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3:フィクションノンフィクション うるさい程に心臓が高鳴る

弟とは理想的な関係だと言っていいだろう。22時過ぎ、連れ立ってコンビニに向かう。アイスを買いに行くことになっているが、そこまで欲しい訳ではない。何となく家を出たい時の口実だ。
夜のコンビニに向かうのは1ヶ月に1度あるかないかだったが、最近は週1のペースに増えていた。大学受験を控える彼はストレスが溜まっているのだろう。ハイレベルな志望校であるし、両親は期待を抑えられていない。ほんの少しでも彼の気晴らしになるのなら、コンビニくらい毎日行ってもいい。

道中で受験に関する話をすることは殆どないが、彼が医学部を志望する、と話したのはこの時間だった。
以前志望校の話をした時は、農学部かな、遺伝子組み換えや品種改良に興味がある、と言っていたのに。驚いて立ち止まり、本当に?と聞くと、彼はもう決めたと頷いた。それでも彼の意思ではない気がして、両親が何か言ったのか、自分に気を遣っているのか、と瞬時に思った。
聞きたいことは色々あったのに、なんで?と何の捻りもない一言を絞り出した。彼は、満員電車に乗りたくないんだよね、と言ってにやりと笑ってみせた。思わず、そんな志望動機でいい訳ないでしょうと突っ込んだが、暗にこの話はお終いだと言われた気がした。本当の理由は結局今も分からないし、もしかしたら満員電車の件は嘘ではないのかもしれない。

彼は元々要領が良く成績上位だったが、医学部を目指すと宣言してからは、こちらが心配になる程勉学に心血を注いでいた。自分が残業や飲み会でどんなに遅く帰っても、彼の部屋の電気はついている。そして自分がどれだけ朝早くに家を出ても、彼が通学に使う自転車はすでになかった。自転車が置いてあった場所を確認して、頑張れと思う他なかった。

コンビニを出て、蒸し暑い日だったので本当にアイスを食べながら帰っていた。当たり障りのない話をしつつ、ゆっくりと歩いた。野良猫の居座っている、中華料理屋の駐車場に差し掛かる。生まれて間もないのだろうか、新顔の子猫が2匹増えていた。小さい身体に目をくりくりとさせてこちらの様子を伺っている。可愛らしいその姿に思わず手を差し伸べたくなるが、実家暮らしのしがない社会人の身では、野良猫を保護することも、無責任に餌付けすることもできないと手を引っ込める。遠巻きに愛らしい子猫を見ていた。

不意に弟が、そうかな、と言った。無意識にかわいいねと声に出していたようだ。
俺は、不気味に思うよ。気持ち悪い。ぐにゃぐにゃして。と彼は続けた。まさか子猫に対して言っていると思わずに、私は彼を見た。彼は真っ直ぐに猫を見ていた。
彼の言ったことが信じられない。勉強のし過ぎてちょっとおかしくなっているのだろうか。こちらの気持ちを察したのか彼は、変な意味じゃなくて、姉ちゃんがカエル見て怖がってるのと一緒だよ。とさらりと言って家へ歩き出した。

寝る前に、気になって猫に対する意見をネットで探した。猫嫌いな人は沢山引っかかる。その中の意見を注意深く見ると、何を考えているか分からないので気持ち悪い、毛皮の模様が気持ち悪い、猫を保護しなければならない風潮が気持ち悪い、などの意見が確かにあった。少数派ではあるかもしれないが、弟に近い感覚を持っている人はいるのだ。子猫は、万人に無条件で愛される存在ではなかった。
少し残念な気持ちのまま、弟の正気を疑ったことを心の中で反省した。

ベッドに入り、目を閉じた。明日は一日中会議だから、聞いているだけの楽な日だ。
そういえば弟は、猫の何が気持ち悪いと思っているのだろう。あの時何か言ってたような気がするが、ウトウトも相まって思い出せない。何にせよ、自分には理解し難い感覚なのだろうし、私にとってのカエルならそこまで重要ではないはずだ。
それでも寝付く最後に、弟は猫以外の動物は受け入れられるのだろうか、と思った。犬は?パンダは?今度のコンビニ道中で聞いてみよう。
ふと、赤ちゃんは?と考えが過ぎったが、それは非常識すぎると打ち消して、眠りについた。

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