初心に帰る

1 「ゴング格闘技」という雑誌に、ヘンリー・エイキンスのインタビューが掲載されていると聞き、私も手に取ってみた。

 「ゴン格」の該当箇所では、ヘンリーの柔術を理解するためのカギとなる、「ウェイトディストリビューション」や「コネクション」という概念(本文中では触れられていなかったが、「アングル」の話も含まれる)を軸に、読者に向けて彼の技術を伝えようという試みがなされていた。

 記事を一読した私の感想は、「文字情報に関する限り、(私にとって)目新しい内容が無くてホッとした」である。

 「柔術の本質は、セルフディフェンスにある」。
 「(ヒクソンの)柔術を理解するカギとなるのが、コネクションアングルウェイトディストリビューションだ」。

 これらの言説は、ヘンリーがこれまで何度も繰り返して来た話であり、彼が「ゴン格」の読者向けに(リップサービスとして)新規の話をする事はないとは思っていた。
 だが、「ゴン格」を手に取る前に、もしもそうした話があれば、「これまで私がヘンリーについて書いた記事を書き直さなくてはならないかもしれない・・・」と多少ビクビクしていたのも事実である。
 幸いにして、今のところは記事を書き直す必要はなさそうだと分かって、一安心している。

2 記事の中でインタビュアーの方が述べているように、ヘンリーの功績(のひとつ)は、ヒクソン・グレイシーの技術を「可視化」「言語化」した点にある。

 ヒクソンの唱える「インビジブル(Invisible=目に見えない)柔術」というフレーズには、どうしてもカルト的な胡散臭さを感じる人が多いだろう。

 「Invisible」を「HIDDEN(=隠された)」という言葉に置き換える事によって、「隠れて、見えなくなっていた」ヒクソンの技術が、きっかけさえあれば誰でも気付くことが出来るモノになった。
 換言すれば、ヒクソンの技術を「見える化」し、それを言葉によって説明する事を可能にしてくれたのがヘンリー・エイキンスという事になる。

 大げさな言い方をすれば、ヘンリーはヒクソンの柔術を「脱魔術化」したと言っていい。

 注意が必要なのは、「脱魔術化」されたヒクソンの技術は、残念ながらそのままの形では競技柔術において使う事は出来ないという点である。
 ヒクソンの柔術は、その本質において「バーリ・トゥード(決闘)」やMMA(しかも、初期UFCに見られるような異種格闘技戦)を想定したものであり、競技柔術を全く念頭に置いていない。

 例をひとつ挙げよう。

 ヘンリーのリリースしている教則に「Unstoppable Clinching and Takedowns」という教則がある。

 この教則では、スタンド状態での立ち方に始まり、相手に打撃を貰わないための距離のマネジメント、そして、打撃をかいくぐってクリンチするにはどうしたらいいのか?という話が続く(そして、その後にようやくクリンチからの具体的な「テイクダウン」の話になる)。

 相手が打撃を放ってくる状況を想定して、クリンチから「テイクダウン」する」という内容になっているので、「Unstoppable Clinching and Takedowns」で紹介された技術を、打撃のない競技柔術の中に落とし込もうとすれば、かなりの工夫が必要になる。

3 繰り返しになるが、ヘンリーの伝える「HIDDEN」柔術は、競技用のテクニックとは明らかに一線を画している。
 
 「HIDDEN」柔術は、ヒクソン(及びその薫陶を受けたヘンリー)の考える柔術の哲学なり核心となる原理を表現したものであって、「モダン柔術」のオルタナティブ(代替品)になるようなものではない。

 また、「コネクション」「ウエイトディストリビューション」を始めとする概念によって、ヒクソンの技術を言語化・可視化出来るようになったからと言って、それらの概念を自分の身体で表現出来るようにならなければ、「コネクション」も「ウエイトディストリビューション」も単なる言葉遊びにしかならないだろう。

 「コネクション」や「ウエイトディストリビューション」という概念に中身を入れるためには、(ヘンリー本人もインタビューの中で述べているように、)各人がそれらの言葉をヒントに、自分で感覚を磨かなくはならない。
 そうした身体感覚を磨く作業は、競技柔術で勝つ事には直結しないし、一生掛かってもヘンリーのレベルには到達できないかもしれない。
 
 それでも、己の身体感覚を磨くプロセスというのは、私にとっては古流を稽古していた時に日夜行っていた作業でもある。
 道は遠く果てないが、手探りでそうした道を探求する事が「柔術を武術として稽古する」という事だと私は考えている。

以下は、本稿に「投げ銭」をして下さった方へのお礼として、後日書き足した文章になります。6/20記

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