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「野球短歌」池松舞

「いつまでたっても阪神が勝たないから、短歌を作ることにしました。」
 わたしがこの歌集を知ったのは、出版が決まった頃の池松さんのTweetでした。帯にも煽りにもこのフレーズが用いられ、目に留まりました。
 わたしは今年、阪神戦をテレビで見ていました。中学の頃からホークスファンを自称していたわたしが、何故阪神戦を見ていたのか。それは2023年の春、WBCに出場した中野拓夢選手を見るためでした。中野選手以外に知っている選手は、佐藤輝明選手くらいで、「チカちゃんと呼ばれている人がいる」「梅ちゃん(という人)がいるのは阪神なのか」という程度の浅い知識でした。パ界に住んでいるとこうなるんです、すいません。
 とは言え、どれだけわたしがにわかでも、「阪神は弱い」というイメージは持っていました。それが、38年ぶりの日本一になるなんて思いもせず。

 この歌集は、そんな「阪神は弱い」をじわじわと覆しはじめていた2022年のシーズン中に作られたものです。この歌集を読み終えて、「だから阪神は強いんだ」という感慨がありました。今年の阪神しか知らないわたしですが、思い出を振り返りつつ感想をしたためたいと思います。
 阪神ファンの熱い視線と勝利を願う思いがぎゅぎゅっと凝縮されています。短歌の力を感じる一冊です。

サードから本塁までが遠すぎて半日かけてもたどりつけない
 野球ファンは共感必至ではないでしょうか。あそこ(三塁)まで行けるのに、なんで誰も帰ってこないんだ。そう思う試合が(ホークスも)何度もありました。三塁に残塁したまま回が終わる。本当に悔しい瞬間です。

負け惜しみなんかじゃなくて岩崎が打たれたんなら仕方ないです
 打たれてヤジを飛ばす、ということはよくあります。でも、今までどれだけ抑えてくれたか。それを思うと文句なんて出てこないんですよね。今年もすごかったですね、岩崎投手。最後の砦が破られる日もあります。

初球打ちしないと恐ろしいことが起こると恫喝でもされてるのか
 負けた試合の短歌を読むと「わかる」と頭を抱えてしまいます。初球打ちとは、文字通り打席の初球を打つことです。ピッチャーがどんな球を投げるか「見る」ことで、二球目からの勝負を仕掛けることができます。一方、初球から打つことでピッチャーの意表を突くこともできます。が、打たなきゃ意味がありません。三人連続初球でバットを振る光景。みんな、一回落ち着こうか。

大山が「才木のために打った」と言い 中野が「才木のために打った」と言う
 才木浩人投手が先発で勝った試合です。2020年、才木投手はトミー・ジョン手術をしています。ピッチャーには珍しくない肘の手術ですが、手術は復帰に時間がかかります。2022年は、才木投手が再び支配下登録された年です。そしてこの歌の7月3日こそ、一軍昇格の日でもありました。
 バッターが点を入れるのはピッチャーのためではなく、チームのためです。もちろん、点はあるだけピッチャーに喜ばれるとは思います。この「才木のために打った」には、勝利をもたらす以上の思いが込められているような気がします。お立ち台の印象ですが、ふたりともそういう気持ちを茶化さない人だと思うので。

タイムリー打った選手がみんなして才木が才木が才木がと言う
 この短歌も、才木投手の先発の試合です。わたしも2023年のシーズンを見ていて、才木投手のピッチングに感動することは多々ありました。なにより打たれれば悔しそうに顔を顰め、抑えればうれしそうに喜ぶ姿が印象的です。そんな才木投手だからこそ、チームメイトが愛のあるいじりとして(もちろん素直な思いも込めて)「才木が」と言うんでしょうね。才木投手の笑顔が想像できます。お立ち台での明るい一幕です。

勝ちたくて勝ちたい気持ちが強すぎて逃げるが勝ちをしないで負けた
 上記の翌日の歌です。この短歌を読んだとき、「野球だけじゃないな」と思いました。気持ちが前のめりになってしまって空回ることって、きっといろんな場面であって。勝ちに行くって、前に出ることだけじゃないんだなって野球を見ていて思います。窮地を凌ぐことも大事。手堅く守ることだって、大事。

大山□いつ 中野□いつ 近本□いつ エンターを押す
 上位打線と言われる面々。一番打者から三番打者までは、試合を動かす大きな役割があります。もちろん、後ろに控えている打者もゲームメイクしなければなりません。この「いつ」の後ろは、きっと「打つのか」だと思います。彼らが打たねばはじまらない。なのに打たない。もどかしい気持ちと、はっきりと言葉にしたくない気持ちが絶妙です。

疾走の風でふくらむユニフォーム そのままずっと止まらずに行け
 ヤクルト戦。中野選手のソロホームラン、近本選手の二塁打、大山選手と原口選手の連続タイムリーで4点。「そのままずっと止まらずに行け」という気持ちが、目の前で走っている打者の疾走感に乗っていくようです。

 と言うわけで、好きな短歌を引用させていただきました。試合内容についてはインターネットで調べました。CSもあるんですけど、やっぱりシーズンのほうが印象深いのでシーズンだけ。野球ファンの方にはぜひ読んでいただきたいですし、池松さんがあとがきでおっしゃっていた「うそをつかない」「思ってもいないことを書かない」というポリシーをしっかりと感じられる歌集だと思いました。勝てばいいのに、とか、こうなら勝てた、という短歌がないのも魅力のひとつですね。負けた日はシビアなのも阪神ファンならではでしょうか。
 すこししか短歌を知らない(歌集をしっかり読んだのも今回がはじめての)わたしですが、こうして短歌と野球の魅力をひしひしと実感できたことはとてもいい体験でした。
 ファンだから盲目的に好きでいる必要はなく、かと言って上から批判していいものでもなく。感情を一枚べつのフィルターに通すことで、愛の深さも冷静なまなざしもどちらも感じられるようになるのではないかと思いました。

 入院中、ちょうど日本シリーズだったこともあり、とても感慨深い一冊になりました。2024年も阪神タイガースへの興味が尽きません。
 それでは最後までお付き合いいただきありがとうございました。

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