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60年前天王寺図書館は小学校でした。
小学3年の担任だった岡本先生は、激しやすい人。
しかしそれはけしてネガティブな場面では見かけなかった。
ある日、教室の花瓶に花を提供しにきた業者の女性に、なんて花ですかと名前を聞いた。
悪意があったわけではなく、教室の雰囲気を変える花に意識が向かったに違いないのだ。
なによりも授業中だし、生徒であるわれわれにもシェアしたいという発想も動いたに違いない。
しかしその女性は応えられなかった。
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知らないからではなく、手を口に運んで自分が聾唖者であることをさりげなく示したのである。
その次の瞬間の岡本先生の反応は激甚なものだった。
直立してこわばり、自分の失礼な質問に最敬礼で謝罪した。
教室中の生徒が打ちのめされた。
岡本先生のふるまいが失礼にあたるなどと考えた生徒は多分一人もいないと思う。
それよりも、われらの担任の岡本先生がどれほど弱者に対して心やさしく、著しく誠実で真摯な人がらなのかを一瞬で理解したのだ。
日常ではまず見かけない大人の内面がほかならぬクラスの担任の偶発的なできごとで露呈したのである。
その稀有な瞬間に当時の小学生は一同たじろいだのだ。
岡本先生は、その女性業者さんが教室を出ていくまで真剣に見送って自分の不明と不用意な声掛けで生じたかもしれない不興がなかったかとその女性に対して極端なほどの配慮をされていた。挙措が尋常ではないのでただの慇懃さなどではなく、心底打撃を受けたのはほかならぬ岡本先生自身なのだと私達には分かった。
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(次回につづく)
ある英語講師の物語
第86話 付録物語
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