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諦めるにはまだ早い

転職活動を粛々としている。
なかなか容易ではないが、一つずつチャレンジを始めている。

職場には、直属の上司にだけ、時期的に訪れた面談の機会で伝えた。
リミットは7月、決めないと動けなくなる、と。
残念がってくれたし、たぶん泣く人が出るんじゃないかとも言われた。
ありがたいお言葉だけど、やはりこの先の人生を諦めてしまいたくはない。

手前味噌だが、今働いているチームの7割は私が育てた子たちだ。
みんないい人だし、今は仕事が激務なので割と皆荒んでいるけれど、普段は互いをカバーしあったり、本当にいい仕事をしてくれる人ばかり。
今でも私を頼ってくれるし、私よりも上司がいるにも関わらず、不安なことがあると聞いてくる。
ちょっとした不満や愚痴をこぼす子もいる。
たぶん、話すのにちょうどいい存在なんだと思うし、私の性格上、その意見をほったらかしにはせず、何かしらの形で答えを出す(上申するとか、改善するとか、場合によってはきちんとした理由でなだめるとか)からだと思う。
思えば去年、昇進試験がダメだった時に退職の意志が固まったのだが、それよりも前に色々と会社に対する不信感が募っていたことも積もり積もって、だと思う。
だから昨日今日決めたことではない。

泣いてくれる子がたとえいたとしても、永遠なんてないし、不変もないのだから、これは必然なんだよと言う言葉しか出ない。
コロナがあってから「今が一番いい」なんて保証はどこにもなくなった。
明日がどうなるかもわからない世の中で、私はマッチングサイトに登録し、そこそこの出会いをして、(目的とはちょっと違う結果ではあるが)友達が増え、父親と和解?し、仕事を変えようとしている。
ひとり身だがらこそできる勢いなのかもしれないけれど、不謹慎かもしれないが、コロナにちょっと感謝している。そうでもなければ気づかなかったかもしれないからだ。

ちょっと前までは、人生をかなり諦めていた。
夢も諦めて人生も諦めて、不幸ではないけれど恵まれてもいない環境に諦め、推しに没頭することで発散していた。逃げていたのかもしれない。
ところが、推しに没頭する機会が、コロナのおかげで減ってしまった。
気持ちが冷めたわけではないのだが、色々と形式が変わってしまったので、どうしても温度感も今まで通りというわけにはいかなかった。
そこでふと「目に見える全部を諦めてしまうのは嫌だな」と思った。
気づいてしまった。
どうせ後悔するなら、チャレンジして失敗してから後悔したいよな、と。

人生何が起きるかわからないなと、このnoteを書こうと思ったのは、NHKの「鶴瓶の家族に乾杯」で見た「指人形小吉」さんと「梁川宿」さんのエピソードだ。

「指人形笑吉」の作家の露木さんは50歳の時に独学で始めて、プロになってしまった上、NHKBSのドラマのオープニングまで手掛けている。
それだけでもすごいのだが、指人形劇内で使っていた瓦煎餅があるのだが、たまたま鶴瓶さんが出向いた地方の別の放送回で、その瓦煎餅を作っているお店に偶然、ふらりと入ったのだ。
「呼ばれたんやな」と言う鶴瓶さん。縁って本当に不思議。

そして、番組ゲストだった高橋克典さんが、収録時に出会って会話したのに、食べられなかった深川めしのお店。
ご主人がいかにもな江戸っ子で威勢の良い方で、とても元気だった。
食べられなかったことが悔やまれたという高橋さんのためにもと、5年後の今は、という流れで番組が進行。
すると、ご主人は収録後ほどなくして、持病が悪化して亡くなってしまったそうなのだ。
番組の放送日がちょうどお通夜の日で、皆で放送を見て最期の別れにしたのだそう。番組のおかげで、旅立つのを実感できたんだとか。これも不思議な縁。
お店は今も娘さんが継いでいて、しっかり営業をされているよう。

こういう奇跡みたいなこと、何もせず諦めていたら、何も起きない気がして、死ぬまで諦めたくないなという気持になってしまった。

今ここで動きもせずにいたら、何も生まれないしな。
リスクは重々承知、そのための最低限の回避方法も一応考えている。

私の人生は、私だけのものだ。
やりたかったことをやりきって、後悔なくして一人で死にたい。

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