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MSCAフェローシップ応募の体験談

これまでのnoteではMSCA-IFの紹介や申請書の書き方を書いてきました。今回は私がなぜMSCA-IFに応募したかや、申請書を書いて提出し結果の知らせを受けるまでの体験を書いてみようと思います。長文の割に、読んで何か情報を得られるという内容ではありませんが、応募を考えている方の参考になれば幸いです。

1. もともと海外留学に興味はなかった

冒頭から、MSCA-IFの理念と正反対のことを言ってしまいました。私は修士課程修了後すぐに国内の研究機関で働き始め、転職することもなく10年以上を過ごしてきました。海外へ行くのは好きでしたし、海外機関と共に仕事をする機会や海外出張もそれなりにありましたが、不思議と「留学したい」「海外で働いてみたい」と思うことはありませんでした。自分の仕事や環境に満足していたからかもしれません。また、自分がやりたいと思う仕事が国内にあったこと、目の前の仕事や博士論文 (20代後半で社会人博士課程に入学しました) の完成に必死だった、というのもあります。

なんとかPhDを取り終え、ちょうど同時期に仕事の環境も一変してから1~2年後、だんだん「全く違う環境で研究してみたい」と思うようになりました。自分の所属する組織に失望したり、研究環境を疑問に思ったりすることが続いたのが気持ちに拍車をかけました。仕事で何度か訪れた欧州が環境として良さそうだなと漠然と思っていましたが、年齢の割に (既に30代半ば過ぎ) 研究業績が乏しいため、海外で研究者として働くなんて無理だろうなと調べもせずに諦めかけていました。また、国内の別の組織で働いたことすらないのに、いきなり海外で働いてやっていけるのかと思うと、なかなか踏み出せませんでした。

2. 偶然、MSCAを知る

そんな頃、EURAXESS JapanによるHorizon2020の説明会を偶然知りました。職場のエレベーターの中にポスターが貼ってあったのです。開催は翌日でした。Horizon2020のことは全く知りませんでしたが、ポスターに「欧州留学」という文字があったので、ちょっと覗いてみようという軽い気持ちで説明会に参加しました。配られた資料が英語だったので説明も英語だろうと思っていたら、EURAXESS Japanの方々が非常に流暢な日本語でプレゼンされ、まずそれに驚きました。適当なところで抜けようかと思っていたのですが、説明に引き込まれたのと共に、参加者が私以外に1~2人しかおらず途中で退出するのが何だか申し訳なくなり、結局最後まで参加していたのでした。

それまで私の中ではフェローシップという選択肢がありませんでした。調べてもいなかったので知らなかっただけですが、海外学振など若い方向け(学振も実は年齢制限はなく、職歴とPhD取得後の年数の制限だけ) ばかりだろうと思っていました。説明会でMSCA-IFを知り、年齢や研究分野不問な点、最大2年間欧州に滞在できる点、そしてかなり手厚い支援を受けられる点から、「これだ!!」と思いました。後になってMSCA-IFの競争率の高さや申請書執筆の大変さを知るのですが、そのときは、新しいことにチャレンジするときのワクワク感もあり、MSCA-IFの Guide for Applicants を読むだけで明るい気持ちになりました。

3. テーマとホスト機関決めに悩む

説明会に参加したのが2019年3月のことで、4月頃には、2019年9月締切りのMSCA-IFに申し込むことを決めていました。しかし具体的な研究テーマと滞在先 (ホスト機関)を決めきれずにいました。知り合いのイタリアの研究者が所属する大学をホスト機関候補に考えていたのですが、研究内容を具体化できていなかったので、それが固まってから打診した方がいいだろうと考えていました。

2019年6月、EURAXESS Japan主催のMSCA-IF申請書執筆に向けた実践的な講習会 "Grants in Practice" に参加しました。そしてMSCA-IFの採択率が12%前後しかないこと、相当に完成度の高い申請書を執筆しなければ採択に至らないことなどを知りました。ちなみにこの講習会は日本(都内)で開催されたのですが、参加者の大半は外国の方々でした。外見や言葉から日本人かなと思われる人は1割程度しかおらず、MSCAが国内で浸透していないのか、日本人があまり留学に興味が無いのか、それにしても驚きました。

まだホスト機関を決められていないことをEURAXESS Japanの方に伝えると、もし受け入れ先として思い当たる機関があるなら出来るだけ早く連絡を取った方がいい、というアドバイスを受けました。それでその翌日、イタリアの研究者に「受け入れ先になってくれないか」とメールを送ると、さっそく快諾の返事がきました。彼のメールに「MSCA-IF is very competitive」とあり、やはりそうなのかと思うとともに、承諾を得たからには後には引けないと気が引き締まりました。

私のスーパーバイザーになったこの研究者とは、2016年にイタリアで開催された国際学会で知り合いました。かなり限定された分野の学会で、私はちょうどその分野に属しているため何度か参加していますが、彼は別分野にいたため (大きなくくりでは同じ分野ですが) これまでこの学会に縁はなく、地元イタリアの研究者ということで現地運営委員として参加していたようでした。学会中はあまり話しませんでしたが、帰国後に「共同研究しないか」というメールをもらい、少しずつ交流が始まりました。とはいえMSCAを知るまでは、彼の研究室に滞在しようという考えは全くありませんでした。

承諾のメールをもらって3週間くらいで、それまでぼんやりと頭にあった研究テーマを具体化させ、A4紙1枚に書いて送りました。まとめる際には、同じ分野にいる同僚との議論がとても参考になりました。Supervisorから「とても良いテーマだ」という返答をもらい、いよいよ申請書ドラフトの執筆を始めました。この時点ですでに7月中旬になっていました。

4. 完成までの長くて短い道のり

いざドラフトを書こうとしても、なかなか自分の考えをまとめられずに難儀しました。おまけに英語で文章を書くのが苦手で、休日や平日夜はもちろん日中も仕事を休めるときは休んで書いていたのですが、5時間かけて数行しか書き進められないこともあり、そんな自分が情けなく、早く仕上げなきゃという焦りもあって毎日泣きたいような気持ちで過ごしていました。

執筆に必要な情報をもらうためにホスト機関の国際共同研究オフィスにメールを送ったところ、オフィスに所属する研究者から「申請書を見てあげるから送って」という連絡をもらいました。最後は殆ど殴り書きのようにして仕上げた第一稿を彼女に送ると、数日後に真っ赤に書き直されて返ってきました :「内容は良いと思うけど、このままでは合格の可能性は非常に低い」というメールと共に。他にも「英語が酷い」「ここの説明は意味不明」などなど、たくさんのコメントが書いてありました。一番多かったのは「説明がclearでない」という指摘でした。正直なところ私は「clearに書くってどういうこと?」とよく分からなかったのですが、彼女が書き直してくれている箇所を見て、明確な論理で具体的に書くことなのだと理解しました。

そこから、書き直しては彼女に送り再度指摘をもらう、ということが数回続きました。特に1.1項は3回くらい書き直しても「まだclearでない。もっと書き直しが必要」と言われ、提出期限までに彼女を納得させられる申請書を書けないんじゃないかと思いました。時間をかけて必死で書いたものをバッサリ全否定されるのは辛く、私がもともと自分に自信がないということもあり、自分自身を否定されたように感じて「仮に採択されても私はイタリアでやっていけないんじゃないか」と思ったりしました。正直なところ、能力も無いのにMSCA-IFに応募しようなんて考えなきゃよかった、もうやめたいと思ったこともありましたが、逃げ出すわけにはいかないという一心で続けました。見ず知らずの自分のためにこんなに熱心に申請書を見てコメントをくれる彼女への感謝と、それに応えたいという思いもありました。

彼女とのやり取りの途中、8月下旬にEURAXESS Japanのコーディネーターの方にも申請書のレビューをしてもらいました。1.1項を introduction, state-of-the-art, research objective などの小項目で構成するように勧めてくれたのは彼で、他にもsingle spacing の設定を間違えていることや、3項のGantt chartの書き方など重大な指摘をもらいました。

8月末頃、ホスト機関の研究者からようやく「かなり良くなった」と言ってもらえたので、イタリアのNCP(National Contact Point)に申請書レビューを依頼しました。NCPには8月初旬にレビュー依頼のメールを送っていたのですが、レビューは一度しかしないので原稿がほぼ完成してから送るように、という返答だったため、後回しにしたのでした。翌日返ってきたレビュー結果は「良く書けている」というもので、要修正箇所もほとんど無かったため少し自信を持てるようになりました。

提出直前に、専門業者に申請書(アブストラクト、Part B1全て、Part B2のCV) の英文校正を依頼しました。最初のドラフト完成直後に一度校正を依頼しており、その際は後で書き直し部分のみ再校正すればいいと思っていたのですが、最終稿は第一稿の面影が全くないほど書き変わっていたので、結局新規の原稿を再依頼するような形になってしまいました。それにも関わらず、担当の方は事情を汲んで大急ぎで校正をしてくれました。

2019年9月11日の締切り数時間前に最終稿をアップロードして、提出が完了しました。執筆があまりに大変だったのでとにかく無事出せてほっとしたというのと、執筆を通して大事なことをたくさん学べたので落ちても悔いはないな、という気持ちでした。

5. 結果の通知

Guide for Applicants によると合否の連絡は2020年2月にメールで来るということでした。例年1月中には連絡が来ているようだったので、1月中旬頃から毎日落ち着かない気持ちでした。ダメもとだし悔いはないと思ってはいましたが、やはり不採択の連絡はできれば受けたくないものです。1月末になっても何の連絡も来ないので、何か不備があってメールを受け取れていないのではないかと不安になり調べているうちに、過去のnoteでも紹介した、MSCA-IF申請者たちの交流サイトを見つけました。みんな連絡が来ておらず不安に思って書き込む人が急増しているようでした。

ひとまずEUからの連絡はまだ送られていないようだというのがわかり安堵しましたが、交流サイトにはMSCA-IFへの応募が2回目以上の方が多数いて、彼らが言うには「審査員の指摘通りに申請書を書き直したのに、次の年は書き直した内容が良くないと言って落とされた」「優秀なだけではMSCA-IFは通らない、どんな審査員に当たるか運の要素が大きい」らしく、読めば読むほど「これはとても受かりそうにない」という気になってきました。(そんな交流サイトを紹介してすみません。私のように不安になりやすい人は、執筆中は見ないようにするほうがいいかも。)

それでも気になって毎日交流サイトを見ていたところ、2月3日夜「結果が届いた」と書き込む人が出始めました。申請番号順に送付されてきているようで、2月4日午後、私にも European Commission からメールが届きました。開封する勇気が無く30分くらい逡巡した後、とりあえず件名だけ見ると「evaluation results and start of grant preparation」とあったので、「もしかして採択された?」と思い、メール本文を見ると「Conglaturations. Your proposal has reached the stage of Grant Agreement preparation」とありました。本当に採択されたのか信じられなくて participant portal にアクセスして評価結果シートをダウンロードすると、スコア 98.2 とあり、本当に採択されたんだと嬉しさが込み上げてきました。

その後、ホスト機関とEUの間でGrant Agreement 締結のやりとりがあり、2020年5月に無事締結されて、2020年8月現在、10月からのフェローシップ開始を控えているところです。

6. 最後に

私がMSCA-IFをパスできたのは、ひとえに、ドラフトをレビューしてくれた方々のおかげです。MSCA-IFを知ったのもEURAXESS Japanの説明会のおかげですし、本当に出会いに恵まれていたんだなと思います。次は私がMSCA-IFを目指す方の役に立てればいいなと思い、一連のnoteを始めたのでした。

私が出来たと言えることは、諦めずに最後まで仕上げたということだけです。頑張って書いても採択されないこともあるので、諦めなければ何でもうまくいくと言うつもりはありません。でも申請書を出さないことには始まらないので、もしいま申請書を書いている方がいたら、エールを送りたいです。そして、また次にMSCA-IF を目指す方のために、体験などをシェアして下さったら嬉しいです。(2020年はHorizon2020の最終年であり、2021年からは新しいフレームワークプログラムが始まりますが、MSCA-IF あるいはそれに準ずるフェローシップは続くと思います。)

皆さまの挑戦がうまくいきますように。



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