柔術におけるテイクダウン(試論)

1 BJJの公式試合では、ポイントを先取した方が圧倒的に有利である。特に白帯やマスターの試合では、先に「テイクダウン」を取る事が出来れば、その2点を5分間守り切れば勝ててしまう。
 また、ジョン・ダナハーは「テイクダウン」に関して次のように言っている(注1)。

注1)

 「コンペティションでは、試合が始まって相手を引き込むかテイクダウンに行くかは君の自由だ。(試合における)比率は引き込み5割、テイクダウン5割と言ったところだろう。だが、ストリートでは絶対に下になってはいけない。だから、ストリートを想定して柔術を練習するならば、テイクダウンの技術をカットするという選択肢はありえない。」
 確かに、ストリートで喧嘩になった場合、相手から打撃を喰らう可能性もあるし、ギを前提にした技術の大半が使えないことを考えると、自分から相手を地面に引き込むというのは「セルフディフェンス」という観点から言えば、合理的ではないと思う。
 B・ファリアの「BJJの基礎」に収録されている「テイクダウン」のテクニックは、「シングルレッグ」「ダブルレッグ」「大腰」「払腰」「(双手)背負投」の5つである(注2)。

注2)

 おそらく多くのBJJ道場やアカデミーでは、これらの技術が「テイクダウン」の基礎として教えられているのではないかと思う。
 さて、以上に挙げたような「テイクダウン」の技術を打ち込みした人の中で、いざスパーリングの段になった時にこれを使いこなしている人が一体どれだけいるのだろうか?
 私はとにかくBJJを始めた当初から徹底して「ディフェンス」せざるを得なかった関係で、「テイクダウン」の技術を最近まで全く覚える余裕がなかった。
 何も柔道でインターハイに出たレベルの人でなくてもいい。中高6年間部活で練習していたレベルの柔道経験者を相手に、にわか仕込みの「テイクダウン」技術はおそらく通用しないだろう。
 本稿は、そういう「柔道」や「レスリング」未経験で、BJJを始めた人が「テイクダウン」についてどう考えたらよいか?という点に関する私の試論である。

2 近年BJJについては、「柔道」や「レスリング」との「フュージョン化」とも言うべき現象が起こっている。

 海外ではクロストレーニングとして、BJJとそれ以外の武術を同時並行して練習する人が多いと以前書いたが、そういう人々にとって「テイクダウン」を取るための有効な技術としてBJJに柔道(ギ)やレスリング(ノーギ)のテクニックを取り入れようとするのは自然な発想だろう。
 日本のBJJの場合、柔道経験者が競技柔道を引退した後にBJJを始めるケースが多いため、「柔術のフュージョン化」は海外よりもずっと早く、おそらくは日本にBJJが入った時から起こっていたのだろうと想像される。
 そういったBJJの流れの中で、「柔道」や「レスリング」の未経験者が柔道技を覚えても、柔道経験者と未経験者との間には(柔道技に関する)練習量の蓄積に絶対的な差があるため、これを道場の普段の稽古で埋めようと思っても不可能だろう。
 また、「柔道」をクロストレーニングとして稽古しようにも、日本の場合大人になってから「柔道」を一から始められる町道場がほとんどない、という点も「柔道技」の習得に大きな障害となっている。
 
「大腰」や「払腰」を打ち込みして、スパーリングの中で試行錯誤していれば、素人は投げられるようになるかもしれないから、柔道技を練習することが無意味だとは言わない。ただ、公式試合では一定確率で柔道経験者と当たる可能性があるから、柔道技で彼らを投げて「テイクダウン」を取るのは困難だという事を認識しておく必要はあると思う。

 では、「シングルレッグ」や「ダブルレッグ」のようなタックル系の技術を覚えればいいのだろうか。
 日本における「レスリング」人口を考えれば、試合に勝つための「テイクダウン」技術として、タックルを覚えるのは有効かもしれない。
 だが、私は次の理由からタックルをそれとして習得しようと思ったことがない。
 まず、「シングルレッグ」は相手の膝の高さに自分の顔を置くことになるので、タックルに行った際に相手の膝が顔面に当たる可能性を排除できない。その際ケガが脳震盪や額をカットするだけで済めばまだいいが、目に相手の指や膝が入って失明する危険性を考えると、ロングショットの「シングルレッグ」は怖くて私は出来ない。
 「ダブルレッグ」については、ヘンリー・エイキンスが次のように語っている。
 「ダブルレッグはやってはいけない。君はアスファルトの上で、自分の膝を地面で削りながらテイクダウンに行くのか?ストリートを考えれば、ダブルレッグはあり得ないとすぐに分かるだろう」。
 
 そう、私は知的好奇心から柔道技やタックルを覚えることは否定しないが、それらをスパーや試合の中で使うために覚えようとは考えていないのである。

3 「柔道技」も「タックル」も覚えないで、「テイクダウン」をどうしたらいいのだろう。先にジョン・ダナハーの言を引いて、「セルフディフェンス」の観点から言っても「テイクダウン」の技術をカットするという選択肢はないと書いた。ここまでの文章を読んで、私の文章に矛盾があるではないか?と思った方もおられると思う。
 だが、私の中では「テイクダウン」技術として「柔道技」や「タックル」を覚えない事と「テイクダウン」技術をカットしない事は矛盾していない。
 私のような「柔道」や「レスリング」の経験のない人が、公式試合だけでなくストリートをも念頭において「テイクダウン」を覚えようと思った場合、それは「クリンチ」からの技術がベストだと思う。

 まずは相手に「クリンチ」して距離を潰す。そうすれば、相手から打撃を貰う可能性を理論的にはほぼ0に出来る。その上で時間を掛けて相手を崩し、地面に倒す(あるいは、バックを取る)。

 ここに紹介した動画はほんの一例だが、ヘンリー・エイキンスの「テイクダウン」の考え方は非常にシンプルである。まず、相手の打撃の間合いに入らない事。相手の打撃の届かない距離(これは打撃の間合いの「外」とクリンチして間合いの「内」に入る場合の二つを含んでいる)で常に勝負する。
 次に、相手の打撃の「外」から「内」に入る時は、顎に一発入ればそれで終わりなので、距離を詰める際は必ず自分の顔面を守る(逆に言えば、それ以外の身体部位は一発貰うことを覚悟せざるを得ないとヘンリーは割り切っている)。
 そして、「クリンチ」に成功したら、相手とのコネクションが出来たことを生かして、技を掛ける。
 具体的な「テイクダウン」のテクニックとしては以下のような動画がその例として参考になる(注3)。

  こうした「クリンチ」からの「テイクダウン」技術は見た目に映えないだけでなく、相手を崩すまでに非常に時間がかかる。私の場合、スパーリングでは5分間クリンチワークで終わってしまうことも度々である。
 だが、「クリンチ」を作って、自分が崩れない強い姿勢を作っていれば、そう簡単に相手に「テイクダウン」されることはないし、引き込まれても(自分が崩れていないから)そう悪い状態にはならない。公式試合で勝つための技術ではないが、負けないための技術として、「柔道」や「レスリング」未経験でBJJを始めた方には「テイクダウン」として「クリンチ」を私は勧めている。

注3)Eli Knightはヘンゾ・グレイシーの黒帯であり、BJJFANATICSから「セルフディフェンス」教則を複数出している。

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