盲点
1 MMAクラスの子が、グラップリングで私と初めてスパーリングをする時は、しばしば次のような展開になる。
開始直後にタックルに来たはいいが、私からカウンターで「ギロチンチョーク」でタップを取られる。
私が一度「ギロチンチョーク」を見せれば、頭のいい子ほど警戒してタックルに入って来なくなる。
「相手からタップを取るために、何が何でもテイクダウンをしなければならない」と考えて無謀な頭突っ込みを繰り返すくらいなら、頭を切り替えて、タップを取られないよう不用意なタックルを控えるという選択をするのは間違っていないと思う。
問題はその先である。翌週以降彼らとスパーリングをすると、タックルにも来ないが、スタンディングで何をしていいのか迷っている。迷った挙句、受身も出来ずに引き込もうとして、肩を傷めてしまった子すらいる。
「タップを取られたくない」という彼らの気持ちは私にも良く分かる。そして、もし彼らがMMAに取り組む目的が「セルフディフェンス」にあるならば、「タックルに入らない」事が正解なのかもしれない。
ただ、MMAの試合の目的は「相手に勝つ」事にある。もっとハッキリ言うと「相手を倒して勝つ」事にあると言っても差支えないと思う。
MMA未経験の私にこのような事を言う資格があるのか疑わしいが、いくら打撃があるとは言え、MMAでテイクダウンを一切無視するというのはあまり現実的な組み立てではないだろう。
だから、私が彼らに対して疑問を感じるのは、「ギロチンチョーク」を喰らわないために「タックルをしない」という発想を超えて、どうして「ギロチンチョーク」を喰らわないように「タックルを改善する」という発想に辿り着かないのか?という点にある。
2 グラップリングに来るMMAクラスの子達は、MMAの練習を始めて間もない子がほとんどなので、だいたいラグビーのような頭突っ込みのタックルをしてくる。
ラグビータックルをグラップリングで用いる事の最大の問題点は、首がガラ空きになる事だが、相手の膝が顔面に入る危険も高いので、私は勧めない。
もし彼らが「テイクダウンのやり方を教えて欲しい」と私に問うてきたならば、迷うことなく次の二つの「やり方」を伝えるだろう。
いわゆる「シングルレッグ」と「ダブルレッグ」である。
「シングルレッグ」は、相手の両足が前後にある場合(=片足が前に出ている場合)、「ダブルレッグ」は、相手の両足が横に揃っている場合に用いる。
「シングルレッグ」及び「ダブルレッグ」の「やり方」と両者の使い分けについて説明し、後は各自で打ち込みをして貰えば、彼らの「テイクダウン」が改善するだろうか?
結論から言えば、それは「ない」と私は考えている。
以前柔道経験のある人から、投げ技においては「投げ方」よりも相手の「崩し方」の方が重要で、はるかに難しい。もし、「相手が崩れていれば、何とでも投げられる」という話を聞いたことがある。
タックルについても同様で、「やり方」を覚えるのは・・・それを解説した動画がYOUTUBEの至る所に転がっているので・・・それほど困難ではない。むしろ、「シングルレッグ」や「ダブルレッグ」の「入り方」を身に付ける事の方がずっと難題だろう。
3 以前ウチの道場で私と一緒に稽古していた子で、今は他所の道場でプロとして活躍しているMMAファイターがいる。
彼は移籍先で徹底してケージレスリングをやっているそうだが、彼の試合を見ていると・・・私とスパーリングしていた時と違って・・・「シングルレッグ」でテイクダウンを取りまくっている。
彼はこの動画で紹介されている「パンチからのシングルレッグ」あるいは「打撃に合わせて(カウンターで)のシングルレッグ」を多用している。
「シングルレッグ」もやはり相手を何らかの形で崩さなければ入れない。MMAの場合、フェイントで相手を「崩す」か、相手が打撃を放った際の「崩れ」を利用してタックルに入るのが効果的なのだろう。
以前この記事で「柔術におけるテイクダウン」として「クリンチ(ワーク)」の有用性について書いたことがあるが、実は「クリンチ」にも限界がある。
これらの動画をご覧頂ければ分かると思うが、相手が放つ打撃に対する「カウンター」として「クリンチ」に入っている。裏を返せば、相手が何もしていない(=崩れがない)状態でこちらから徐に距離を詰めて「クリンチ」する事は非常に難しい。
ギのスパーリングでは、襟を掴んでくる等打撃に近い状況が存在するが、相手が「クリンチ」に慣れてくると、迂闊に手を出してこなくなる。もしこちらに「クリンチ」以外の手がなければ、延々とお見合いが続く事になる。
事程左様に「テイクダウン」の「入り方」は難しい。「テイクダウン」の「やり方」の解説はいくらでもあるが、「やり方」だけ覚えても相手を倒すことは出来ない。
「テイクダウン」の「入り方」ないしそのために必要な相手の崩し方について、ほとんどの道場では個人のカンや経験に委ねられているのではないかと思う。
だが、「テイクダウン」の「やり方」ではなく、「入り方」の方にこそ真の需要があるのだから、これについてきちんと解説できる人がいれば、その人は大きなビジネスチャンスを手にしていると言っても過言ではない。
今の私には残念ながら、「テイクダウン」の「入り方」についての有用なアドバイスが出来ない。ただ、「やり方」よりも「入り方」の方が重要である、という問題の真の所在を提示する事は出来るので、読者の中に「テイクダウン」に迷っている方がおられれば、(「やり方」ではなく)「入り方」について、周囲にアドバイスを求めてみる事を勧める。
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