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シンシア様のお話(1)

 シンシア・ツヴェターエヴァは、よく、夜中に目を覚ます。
 隣には、一仕事終えて大満足のルッツ・ダマーが、たくましい胸元もあらわに眠っている。彼の胸を撫でると、手のひらを伝って、魔力とは別の、シンシアには作りようがないエネルギーが流れ込んでくるような気がする。それが何かは、知らない。荒野で育った男独特のものか、それとも、シンシアが勝手に頭で作り上げたイメージなのか。
 ルッツが起きないのを確認してから、シンシアはそっとベッドから抜け出し……白いローブを身に着けて、窓を開ける。夜風を受け、月の位置を確認してから、空気中の魔力と自分の力を合わせて、空中に浮かびあがる……小さいころはうまくいかなくて、よく芝生や木の上に落ちたものだ。今は、どこまででも飛んで行ける。
 ただし、夜の間だけだが。
 城壁を超え、森の上空を飛び越える。白いアーチがはるか下に見えたころ、シンシアは軽く身震いした。空の空気は地上より冷たい。何かもう一枚着ておくべきだったかもしれない。
 しばらく飛んでいくと、街が見える。ツヴェターエヴァの城下町だ。貴族ではない、平民の、わりと豊かな商人たちが暮らしている。夜でも人は多い。酔っぱらって変な足取りで歩く男や、恋人を待っている、あるいはもう待っていない女たち。酒場の連中が祭りの話をしている。今年もやるってよ、よかったよかった。年に一度は派手に騒いで飲まなきゃあ、生きてる気がしねえよ。女たちだって普段よりきれいなものが着たいだろう。
 シンシアは、空から、彼らの様子をじっと見ている。ひととおり城下の街並みを見て、歩いている人の様子を観察し、時々窓から中を覗いて、前に病気だった子供がまだ生きていることを確認する。年老いた職人が、祭りのために夜を呈して、精巧な銀細工を作っているのも。あるいは、労働に疲れた人々が、ぐっすりと眠っているのを。
 夜明けが近くなると、空が白くならないうちに、シンシアは部屋に戻った。ルッツはまだ眠っている。ローブを脱ぎ、元通りにベッドの中に納まり、同じ枕元から男の横顔を覗く。何も知らずに眠っているのか、それとも、すべてを知っているのか。
 そう、いつもなら、空を飛ぶシンシアを見たものは、だれもいないはずだった。

(続く)*ロンハルト物語の一部分です。主人公は別の人です。

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