猪木・アリ状態 -「パスガード」についての覚書-


はじめに


 以前道場で一緒に稽古していたMMAクラスの子から、「猪木・アリ状態」でのパスガードテクニックを教えて欲しいとのメッセを貰った。

 「猪木・アリ状態」という言葉における「猪木」とは、言うまでもなくアントニオ猪木の事であり、猪木がモハメド・アリと異種格闘技戦を行った際に、アリに対してスライディングキックをしながら寝転がって入ったガードを指しているのだろう。

 今でこそ誰でもYOUTUBEで猪木とアリの試合を見ることが出来るが、私個人はプロレスラーとしての「アントニオ猪木」をリアルタイムで見たことがなく、参議院議員時代に北朝鮮で「平和の祭典」というスポーツ大会を挙行したり、イラク戦争開始直後にサダム・フセインと直談判して日本人の人質を解放する等の行動力のある破天荒な政治家としてまず彼を知ったので、私の抱く猪木に対するイメージは、同時代の人々が猪木に対して抱いていたそれとは少し違うように思われる。

 「猪木・アリ状態」に話を戻すと、要するにこれはBJJ(ブラジリアン柔術)で言うところの「オープンガード」である。
 「オープンガード」という言葉も実はかなりあいまいで、ボトムが両足をトップの胴に絡めて組んだ状態を指す「クローズドガード」の対義語でしかない。足をクローズドしていないガード姿勢は全て「オープンガード」である。
 競技柔術が始まって以降、特に90年代に「オープンガード」は急速に発達し、「ハーフガード」「バタフライガード」「スパイダーガード」「デラヒーバガード」等々今日に至るまでそれこそ数限りない「オープンガード」テクニックが誕生している。
 BJJを練習することは、そういった各種「オープンガード」を習得することだと思っている初心者も少なからず存在するのではないだろうか。

 ただ、BJJから一歩離れて見れば、それらの「ガード」テクニックは全て「オープンガード」の一種であり、日本のMMAでは未だに「猪木・アリ状態」と呼んでいる人がいる事を思うと、アントニオ猪木という人物は格闘技の歴史において、その名を刻む価値のある人物だったと言う事だろう。

対立する二つの立場


 「猪木・アリ状態」こと「オープンガード」をパスするという点については、大別すると次の極端な二つの立場がある。

 ひとつ目は、ボトムが取る「ガード」に合わせて、「パスガード」テクニックを選択する、というものである。平たく言えば、「パス公式」を覚え(=インプットし)て、具体的な状況に応じて、解となる「パスガード」テクニックをアウトプットする、という考え方である。
 ヘンリー・エイキンスは、「パスガード」について「パス公式」を覚えるという考え方を次のように厳しく批判している。

 「相手が襟の持ち方、袖の取り方、足のフックの仕方を変えるだけで、同じ・・・例えば・・・デラヒーバガードでも1000通りのガードを作る事が出来る。君たちはその1000通りのガードのパスの仕方を逐一覚えてからパスガードを始めるのかい?どう考えてもナンセンスだろう」

 ヘンリーの「パスガード」に関する考え方が、ふたつ目の立場になるが、「chest to chest」である。
 ヘンリー曰く、「パスガードについては、相手が袖の持ち方等々でありとあらゆるバリエーションのガードを取ってくることを考えれば、予めこういうパスガードの仕方がある、という形でテクニックとして教える事は出来ない。私が教えられるパスガードの技術は『chest to chest』、それだけだ」と。

 以上に挙げた二つの考え方の違いを具体的に見てみよう。ここでは、両者の違いが視覚的に分かりやすい「スパイダーガード」のパスを例に取る。

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