行った渓谷といえば、隣県の伊佐摺渓谷ではないだろうか。
 
 休日、僕は伊佐摺渓谷に向かうことにした。
 父は車に乗らない人だった。昔2人で出かけた時には、交通機関を乗り継いで行った記憶がある。車も考えたが、たまには電車とバスを乗り継ぐのも悪くないだろう。
 夕刻までに戻りたいので、始発の電車で出かけることにした。駅でバスに乗り換えるため、渓谷往きのバス停まで行くと「やられた」とため息が出た。まさかバスが2時間に1本しかないとは思いもしなかったのだ。観光地化されていないためなのか。
 電車も嫌いではないが、僕はバスのほうが好きだ。町から田舎へ、そして山へと景色が変わっていく。愉快だ。バスは昔の思い出や学校で行った遠足のことを思いださせてくれた。
 やがて伊佐摺渓谷でバスを降り、時刻表で帰りの時刻を確認した。最終は15時半と随分早いが、必ず乗らなくてはならない。
 渓谷は大きな岩が幾つも川面にせりだし、水面近くまで覆う樹々の緑が壮観だった。ここが有名な観光地となっていたなら、人の手が入り、整備されてバスも不便はないだろう。どちらが良いかは判らない。
 僕は上流に向かって歩き、川に降りられそうな場所を探すことにした。
 途中でシルバーカーに躰を預けたお婆さんとすれ違う。頭が真っ白で背が低く、ひどく腰が曲がっていた。
「あんた、川に気をつけんとな、流されるで」
 いきなり声を掛けられて驚いた。
「お気遣いありがとうございます」
「こないだもな、流された子どもが、見つからんかったで」
 道路脇からガードレール越しに川を覗きこんでみた。確かに急流で子供には危険な感じがした。お婆さんは何か言いたそうに僕のことを見ていたが、会釈して先を急ぐことにした。
 向こう岸に1本だけ大きな枯れ木が見えた。何の木だろうか。そこから100メートルほど進んだが、後ろ髪を引かれるように気にかかり、枯れ木まで道を引き返してきた。
 いつかは命が尽きて枯れるもの。なぜかあの短歌を思い出した。
 伯父に父のことを訊きたくなり、その場で電話してみた。なんと言おうか迷ったが素直に訊く。
「あの、14,5年くらい前、父に何か聞いてませんか。誰かが亡くなったとか」
 伯父はしばらく無言だったが、
「よう覚えてないが、その頃に相談に乗ったことはあったかな」
「なんですか」
「うーん……」
 伯父はすこし悩んでいたが、もういいだろう、と呟いてから話し始めた。
「祐樹が小さい頃の話じゃけえな、時効だぞ」と前置きしてから、
「祐樹の母ちゃんに男がおる、と言うちょったな」
 伯父との通話を終え、かずら橋の上から川の流れを見つめた。父はどんな思いで渓谷へ来たのだろう。川は轟轟と音をたて激しく流れていく。
 僕は斜めがけした鞄の中から黒い骨を取りだした。もともとが黒い骨はない。これは父が燃やしたのではなかろうか……そう思えてきた。
 今さら母を恨む気持ちはない。結局は父との離婚後も再婚することなく僕を育て上げてくれた。
 でも父はどうだったのか。母に捨てられたと思ったのか。
 僕は何をしに渓谷へきたのか。父と渓谷で石を拾ったことを思いだす。
「ええと、あのとき僕は石を集めて――」
 石を拾い集めたということは川原があることになる。今は上流に向かったが、逆方向に下ってみることにした。
 かずら橋を引き返そうとしてバランスを崩してしまった。
「あっ」
 グラグラと橋が揺れた。そのまま足を踏み外しそうになり、咄嗟に両手で欄干を掴んだ。右の手に掴んでいた骨は僕の指からこぼれ落ち、みるみる川に吸い込まれていく。
「ああー!」
 僕は悔いた。なぜ慌てたのだ。なぜ鞄に仕舞わなかったのだ。かずら橋にうずくまり、川の流れゆくさまを恨めしく眺め続けた。
〈続く〉

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