朝に三千
1 この記事に登場するS君の話の続きを書こうと思って今読み返すと、毎度毎度同じような内容を何をそんなにムキになって書いているのか?と我ながら少々呆れてしまう。本稿もこれとほぼ同内容である事を読者の方に予めお断りしておく。
後日談としては、S君は〇□の試合にエントリーしたものの、直前でインストラクターの先生が出場をキャンセルして下さった。S君は今日も元気に道場に通い続けている。
ただ、彼がMMAを始めて半年。柔術クラスにも通うようになって4か月近く経つが、全くと言っていいほど上達していない。MMAと柔術クラスを通算すると週4回はコンスタントに道場に来ているのだが、柔術クラスに週1で通っている会員さん達が着実な進歩を見せているのに比べると、どうしてS君だけが伸びないのか?その理由が分からず、私も頭を悩ませていた。
上の記事でも触れたように、「MMAクラスではテイクダウンを習っていない」とS君が言うので、「そんなハズはあるまい・・・」と半信半疑ながら、彼に「シングルレッグ(タックル)」を教えた。
その後、MMAクラスにも通っている他の子に聞いてみると、予想通り「MMAクラスでシングルレッグを習った」という回答が返って来た。
さらに、S君はウチの道場の他の子にも「タックルの仕方を教えて欲しい」と頼んだらしい(余談だが、他の道場に通っている彼の友人にも質問していたようである)。
たかがタックル、されどタックル。これらの話を総合すると、S君がなぜ道場に来ている割には実力が伸びないのか?の理由が分かった気がする。ひと言で言うと、「彼は練習には来ているが、練習をしていない(=練習になっていない)」という事である。
2 「練習に来ているのに、練習をしていない」と言うと、大半の方は「お前は何を言っているのだ?」と思われるだろうと予想されるので、もう少し詳しく説明する。
S君が「理想のシングルレッグのやり方」を求めて、色々な人に質問を繰り返し続けていたのは想像に難くない。だが、彼は「理想のシングルレッグのやり方」を調べるのには熱心でも、「シングルレッグ」の打ち込みは全くしていないのである。
そういう事情を知って、私から彼には大要次のような説教をした。
「人生が1000年あるなら、まず理想のシングルレッグの形を探して、それから打ち込みをする、という練習の仕方もあるかもしれない。だが、人生は100年しかない。特にMMA選手としての君の余命は10年あるかないかだろう。それにも関わらず、理想のシングルレッグを追いかけている暇があるのか?誰が教えたどんなやり方でもいいから、四の五の言ってないでとにかくまず打ち込みをしろ!」。
「シングルレッグに限らずおよそテクニックは、考えずとも身体が自然に反応して出るようになるまで打ち込みをして、その動きを体得しなければ絶対に試合でもスパーでも使う事は出来ない。打ち込みを10回しただけで、シングルレッグが出来るハズがない。『朝に3千。夕に8千』という言葉がある。テクニックを覚えたければ、千じゃ足りない。まず、一万回打ち込みをしなさい。そのやり方が間違っているかどうか?どこを修正したらいいかは?一万回やらないと分からんぞ!!」。
3 自戒を込めて言うと、「目の前の今日一日をきちんと生きられない人間に成功はない」。ここで言う「成功」とは「目標の達成」という意味で、「きちんと」とは、「必死である必要はないが、なんとなくではダメだ」という趣旨である。
人生においてある目標(MMAの試合で勝つ事でも、受験に合格する事でも何でもいい。およそ人が半年から年単位で取り組む課題については、ここでの話が妥当すると思う)を達成したいと思うならば、まずその目標の実現に向けて「自分が何をなすべきか?」という点を明確にして、プランを作成する。そして、プランの遂行に割くことの出来る時間を可及的に確保し、遂行に当たってはわき目も振らずに全力で取り組む事が必須だと思う。
今のS君は「MMAの試合に出たい」という目標を未だに抱いているようだが、「試合で勝つためにどうしたらいいか?」というプランニングが皆無だった。昔の私もそうだったから、彼を見ると余計に腹が立つのかもしれない。だが、それでも「何となく」生きている限り、目標を達成する事は絶対に不可能だろう。
S君も趣味でMMAや柔術を練習し、それで面白おかしく生きていこうと考えているのであれば私から言う事は何もない。思想信条は個人の自由だからである。
だが、「MMAの試合に出たい(出て、勝ちたい)」という人間が、打ち込みすらしないでどうやって勝てるのか?少年ジャンプの漫画は「努力・友情・勝利」の三要素で成り立っているそうだが、私にもS君にも「友情」が欠けている。ならば、「努力」なくして「勝利」はあり得ないだろう。
「物事を習うには赤子のような素直さが必要である」という格言を聞いたことがある。ウチの道場が強くなるためにベストな環境だとは思わないが、ワーストだとも思えないので、S君もまずはインストラクターの先生に言われた通りに、教えられた内容を反復練習する事である。道場のインストラクションに疑問を持つのは、まず習ったテクニックについて最低でも3千回打ち込みしてからにすべきだろう。それでも納得できなければ、他所の道場に移ればいい。その頃には、自分で考えて練習メニューを組めるようになっているはずだ。
光陰矢の如し。「なんとなく」生きるには、人生はあまりにも短い。
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