零時迷子

1 私の記事の読者の多くは、BJJ白帯から青帯に位置する人々だろうと予想している。本音を言うと、読者の方々は私の記事以外にも、BJJに関連するYOUTUBEや他のブログ等にも目を通しておられるはずで、それだけの熱意と向上心があれば、独りでも必ず上達出来るはずだと思っている。

 ただ、特にYOUTUBE動画は、柔術に関する技術を体形的に整理して教えてくれる内容になっていないし、同じテクニックを扱った内容であっても、個々の動画を見比べると細部にかなりの違いがある(オリジナルとコピーを比較すると、コピー動画の方は理合を間違っている事すらある)ので、YOUTUBE動画(のみ)に頼った練習はお勧めできない。
 YOUTUBEで見たテクニックの理合が仮に間違っていたとしても、それが正しいか否かは自分で打ち込みをすればある程度は分かる。また、理合が正しくても、そのテクニックをいつまで経ってもスパーリングで使いこなせないのなら、自分の身体能力が足りないと割り切って見切りを付けた方がいい。

 こうしたYOUTUBE動画の抱えている問題点を知らずにいると、熱意や向上心がある人ほど情報の洪水に流されて「柔術迷子」に陥った結果、柔術に対するやる気を失くしてしまう危険性があると感じている。

2 ウチの道場に、まだ30前だが非常に生真面目で、いい意味でも悪い意味でも「人の良い」会員さんがいる。彼は仕事の都合で各地を転々とし、いくつかの道場やサークルを渡り歩いてウチに入会した。地方レベルの大会では何度か優勝して十分に上の帯でも戦える実力があると思っているのだが、いつも練習に迷いを感じているように私には見えた。
 彼にはレスリングの基礎があり、若いのに何を悩むことがあろうか?と思って話を聞いてみると、「BJJでは(オープン)ガードをしなければならない」と以前の所属先で言われたらしく、それで仕方なく「スパイダーガード」や「デラヒーバガード」をやっているのだが、なかなか上達しなくて悩んでいるという回答だった。
 
 彼の試合を一度ならず見たことがあるが、タックルを何回か切られると、ガードに引き込んで「スパイダーガード」や「デラヒーバガード」に入るものの、当の本人が試合中に何をしたらいいか迷っていた。なるほど、どうやら彼は「BJJでは(オープン)ガードをしなければならない」と言われた事をきっかけに、「オープンガード」に義務感から取り組んでいたのだと分かった。
 好きでもない事に嫌々取り組んでも上達するはずがない。そして、上達しなければ柔術そのものの練習に嫌気がさすのも当然だろう。

 私がもしセラピストならば、「柔術に限界を感じて練習が嫌になっているのなら、柔術は辞めてもっと別の楽しい事を探した方がいい」とアドバイスするかもしれない。だが、私は弱くても一応「柔術家」である。以下、私と彼(Jさん)のやり取りを記す。
 
 私:「Jさん、タックルを切られる事を前提にした練習をする前に、どうしてタックルでテイクダウンを成功 させる確率を上げるという考え方が出てこないのですか?」
 J:「タックルには限界を感じていまして・・・」
 私:「具体的にはどの辺りに?」
 J:「組み手争いに負けて、タックルに入れる気がしないんです。」

 と言うので、彼のタックルを阻むという組み手を見せてもらったが、レスリングを知らない私でも簡単にその組み手を解除し、タックルに(私では無理でも)彼なら入れる方法を伝えた。そして、「Jさん、今貴方は柔術やっていて楽しくないでしょう。色んな人が色んな事を言うと思いますが、柔術は自分のためにやるのだから、あれこれ迷うくらいなら自分がやってて楽しくなれる練習をした方がいいですよ。タックルを切られる事を前提にオープンガードをやるより、タックルでテイクダウンを取れる確率を上げる練習をすればいいじゃないですか。そして、もしタックルを切られたら、亀から返す事だけ考えて、もっと柔術をシンプルに楽しみましょう」と話しておいた。

3 Jさんの場合、性格が真面目であり過ぎるがゆえに、「BJJは(オープン)ガードをしなければならない」という呪縛に囚われて、「柔術迷子」に陥ってしまったのだと思われる。しかしながら、私はJさんがこれまで取り組んできた「スパイダーガード」や「デラヒーバガード」の練習が無駄になるとは全く思っていない。

 あるテクニックについて、その習熟度に点数を付けるならば、それをスパーリングで使いこなすには最低でも60点。試合で考えなくても出せるようには80点は必要だろう。Jさんは、「スパイダーガード」や「デラヒーバガード」に限らず、数多くのテクニックについて既に50点を超える状態にある。あとは、それらの中から彼が自分で楽しいと思えるテクニックに集中的に取り組んで、まずひとつを80点。次に別のテクニックを80点・・・という形でひとつひとつ覚えていけば、いずれそれらを有機的に繋げてスパーリングや試合でも使いこなせるようになるだろう。
 個別のテクニック(move)には、それを構成する固有の動作(movement)があり、あるテクニックを習得する過程で覚えたmovementと共通するmoveは特別な打ち込みをせずとも容易にマスターできるので、彼がこれまでやってきた練習を活かすことは「柔術を辞めなければ」この先いくらでも可能なはずである。
 
 どんなに柔術に対して熱意や向上心のある人でも、スランプはある。もしかすると、この世の何処かに最も効率的な練習方法が存在するのかもしれないが、それを追い求めている間に人生が終わってしまう。
 これから柔術を始める人に対しては、私なら「基礎が大事」「まずは、ディフェンスとエスケープを覚えましょう」というアドバイスをするが、熱意や向上心がある人に対しては、「もしスランプに陥ったり、柔術迷子になっていると感じたら、(これまでのスタイルは一先ず置いて)自分がやっていて楽しいと思える練習(≒テクニック)をやった方がいい」と勧める。
 「柔術迷子」に陥った結果、柔術を辞めてしまうくらいなら、練習に対するモチベーションを維持・向上させる方向に頭を切り替えた方がいい。試合に勝つ事は素晴らしい事だと思うが、自分のために柔術の稽古を始めた人がいつの間にか他人の目を気にして稽古するようになり、試合に勝てなくなってやる気を失くしてしまうのは本当に勿体ない。
 人間は独りで生まれ、最後は独りで死んでいく。柔術の稽古もまた終局的には自分のためのものである。熱意や向上心のある人ほど「柔術迷子」の罠に陥りやすいので、読者の方が将来的にもし壁にぶち当たったらこの稿を読んだ事を思い返して欲しい。

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